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霊装の力
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空気が、張りつめていた。
学園内に広がる混乱の中心で、
玄弥は静かに息を吐く。
『――今だ』
九尾の声と同時に、
玄弥は霊力を一点に集中させた。
「……来い」
次の瞬間。
玄弥の右手に、剣が顕在化する。
それは異様な姿をしていた。
剥き身の刃。
鞘もなく、鍔もない。
装飾など一切ない、
ただ“斬るためだけ”に存在する刀。
刃の表面を、淡い霊気が走り、
空気を震わせるように迸っている。
――だが。
床に落ちた破片に、刃先が触れた瞬間、
それは抵抗もなく、すり抜けた。
切れ味は、ない。
否――
物理を、拒絶している。
「……来たぞぉぉ!!」
唸り声と共に、
妖力に染まった暴徒が、玄弥へ突っ込んでくる。
歪んだ霊気。
薬によって無理やり膨らまされた力。
人の形をしているが、
中身はすでに“異物”だった。
玄弥は、一歩踏み出す。
剣を振る。
――斬撃は、確かに通った。
だが、肉は裂けない。
血も飛ばない。
刃は、暴徒の身体をすり抜ける。
「……効いてねぇだろぉが!!」
暴徒が嗤う。
だが、次の瞬間。
その笑みが、凍りついた。
暴徒の体から、
黒く濁った妖力だけが、断ち切られていく。
霧のように、剥がれ落ちる。
「……ぁ?」
妖力を失った暴徒は、
膝から崩れ落ちた。
力が抜け、
視線が揺れ、
狂気が、消えていく。
「な……なに……?」
残されたのは、
ただの、人間だった。
玄弥は、息を呑む。
『刀は、正しく機能している』
九尾の声が、静かに響く。
『刃は肉を斬らぬ』
『妖力のみを、選別して断つ』
次々と、暴徒が襲いかかってくる。
玄弥は、迷わず踏み込んだ。
振るう。
すり抜ける。
断ち切る。
斬撃のたびに、
妖力だけが剥がれ落ち、
暴徒たちは、次々と倒れていく。
幸い――
彼らは、まだ“浅かった”。
薬を摂取してから、時間が経っていない。
幸い、完全に妖へ堕ちる前だった。
切られた者たちは、
呻きながら、意識を失うだけで済んでいる。
人として、戻れる。
「……助かる、のか……」
震える声が、背後から聞こえた。
玄弥は、振り返らない。
今は、ただ刃を振るう。
殺さず。
壊さず。
ただ――悪しきものを、切り離す。
だが。
剣を振るうたび、
玄弥の呼吸は、確実に重くなっていく。
霊力の消耗が、激しい。
『忘れるな』
九尾が告げる。
『長くは、持たぬ』
玄弥は、歯を食いしばった。
それでも――
剣を、下ろす気はなかった。
「……十分だ」
目の前で倒れていく人々を見ながら、
玄弥は、低く呟く。
「これで……救えるなら」
剥き身の刃が、
再び、霊気を迸らせる。
戦場の中で、
“殺さない剣”は、確かに意味を持っていた。
剥き身の刃を振るい校舎を走る。
玄弥は、もう迷わなかった。
踏み込み、振るい、断つ。
斬撃は肉を裂かず、
血も飛ばさない。
だが――
妖力だけは、確実に切り離していく。
暴徒が、次々と崩れ落ちた。
叫び声は、やがて悲鳴へ変わり、
最後には、うめき声すら消えていく。
倒れた者たちは、皆、同じだった。
歪んだ霊気が剥がれ、
元の人間の気配へと戻っていく。
床に伏せたまま、
涙を流す者。
震えながら、謝罪を繰り返す者。
玄弥は、剣を下げない。
『気を抜くな』
九尾の声が、冷静に告げる。
『妖力の残滓が、まだ漂っている』
玄弥は、霊気の流れを感じ取る。
まだ、いる。
複数。
玄弥は、廊下を駆けた。
教室、階段、渡り廊下。
暴徒化した生徒を見つけるたび、
同じ動作を繰り返す。
斬る。
すり抜ける。
断つ。
霊装は、黙々と役目を果たし続けた。
やがて――
校舎に満ちていた妖力が、
徐々に薄れていく。
『……ほぼ、切り終えたな』
九尾の声に、僅かな安堵が混じる。
玄弥は、剣を構えたまま、
ゆっくりと周囲を見渡した。
倒れているのは、
敵ではない。
守るべき、生徒たちだ。
遠くから、教師たちの声が聞こえてくる。
「こちら異常なし!」
「負傷者を収容しろ!」
「結界を再展開する!」
混乱の渦は、
ようやく、収束へ向かっていた。
玄弥は、深く息を吐く。
肩が、重い。
指先が、痺れている。
霊力の消耗が、はっきりと分かる。
それでも――
剣は、まだ手の中にあった。
『よくやった』
九尾の声が、静かに響く。
『一時的ではあるが……制圧は成功だ』
「……一時的、か」
玄弥は、苦笑する。
床に倒れた生徒たちを見下ろしながら、
視線を伏せた。
これで、終わりではない。
薬は、まだ出回っている。
操る者も、姿を現していない。
だが――
今、この場では。
誰も死なず、
誰も壊さず、
混乱だけを、鎮めた。
玄弥は、ゆっくりと剣を下ろす。
霊気が薄れ、
剥き身の刃は、霧のように消えていった。
その瞬間、
足元が、ぐらりと揺れる。
「……っ」
膝が、僅かに折れた。
限界は、近い。
それでも――
校舎には、ようやく静けさが戻った。
――静けさ。
校舎を満たしていた妖力は、ほとんど消え失せていた。
倒れ伏す生徒たち。
駆け回る教師たち。
遠くで響く、救急要請の声。
玄弥は、壁にもたれながら、荒い呼吸を整えていた。
「……これで……」
終わった、はずだった。
だが。
『……待て』
九尾の声が、低く響いた。
『……一つ、残っている』
玄弥の背筋が、冷える。
「残ってる……?」
霊力を探る。
だが、そこにあるのは――
さきほどまでの、歪んだ妖力とは違った。
濃い。
重い。
根を張ったような気配。
廊下の奥。
非常灯の赤い光の中で、
一人の男子生徒が、立っていた。
制服は乱れ、
シャツの胸元が、不自然に膨らんでいる。
「……まだ、立てるのか」
玄弥は、剣を握り直した。
『注意しろ』
九尾が、警告する。
『あれは……“浅くない”』
男子生徒は、ゆっくりと顔を上げた。
その瞳は、焦点が合っていない。
だが、完全に狂っているわけでもない。
――意思が、残っている。
「……やっと、静かになったな」
低い声。
喉を引き裂くような、掠れた響き。
玄弥は、一歩踏み出す。
「もう、終わりだ」
「これ以上、続ける必要はない」
男子生徒は、口の端を歪めた。
「……終わり?」
次の瞬間。
玄弥は、剣を振るった。
斬撃は、正確だった。
――だが。
すり抜けない。
妖力だけを断つはずの刃が、
男子生徒の中で、止まった。
「……なに?」
刃は、確かに通っている。
だが、妖力は剥がれ落ちない。
むしろ――
刃を、呑み込んでいる。
男子生徒の身体から、
黒く粘ついた妖気が溢れ出す。
「……はは」
笑った。
はっきりと、嗤った。
「効かないんだよ、それ」
玄弥は、後退る。
『……成りかけだ』
九尾の声が、低く沈む。
『半妖の段階を、越えかけている』
『妖力が……“本人のもの”になり始めている』
男子生徒は、自分の胸に手を当てた。
脈打つように、
妖気が、呼吸している。
「前はさ……」
「君に助けられて、悔しかった」
「惨めで、情けなくて……」
視線が、玄弥を捉える。
「でも今は、違う」
「力がある」
「これは、もう俺の力だ」
玄弥は、剣を構え直す。
霊装が、微かに震えた。
制約が、軋む。
――妖力を断て。
だが、
相手はもう“妖力を借りている人間”ではない。
妖力と、人が、混ざり始めている存在。
『玄弥』
九尾が、重く告げる。
『お前の剣は――“戻れる者”を救うためのものだ』
『だが、あれは……』
男子生徒が、一歩踏み出す。
床が、軋む。
「次は……」
「こちらの番だよ」
校舎に、再び――
不穏な気配が、満ち始めていた。
学園内に広がる混乱の中心で、
玄弥は静かに息を吐く。
『――今だ』
九尾の声と同時に、
玄弥は霊力を一点に集中させた。
「……来い」
次の瞬間。
玄弥の右手に、剣が顕在化する。
それは異様な姿をしていた。
剥き身の刃。
鞘もなく、鍔もない。
装飾など一切ない、
ただ“斬るためだけ”に存在する刀。
刃の表面を、淡い霊気が走り、
空気を震わせるように迸っている。
――だが。
床に落ちた破片に、刃先が触れた瞬間、
それは抵抗もなく、すり抜けた。
切れ味は、ない。
否――
物理を、拒絶している。
「……来たぞぉぉ!!」
唸り声と共に、
妖力に染まった暴徒が、玄弥へ突っ込んでくる。
歪んだ霊気。
薬によって無理やり膨らまされた力。
人の形をしているが、
中身はすでに“異物”だった。
玄弥は、一歩踏み出す。
剣を振る。
――斬撃は、確かに通った。
だが、肉は裂けない。
血も飛ばない。
刃は、暴徒の身体をすり抜ける。
「……効いてねぇだろぉが!!」
暴徒が嗤う。
だが、次の瞬間。
その笑みが、凍りついた。
暴徒の体から、
黒く濁った妖力だけが、断ち切られていく。
霧のように、剥がれ落ちる。
「……ぁ?」
妖力を失った暴徒は、
膝から崩れ落ちた。
力が抜け、
視線が揺れ、
狂気が、消えていく。
「な……なに……?」
残されたのは、
ただの、人間だった。
玄弥は、息を呑む。
『刀は、正しく機能している』
九尾の声が、静かに響く。
『刃は肉を斬らぬ』
『妖力のみを、選別して断つ』
次々と、暴徒が襲いかかってくる。
玄弥は、迷わず踏み込んだ。
振るう。
すり抜ける。
断ち切る。
斬撃のたびに、
妖力だけが剥がれ落ち、
暴徒たちは、次々と倒れていく。
幸い――
彼らは、まだ“浅かった”。
薬を摂取してから、時間が経っていない。
幸い、完全に妖へ堕ちる前だった。
切られた者たちは、
呻きながら、意識を失うだけで済んでいる。
人として、戻れる。
「……助かる、のか……」
震える声が、背後から聞こえた。
玄弥は、振り返らない。
今は、ただ刃を振るう。
殺さず。
壊さず。
ただ――悪しきものを、切り離す。
だが。
剣を振るうたび、
玄弥の呼吸は、確実に重くなっていく。
霊力の消耗が、激しい。
『忘れるな』
九尾が告げる。
『長くは、持たぬ』
玄弥は、歯を食いしばった。
それでも――
剣を、下ろす気はなかった。
「……十分だ」
目の前で倒れていく人々を見ながら、
玄弥は、低く呟く。
「これで……救えるなら」
剥き身の刃が、
再び、霊気を迸らせる。
戦場の中で、
“殺さない剣”は、確かに意味を持っていた。
剥き身の刃を振るい校舎を走る。
玄弥は、もう迷わなかった。
踏み込み、振るい、断つ。
斬撃は肉を裂かず、
血も飛ばさない。
だが――
妖力だけは、確実に切り離していく。
暴徒が、次々と崩れ落ちた。
叫び声は、やがて悲鳴へ変わり、
最後には、うめき声すら消えていく。
倒れた者たちは、皆、同じだった。
歪んだ霊気が剥がれ、
元の人間の気配へと戻っていく。
床に伏せたまま、
涙を流す者。
震えながら、謝罪を繰り返す者。
玄弥は、剣を下げない。
『気を抜くな』
九尾の声が、冷静に告げる。
『妖力の残滓が、まだ漂っている』
玄弥は、霊気の流れを感じ取る。
まだ、いる。
複数。
玄弥は、廊下を駆けた。
教室、階段、渡り廊下。
暴徒化した生徒を見つけるたび、
同じ動作を繰り返す。
斬る。
すり抜ける。
断つ。
霊装は、黙々と役目を果たし続けた。
やがて――
校舎に満ちていた妖力が、
徐々に薄れていく。
『……ほぼ、切り終えたな』
九尾の声に、僅かな安堵が混じる。
玄弥は、剣を構えたまま、
ゆっくりと周囲を見渡した。
倒れているのは、
敵ではない。
守るべき、生徒たちだ。
遠くから、教師たちの声が聞こえてくる。
「こちら異常なし!」
「負傷者を収容しろ!」
「結界を再展開する!」
混乱の渦は、
ようやく、収束へ向かっていた。
玄弥は、深く息を吐く。
肩が、重い。
指先が、痺れている。
霊力の消耗が、はっきりと分かる。
それでも――
剣は、まだ手の中にあった。
『よくやった』
九尾の声が、静かに響く。
『一時的ではあるが……制圧は成功だ』
「……一時的、か」
玄弥は、苦笑する。
床に倒れた生徒たちを見下ろしながら、
視線を伏せた。
これで、終わりではない。
薬は、まだ出回っている。
操る者も、姿を現していない。
だが――
今、この場では。
誰も死なず、
誰も壊さず、
混乱だけを、鎮めた。
玄弥は、ゆっくりと剣を下ろす。
霊気が薄れ、
剥き身の刃は、霧のように消えていった。
その瞬間、
足元が、ぐらりと揺れる。
「……っ」
膝が、僅かに折れた。
限界は、近い。
それでも――
校舎には、ようやく静けさが戻った。
――静けさ。
校舎を満たしていた妖力は、ほとんど消え失せていた。
倒れ伏す生徒たち。
駆け回る教師たち。
遠くで響く、救急要請の声。
玄弥は、壁にもたれながら、荒い呼吸を整えていた。
「……これで……」
終わった、はずだった。
だが。
『……待て』
九尾の声が、低く響いた。
『……一つ、残っている』
玄弥の背筋が、冷える。
「残ってる……?」
霊力を探る。
だが、そこにあるのは――
さきほどまでの、歪んだ妖力とは違った。
濃い。
重い。
根を張ったような気配。
廊下の奥。
非常灯の赤い光の中で、
一人の男子生徒が、立っていた。
制服は乱れ、
シャツの胸元が、不自然に膨らんでいる。
「……まだ、立てるのか」
玄弥は、剣を握り直した。
『注意しろ』
九尾が、警告する。
『あれは……“浅くない”』
男子生徒は、ゆっくりと顔を上げた。
その瞳は、焦点が合っていない。
だが、完全に狂っているわけでもない。
――意思が、残っている。
「……やっと、静かになったな」
低い声。
喉を引き裂くような、掠れた響き。
玄弥は、一歩踏み出す。
「もう、終わりだ」
「これ以上、続ける必要はない」
男子生徒は、口の端を歪めた。
「……終わり?」
次の瞬間。
玄弥は、剣を振るった。
斬撃は、正確だった。
――だが。
すり抜けない。
妖力だけを断つはずの刃が、
男子生徒の中で、止まった。
「……なに?」
刃は、確かに通っている。
だが、妖力は剥がれ落ちない。
むしろ――
刃を、呑み込んでいる。
男子生徒の身体から、
黒く粘ついた妖気が溢れ出す。
「……はは」
笑った。
はっきりと、嗤った。
「効かないんだよ、それ」
玄弥は、後退る。
『……成りかけだ』
九尾の声が、低く沈む。
『半妖の段階を、越えかけている』
『妖力が……“本人のもの”になり始めている』
男子生徒は、自分の胸に手を当てた。
脈打つように、
妖気が、呼吸している。
「前はさ……」
「君に助けられて、悔しかった」
「惨めで、情けなくて……」
視線が、玄弥を捉える。
「でも今は、違う」
「力がある」
「これは、もう俺の力だ」
玄弥は、剣を構え直す。
霊装が、微かに震えた。
制約が、軋む。
――妖力を断て。
だが、
相手はもう“妖力を借りている人間”ではない。
妖力と、人が、混ざり始めている存在。
『玄弥』
九尾が、重く告げる。
『お前の剣は――“戻れる者”を救うためのものだ』
『だが、あれは……』
男子生徒が、一歩踏み出す。
床が、軋む。
「次は……」
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校舎に、再び――
不穏な気配が、満ち始めていた。
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