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真実
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血の匂いが、まだ路地に残っていた。
玄弥が言葉を失ったまま立ち尽くしていると、夜気が、ふっと歪む。
「――ああ、いい顔」
聞き覚えのある声。
闇の奥から、女が現れた。
いつもと同じ、人の姿。
だがその表情は、隠そうともせず歪んでいた。
「その迷い、その嫌悪、その恐怖」
女は楽しそうに肩を揺らす。
「人間って、本当に脆いわね」
玄弥は、即座に構えた。
「……お前か」
「こいつに、あの薬を渡したのは」
女は小さく首を傾げる。
「“渡した”なんて言い方、冷たいなぁ」
視線を男子生徒へ向け、くすりと笑う。
「私は、欲しがる人に“選択肢”をあげただけ」
「弱いままでいるか、踏み出すか」
「それを選んだのは――彼らよ?」
男子生徒は、何も言えなかった。
喉の奥で、何かが引っかかっている。
玄弥は一歩前に出る。
「……薬の正体を言え」
女は、待ってましたと言わんばかりに微笑んだ。
「いいわ」
「どうせ、もう隠す意味もないし」
彼女は、指先を立てる。
「あなたたちが“霊力が上がる”って噂してたあれ」
「正体はね――」
空気が、冷たくなる。
「妖怪の血よ」
玄弥の眉が、ぴくりと動いた。
「……血?」
「ええ。希釈して、飲みやすくしてあるけど」
「本質はそのまま」
女は淡々と続ける。
「一度や二度なら、身体が少し変調をきたすだけ」
「でも、摂取し続ければ――」
指を、ゆっくりと下ろす。
「人は、半妖になる」
「そして最終的には、完全な妖怪」
男子生徒の背筋に、冷たいものが走った。
「……じゃあ、俺の力は……」
震える声。
女は、あっさりと言い切る。
「霊力なんて、ほとんど増えてないわ」
その言葉は、刃のように突き刺さった。
「あなたたちが感じてた“強さ”はね」
「妖怪に近づいたことで、妖力を分け与えられてただけ」
「だから強くなった“気がした”」
「ただ、それだけ」
玄弥は、奥歯を噛みしめる。
「……錯覚、だっていうのか」
「そう」
女は、心底楽しそうに頷いた。
「努力も、修練も、積み上げもない」
「ただ、人であることを削って」
「怪物に近づいただけ」
女は、路地に倒れた痕跡を見下ろす。
「でもね?」
くすっと、笑う。
「その近道を選ぶのが、人間なのよ」
「苦しい努力より、甘い力」
「時間より、即効性」
「正義より、自分の承認」
玄弥の胸に、嫌な確信が広がる。
学園で教えられてきたことは、間違っていなかった。
霊力は、地道な鍛錬でしか強くならない。
――だからこそ。
それを否定したくなるほど、
人は弱い。
女は、玄弥を見た。
「あなたは、どうする?」
「弱いまま、守る側でいる?」
「それとも――」
ちらりと、男子生徒を見る。
「この子たちみたいに、踏み込む?」
玄弥は、即答しなかった。
ただ、静かに言った。
「……お前は」
「人の弱さが、そんなに面白いのか」
女は、満面の笑みを浮かべる。
「ええ」
「だって――」
その影が、異様に伸びる。
「弱いから、堕ちる」
「堕ちるから、美しい」
夜の闇に、笑い声が溶けていった。
残されたのは、
真実を知ってしまった者たちと、
もう戻れない選択の重みだけだった。
夜風が、血の匂いを運んでいく。
妖怪の血だと明かされた後も、
女はそこに立ったまま、何事もなかったように微笑んでいた。
玄弥は、静かに問いかける。
「……お前、人間だろ」
女の視線が、玄弥に向く。
「なのに、どうして妖怪の味方をする」
「人を喰わせて、街を壊して」
「それで、何がしたい」
声は低いが、怒鳴ってはいない。
真剣に、理由を求めていた。
女は一瞬、きょとんとした顔をして――
次の瞬間、吹き出した。
「……あは」
「そんな顔で聞かれると思わなかった」
肩をすくめ、夜空を仰ぐ。
「理由?」
「そんな大層なもの、ないわよ」
玄弥の眉が寄る。
「……は?」
女は、指先で髪を弄びながら、あっさりと言った。
「人生に、飽きたの」
その言葉は、驚くほど軽かった。
「長く生きてね、色んなものを見た」
「正義も、悪も、努力も、挫折も」
「どれも、最初は面白かったけど」
女は、玄弥を見る。
「全部、予想通りに終わるのよ」
「頑張る人は報われて」
「悪い奴は罰を受けて」
「守る側と、守られる側がいて」
小さく、ため息。
「……退屈だった」
玄弥の胸に、嫌な冷たさが広がる。
「だから」
女は、楽しそうに笑った。
「刺激が欲しかっただけ」
「予想を外す存在」
「壊れる人間」
「正義が迷う瞬間」
視線が、男子生徒へと流れる。
「人が、力を得て、どこまで堕ちるのか」
「それを見るのが、一番、面白いでしょ?」
玄弥は、拳を握り締めた。
「……人の人生を遊びに使うな」
女は、首を傾げる。
「遊び?」
「違うわ」
「これは、観察」
「だってね」
一歩、近づく。
「あなたも、見てるでしょ?」
「彼が、どこまで行くのか」
「止めたいと思いながら」
「同時に、目を離せなくなってる」
玄弥は、言葉を失う。
女は満足そうに頷いた。
「ほら」
「私と、そんなに変わらない」
夜が、静かに二人を包む。
正義と退屈。
守る者と、壊す者。
その境界線は、
思っていたよりも、ずっと薄かった。
女は背を向ける。
「安心して」
「まだ、終わらせないから」
「もう少し、この街……面白くなりそうだし」
闇に溶ける直前、振り返って言う。
「ねぇ、玄弥」
「あなたが壊れる瞬間も」
「結構、楽しみにしてるの」
笑い声だけを残して、女は消えた。
玄弥は、その場に立ち尽くす。
拳は震え、
胸の奥で、何かが静かに燃えていた。
――絶対に、止める。
それが、正義だからじゃない。
「……あいつの退屈を」
「満たすために、人が壊れるのは」
「俺が、許さない」
夜は、まだ終わらない。
玄弥が言葉を失ったまま立ち尽くしていると、夜気が、ふっと歪む。
「――ああ、いい顔」
聞き覚えのある声。
闇の奥から、女が現れた。
いつもと同じ、人の姿。
だがその表情は、隠そうともせず歪んでいた。
「その迷い、その嫌悪、その恐怖」
女は楽しそうに肩を揺らす。
「人間って、本当に脆いわね」
玄弥は、即座に構えた。
「……お前か」
「こいつに、あの薬を渡したのは」
女は小さく首を傾げる。
「“渡した”なんて言い方、冷たいなぁ」
視線を男子生徒へ向け、くすりと笑う。
「私は、欲しがる人に“選択肢”をあげただけ」
「弱いままでいるか、踏み出すか」
「それを選んだのは――彼らよ?」
男子生徒は、何も言えなかった。
喉の奥で、何かが引っかかっている。
玄弥は一歩前に出る。
「……薬の正体を言え」
女は、待ってましたと言わんばかりに微笑んだ。
「いいわ」
「どうせ、もう隠す意味もないし」
彼女は、指先を立てる。
「あなたたちが“霊力が上がる”って噂してたあれ」
「正体はね――」
空気が、冷たくなる。
「妖怪の血よ」
玄弥の眉が、ぴくりと動いた。
「……血?」
「ええ。希釈して、飲みやすくしてあるけど」
「本質はそのまま」
女は淡々と続ける。
「一度や二度なら、身体が少し変調をきたすだけ」
「でも、摂取し続ければ――」
指を、ゆっくりと下ろす。
「人は、半妖になる」
「そして最終的には、完全な妖怪」
男子生徒の背筋に、冷たいものが走った。
「……じゃあ、俺の力は……」
震える声。
女は、あっさりと言い切る。
「霊力なんて、ほとんど増えてないわ」
その言葉は、刃のように突き刺さった。
「あなたたちが感じてた“強さ”はね」
「妖怪に近づいたことで、妖力を分け与えられてただけ」
「だから強くなった“気がした”」
「ただ、それだけ」
玄弥は、奥歯を噛みしめる。
「……錯覚、だっていうのか」
「そう」
女は、心底楽しそうに頷いた。
「努力も、修練も、積み上げもない」
「ただ、人であることを削って」
「怪物に近づいただけ」
女は、路地に倒れた痕跡を見下ろす。
「でもね?」
くすっと、笑う。
「その近道を選ぶのが、人間なのよ」
「苦しい努力より、甘い力」
「時間より、即効性」
「正義より、自分の承認」
玄弥の胸に、嫌な確信が広がる。
学園で教えられてきたことは、間違っていなかった。
霊力は、地道な鍛錬でしか強くならない。
――だからこそ。
それを否定したくなるほど、
人は弱い。
女は、玄弥を見た。
「あなたは、どうする?」
「弱いまま、守る側でいる?」
「それとも――」
ちらりと、男子生徒を見る。
「この子たちみたいに、踏み込む?」
玄弥は、即答しなかった。
ただ、静かに言った。
「……お前は」
「人の弱さが、そんなに面白いのか」
女は、満面の笑みを浮かべる。
「ええ」
「だって――」
その影が、異様に伸びる。
「弱いから、堕ちる」
「堕ちるから、美しい」
夜の闇に、笑い声が溶けていった。
残されたのは、
真実を知ってしまった者たちと、
もう戻れない選択の重みだけだった。
夜風が、血の匂いを運んでいく。
妖怪の血だと明かされた後も、
女はそこに立ったまま、何事もなかったように微笑んでいた。
玄弥は、静かに問いかける。
「……お前、人間だろ」
女の視線が、玄弥に向く。
「なのに、どうして妖怪の味方をする」
「人を喰わせて、街を壊して」
「それで、何がしたい」
声は低いが、怒鳴ってはいない。
真剣に、理由を求めていた。
女は一瞬、きょとんとした顔をして――
次の瞬間、吹き出した。
「……あは」
「そんな顔で聞かれると思わなかった」
肩をすくめ、夜空を仰ぐ。
「理由?」
「そんな大層なもの、ないわよ」
玄弥の眉が寄る。
「……は?」
女は、指先で髪を弄びながら、あっさりと言った。
「人生に、飽きたの」
その言葉は、驚くほど軽かった。
「長く生きてね、色んなものを見た」
「正義も、悪も、努力も、挫折も」
「どれも、最初は面白かったけど」
女は、玄弥を見る。
「全部、予想通りに終わるのよ」
「頑張る人は報われて」
「悪い奴は罰を受けて」
「守る側と、守られる側がいて」
小さく、ため息。
「……退屈だった」
玄弥の胸に、嫌な冷たさが広がる。
「だから」
女は、楽しそうに笑った。
「刺激が欲しかっただけ」
「予想を外す存在」
「壊れる人間」
「正義が迷う瞬間」
視線が、男子生徒へと流れる。
「人が、力を得て、どこまで堕ちるのか」
「それを見るのが、一番、面白いでしょ?」
玄弥は、拳を握り締めた。
「……人の人生を遊びに使うな」
女は、首を傾げる。
「遊び?」
「違うわ」
「これは、観察」
「だってね」
一歩、近づく。
「あなたも、見てるでしょ?」
「彼が、どこまで行くのか」
「止めたいと思いながら」
「同時に、目を離せなくなってる」
玄弥は、言葉を失う。
女は満足そうに頷いた。
「ほら」
「私と、そんなに変わらない」
夜が、静かに二人を包む。
正義と退屈。
守る者と、壊す者。
その境界線は、
思っていたよりも、ずっと薄かった。
女は背を向ける。
「安心して」
「まだ、終わらせないから」
「もう少し、この街……面白くなりそうだし」
闇に溶ける直前、振り返って言う。
「ねぇ、玄弥」
「あなたが壊れる瞬間も」
「結構、楽しみにしてるの」
笑い声だけを残して、女は消えた。
玄弥は、その場に立ち尽くす。
拳は震え、
胸の奥で、何かが静かに燃えていた。
――絶対に、止める。
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「……あいつの退屈を」
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「俺が、許さない」
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