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慟哭、新たな決意
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病室は、静かだった。
心電図の音も、
人の気配もない。
ただ、夕方の光だけが、
カーテンの隙間から床に落ちている。
玄弥は、ベッドの上で天井を見ていた。
――マトリは?
あの問いを口にしてから、
誰も、何も、言わなかった。
答えは、もう出ている。
それでも、
玄弥は認めなかった。
扉の脇に置かれた、
小さな紙袋。
誰のものか、すぐに分かる。
無駄に丁寧に畳まれたハンカチ。
少し歪んだペンケース。
乾ききっていない、土の匂い。
――持ち主は、もう戻らない。
玄弥は、ゆっくりと上体を起こした。
手を伸ばし、
紙袋の中に触れる。
指先に伝わる、
確かな現実感。
「……あ」
喉から、意味のない音が漏れた。
脳が、
ようやく理解に追いついた。
マトリは――
死んだ。
その事実が、
静かに、胸に沈んでいく。
「……なんで」
問いは、誰にも向けられていない。
「……なんで、あの時」
声が、震える。
あの一歩。
あの声。
自分が、動かなければ。
自分が、声をかけなければ。
「……俺が」
唇を噛みしめる。
血の味が、広がる。
「……俺が、弱かったから」
拳を、握る。
爪が、掌に食い込む。
痛みがあっても、
涙は出ない。
代わりに、
胸の奥が、空洞になっていく。
守ると、言った。
一緒に、戦うと、言った。
なのに。
「……ごめん」
誰にも届かない声。
それでも、
言わずにはいられなかった。
床に落ちた夕陽が、
ゆっくりと影を伸ばしていく。
マトリが死んだ世界は、
何事もなかったかのように、
今日も続いている。
そのことが、
何よりも、悔しかった。
玄弥は、目を閉じた。
玄弥は目を閉じたまま、
両手で顔を覆う。
「マトリ……」
声が、かすれて、震えた。
息が、胸を打つ。
なぜ、俺は――
あの時、あの一歩を踏み出せなかったのか。
あの声を、聞き取れなかったのか。
悔恨が、胸を締めつける。
怒りでも、悲しみでもない――
ただ、胸が張り裂けそうな痛み。
涙が、止めどなく溢れ出した。
手で拭おうとしても、止まらない。
嗚咽が、静かな病室に響く。
「ごめん……ごめん……」
何度も、何度も、
名前を呼び続ける。
目を開けると、
夕陽が床に長い影を落としていた。
マトリは、もう戻らない。
確かに、もうこの世界にはいない。
それでも――
胸の奥で、彼女の温もりを思い出す。
笑った顔、拗ねた顔、
そして、守れなかった日のこと。
全てが、重く、痛い。
「……俺が、もっと強ければ……」
その言葉は、もはや声ではなく、
心の奥で叫ぶ、無力な叫びだった。
玄弥は、ベッドの上で俯いたまま、
ただ、慟哭し続けた。
涙は止まらない。
声も止まらない。
胸の奥の痛みは、消えない。
――
ノックの音は、控えめだった。
玄弥が返事をする前に、
扉はゆっくりと開く。
「……起きてたか」
ミユキだった。
相変わらず無駄のない立ち姿。
けれど、いつもより肩の力が抜けている。
玄弥は、何も言わずに頷いた。
ミユキは病室に入り、
ベッドの横の椅子に腰を下ろす。
しばらく、沈黙。
慰めの言葉も、謝罪もない。
それが、逆に救いだった。
「……マトリのこと」
ミユキが、先に口を開いた。
「最後まで、逃げなかった」
短い言葉だった。
評価でも、賛美でもない。
ただの事実。
玄弥は、視線を落としたまま言う。
「……俺が、声をかけなければ」
「違う」
ミユキは、即座に否定した。
「誰かが代わりに立っても、結果は同じだった」
「鵺の格が、違いすぎた」
淡々とした言い方。
だが、その奥に
怒りを押し殺している気配があった。
「……でも」
玄弥は、言葉を探す。
「守れなかった」
ミユキは、一度だけ目を伏せた。
「だから、生きてるお前がやるしかない」
顔を上げ、玄弥を見る。
「後悔する資格はある」
「でも、立ち止まる理由にはならない」
それだけ言って、
ミユキは椅子から立ち上がった。
去り際、少しだけ声を落とす。
「……強くなれ」
「じゃないと、次はもっと奪われる」
扉が閉まる。
再び、静寂。
玄弥は、深く息を吐いた。
その時――
頭の奥で、声がした。
『……玄弥』
九尾の葛葉だった。
今までより、
はっきりとした響き。
「……まだ、繋がってたのか」
『完全には断たれておらん』
『だが、今のままでは戦えぬ』
玄弥は、拳を握る。
「……戻す方法はあるんだな」
沈黙。
そして、九尾が言った。
『ある』
『だが、我ではない』
玄弥は、眉をひそめる。
『我には……旧友がいる』
『同じ霊獣だ』
『我と同じく、時を越えて生きる者』
その名を、九尾は口にしなかった。
ただ、場所だけを告げる。
『――離島だ』
『人の目から外れた地』
『古き神と、霊が今も残る場所だ』
玄弥の胸に、
微かな熱が灯る。
「……そいつに会えば」
『霊力の回路を、繋ぎ直す道がある』
『ただし』
声が、低くなる。
『代償は、覚悟せよ』
『霊獣は、安易に力を与えぬ』
玄弥は、目を閉じた。
マトリの顔が、浮かぶ。
悔恨が、胸を締めつける。
それでも。
「……行く」
迷いはなかった。
「分かった……そこで、もう一度始める」
九尾は、何も言わなかった。
だが――
その沈黙は、了承だった。
――
日々の鍛錬の賜物か怪我はすぐに治り退院となった。
学園では、夏休み前の慌ただしさが漂っていた。
玄弥は教室で荷物をまとめながら、
心のどこかで、島での修行を思い浮かべていた。
九尾の言う離島――
人目を避け、古き霊獣がいる場所。
そこで、霊力を取り戻すための準備が必要だった。
そのためにも、まずは――
日常に戻る時間が必要だ。
⸻
帰宅すると、家の中は穏やかだった。
「おかえり、玄弥」
母の声が、やけに優しく響く。
玄弥は、少し緊張しながら返す。
「ただいま……」
父は書斎から顔を出して、
少し眉をひそめつつも、にこりと笑った。
「もうすぐ夏休みか。旅行の準備はできてるのか?」
玄弥は小さく首を振る。
「……あ、いや、ちょっと予定があって」
母が手早く、玄弥の荷物を整える。
「どこか行くのね」
玄弥は驚く。
「……なんで知ってるの?」
母は静かに微笑む。
「あなたの表情で分かるのよ。
少し緊張して、でも覚悟が決まってる」
父も言葉を重ねる。
「困難に立ち向かうつもりだな。でも、無理はするな、費用も気にするな」
玄弥は、胸の奥で固くなった。
「分かってる」
その一言に、親たちは何も返さなかった。
言葉よりも、理解がそこにあった。
⸻
その夜、玄弥は荷物を整理しながら思う。
マトリのこと、鵺との戦い、霊力の喪失。
すべてが胸に重くのしかかる。
だが、休みを利用して準備を整え、
次に挑むための力を取り戻す。
決意が、ゆっくりと胸に落ち着く。
「……行くしかない」
小さく呟く声に、九尾の気配が微かに応えた。
『……うむ。準備は怠るな』
⸻
翌朝、玄弥は荷物をまとめ、
離島へ向かうための切符を手に取る。
母が、玄弥の肩を軽く叩く。
「気をつけてね。無理は禁物よ」
父も、背中に手を置く。
「強くなって戻ってこい」
玄弥は、二人の顔を見上げて頷く。
「……うん」
家を出るその瞬間、
玄弥の中で何かが静かに燃え始めた。
それは――
悔恨と覚悟が混ざった、静かな炎だった。
心電図の音も、
人の気配もない。
ただ、夕方の光だけが、
カーテンの隙間から床に落ちている。
玄弥は、ベッドの上で天井を見ていた。
――マトリは?
あの問いを口にしてから、
誰も、何も、言わなかった。
答えは、もう出ている。
それでも、
玄弥は認めなかった。
扉の脇に置かれた、
小さな紙袋。
誰のものか、すぐに分かる。
無駄に丁寧に畳まれたハンカチ。
少し歪んだペンケース。
乾ききっていない、土の匂い。
――持ち主は、もう戻らない。
玄弥は、ゆっくりと上体を起こした。
手を伸ばし、
紙袋の中に触れる。
指先に伝わる、
確かな現実感。
「……あ」
喉から、意味のない音が漏れた。
脳が、
ようやく理解に追いついた。
マトリは――
死んだ。
その事実が、
静かに、胸に沈んでいく。
「……なんで」
問いは、誰にも向けられていない。
「……なんで、あの時」
声が、震える。
あの一歩。
あの声。
自分が、動かなければ。
自分が、声をかけなければ。
「……俺が」
唇を噛みしめる。
血の味が、広がる。
「……俺が、弱かったから」
拳を、握る。
爪が、掌に食い込む。
痛みがあっても、
涙は出ない。
代わりに、
胸の奥が、空洞になっていく。
守ると、言った。
一緒に、戦うと、言った。
なのに。
「……ごめん」
誰にも届かない声。
それでも、
言わずにはいられなかった。
床に落ちた夕陽が、
ゆっくりと影を伸ばしていく。
マトリが死んだ世界は、
何事もなかったかのように、
今日も続いている。
そのことが、
何よりも、悔しかった。
玄弥は、目を閉じた。
玄弥は目を閉じたまま、
両手で顔を覆う。
「マトリ……」
声が、かすれて、震えた。
息が、胸を打つ。
なぜ、俺は――
あの時、あの一歩を踏み出せなかったのか。
あの声を、聞き取れなかったのか。
悔恨が、胸を締めつける。
怒りでも、悲しみでもない――
ただ、胸が張り裂けそうな痛み。
涙が、止めどなく溢れ出した。
手で拭おうとしても、止まらない。
嗚咽が、静かな病室に響く。
「ごめん……ごめん……」
何度も、何度も、
名前を呼び続ける。
目を開けると、
夕陽が床に長い影を落としていた。
マトリは、もう戻らない。
確かに、もうこの世界にはいない。
それでも――
胸の奥で、彼女の温もりを思い出す。
笑った顔、拗ねた顔、
そして、守れなかった日のこと。
全てが、重く、痛い。
「……俺が、もっと強ければ……」
その言葉は、もはや声ではなく、
心の奥で叫ぶ、無力な叫びだった。
玄弥は、ベッドの上で俯いたまま、
ただ、慟哭し続けた。
涙は止まらない。
声も止まらない。
胸の奥の痛みは、消えない。
――
ノックの音は、控えめだった。
玄弥が返事をする前に、
扉はゆっくりと開く。
「……起きてたか」
ミユキだった。
相変わらず無駄のない立ち姿。
けれど、いつもより肩の力が抜けている。
玄弥は、何も言わずに頷いた。
ミユキは病室に入り、
ベッドの横の椅子に腰を下ろす。
しばらく、沈黙。
慰めの言葉も、謝罪もない。
それが、逆に救いだった。
「……マトリのこと」
ミユキが、先に口を開いた。
「最後まで、逃げなかった」
短い言葉だった。
評価でも、賛美でもない。
ただの事実。
玄弥は、視線を落としたまま言う。
「……俺が、声をかけなければ」
「違う」
ミユキは、即座に否定した。
「誰かが代わりに立っても、結果は同じだった」
「鵺の格が、違いすぎた」
淡々とした言い方。
だが、その奥に
怒りを押し殺している気配があった。
「……でも」
玄弥は、言葉を探す。
「守れなかった」
ミユキは、一度だけ目を伏せた。
「だから、生きてるお前がやるしかない」
顔を上げ、玄弥を見る。
「後悔する資格はある」
「でも、立ち止まる理由にはならない」
それだけ言って、
ミユキは椅子から立ち上がった。
去り際、少しだけ声を落とす。
「……強くなれ」
「じゃないと、次はもっと奪われる」
扉が閉まる。
再び、静寂。
玄弥は、深く息を吐いた。
その時――
頭の奥で、声がした。
『……玄弥』
九尾の葛葉だった。
今までより、
はっきりとした響き。
「……まだ、繋がってたのか」
『完全には断たれておらん』
『だが、今のままでは戦えぬ』
玄弥は、拳を握る。
「……戻す方法はあるんだな」
沈黙。
そして、九尾が言った。
『ある』
『だが、我ではない』
玄弥は、眉をひそめる。
『我には……旧友がいる』
『同じ霊獣だ』
『我と同じく、時を越えて生きる者』
その名を、九尾は口にしなかった。
ただ、場所だけを告げる。
『――離島だ』
『人の目から外れた地』
『古き神と、霊が今も残る場所だ』
玄弥の胸に、
微かな熱が灯る。
「……そいつに会えば」
『霊力の回路を、繋ぎ直す道がある』
『ただし』
声が、低くなる。
『代償は、覚悟せよ』
『霊獣は、安易に力を与えぬ』
玄弥は、目を閉じた。
マトリの顔が、浮かぶ。
悔恨が、胸を締めつける。
それでも。
「……行く」
迷いはなかった。
「分かった……そこで、もう一度始める」
九尾は、何も言わなかった。
だが――
その沈黙は、了承だった。
――
日々の鍛錬の賜物か怪我はすぐに治り退院となった。
学園では、夏休み前の慌ただしさが漂っていた。
玄弥は教室で荷物をまとめながら、
心のどこかで、島での修行を思い浮かべていた。
九尾の言う離島――
人目を避け、古き霊獣がいる場所。
そこで、霊力を取り戻すための準備が必要だった。
そのためにも、まずは――
日常に戻る時間が必要だ。
⸻
帰宅すると、家の中は穏やかだった。
「おかえり、玄弥」
母の声が、やけに優しく響く。
玄弥は、少し緊張しながら返す。
「ただいま……」
父は書斎から顔を出して、
少し眉をひそめつつも、にこりと笑った。
「もうすぐ夏休みか。旅行の準備はできてるのか?」
玄弥は小さく首を振る。
「……あ、いや、ちょっと予定があって」
母が手早く、玄弥の荷物を整える。
「どこか行くのね」
玄弥は驚く。
「……なんで知ってるの?」
母は静かに微笑む。
「あなたの表情で分かるのよ。
少し緊張して、でも覚悟が決まってる」
父も言葉を重ねる。
「困難に立ち向かうつもりだな。でも、無理はするな、費用も気にするな」
玄弥は、胸の奥で固くなった。
「分かってる」
その一言に、親たちは何も返さなかった。
言葉よりも、理解がそこにあった。
⸻
その夜、玄弥は荷物を整理しながら思う。
マトリのこと、鵺との戦い、霊力の喪失。
すべてが胸に重くのしかかる。
だが、休みを利用して準備を整え、
次に挑むための力を取り戻す。
決意が、ゆっくりと胸に落ち着く。
「……行くしかない」
小さく呟く声に、九尾の気配が微かに応えた。
『……うむ。準備は怠るな』
⸻
翌朝、玄弥は荷物をまとめ、
離島へ向かうための切符を手に取る。
母が、玄弥の肩を軽く叩く。
「気をつけてね。無理は禁物よ」
父も、背中に手を置く。
「強くなって戻ってこい」
玄弥は、二人の顔を見上げて頷く。
「……うん」
家を出るその瞬間、
玄弥の中で何かが静かに燃え始めた。
それは――
悔恨と覚悟が混ざった、静かな炎だった。
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