「戻ってきてもいいぞ?」という傲慢――許せませんわ。

ちゅんりー

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見渡す限り、真っ白な世界。
しかし、そこには甘い香りは微塵もなく、ただ刺すような乾いた風と、鼻をつく塩化ナトリウムの臭いだけが漂っていた。

「……嫌。嫌ですわぉ! こんなの、シュガーの望んだ世界じゃありませんわぉ!」

かつて「砂糖の聖女」を自称していたシュガー・シロップは、ボロボロの作業着に身を包み、広大な塩の鉱山で絶叫していた。

「おい、そこ。騒いでないで手を動かせ。今日中にその塩の塊を十袋詰めないと、夕飯抜きだぞ」

目の前に立つのは、筋骨隆々とした看守の女性。彼女の腰には、巨大な塩の結晶が埋め込まれた警棒が光っている。

「失礼ですわぉ! シュガーの手は、マシュマロを捏ねるためにあるんですのぉ! こんな岩塩を掘り出すなんて、お肌が荒れちゃいますわぉ!」

「マシュマロ? ああ、あの歯が溶けるようなゴミのことか。ここではそんな不純物は一切禁止だ。あるのは、生きるために必要な『塩』だけだよ」

看守は冷たく言い放ち、シュガーの足元に重いツルハシを投げ出した。

「さあ、掘れ。お前が王宮でバラ撒いた砂糖の毒を、この塩で浄化してもらう。それが王妃様からの慈悲深い判決だ」

「判決なんて認めませんわぉ! 殿下! レモン殿下ぁ! 今すぐシュガーを助けに来てぇぇ!!」

「無駄だ。あいつなら隣の『酸っぱい牢獄』で、自分の過去の愚行を噛み締めながらレモンを齧るのに忙しいさ」

シュガーは、震える手でツルハシを握りしめた。
目の前の岩塩は、白くてキラキラしていて、一見すると砂糖の山のように見える。

しかし、空腹に耐えかねてこっそり舐めてみれば、舌を刺すような強烈な塩辛さが襲ってくるのだ。

「……う、うう。……お砂糖。……お砂糖を一口でいいからくださいですわぉ……。生クリーム……ホイップクリーム……」

「贅沢言うな。今日の支給品はこれだ。……ほら、塩をたっぷり練り込んだ『岩塩パン』と『濃縮食塩水』だ」

差し出されたのは、石のように硬い黒パンだった。
シュガーは泣きながらそれに齧り付いたが、一口ごとに口内の水分が奪われ、唇はカサカサに乾いていく。

「……しょっぱい。……しょっぱすぎますわぉ……。……マーマレード様……。あの女のジャムなら、こんなパンでも美味しく食べられたのかしら……」

ふと、シュガーの脳裏に、かつて自分が嘲笑ったマーマレードの姿が浮かんだ。
どんなに罵られても、彼女は常にオレンジの香りを纏い、凛として鍋を振っていた。

「……あんな苦くて酸っぱいもの、誰が食べるかって思ってましたわぉ。……でも、……今のシュガーなら、あの苦味が、どれほど高貴なものか分かる気がしますわぉ……」

「ほう、少しは反省したか? なら、明日はもう少しマシな仕事……塩田の掃除をさせてやるよ」

「嫌ですわぉ! お塩はもう見たくありませんわぉぉぉ!!」

シュガーの叫び声が、乾いた塩の谷に虚しく響き渡る。
かつて世界を甘く塗りつぶそうとした少女は、今、自らが最も軽蔑していた「甘くない現実」の中で、一生分の塩分を摂取させられていた。

一方、その頃のマーマレードは、アールグレイ公爵と共に、新作の『ソルト・オレンジ・キャラメル』の開発に勤しんでいた。

「……閣下。隠し味に、隣国の鉱山で採れた最高級の塩を一さじ入れると、甘みがさらに引き立ちますわ」

「……ふむ。あのシュガーが掘った塩か。……皮肉なものだが、味に深みが出るのは認めよう。……だが、彼女には一粒もやるなよ」

「もちろんですわ。……彼女には、一生『甘くない人生』を楽しんでもらわなくてはなりませんもの」

マーマレードは、優雅に木ベラを回し、琥珀色のキャラメルを煮詰めていく。
悪役令嬢と呼ばれた彼女の、甘くて苦い完全勝利。
シュガーのヒステリーが届くことのない高みで、新しい幸福の香りがふわりと広がった。
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