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妖怪の王
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電車は、終点を過ぎてもなお走り続けていた。
乗り換え、さらに乗り換え。
ローカル線に揺られ、景色は街から山へ、山から海へと変わっていく。
時間が、異様に長く感じられた。
玄弥は座席に深く腰を下ろし、窓の外を流れる景色をぼんやりと眺めていた。
まだ目的地には遠い。
――ふと。
胸の奥で、九尾の葛葉の気配が動いた。
「のう、玄弥」
低く、落ち着いた声。
意識の奥に、はっきりと響く。
「妖怪は、どこから現れると思う?」
玄弥は少し考え、短く答えた。
「……冥界だろ」
「その通りじゃ」
即答だった。
否定も、含みもない。
九尾は続ける。
「だが、それは“今の時代の” 話じゃ」
電車がトンネルに入り、窓の外が一瞬、闇に沈む。
「はるか昔、この世は一つだった。
人の世界も、妖の世界も、冥界も――分かたれてはいなかった」
玄弥は視線を窓から前に戻す。
「……全部、同じ場所だったってことか」
「そうじゃ」
葛葉の声は淡々としているが、そこには確かな重みがあった。
「生と死、穢れと信仰、恐怖と祈り。
それらが混ざり合い、区別など存在しなかった時代じゃ」
電車がトンネルを抜け、再び光が差し込む。
遠くに海が見え始めていた。
「そして――妾も、そこにいた」
玄弥は視線を動かさず、続きを促すように黙っている。
「私は、元々は妖獣ではなかった。
神々に座する者じゃった」
玄弥の眉が、わずかに動く。
「……神?」
「そうじゃ」
「信仰を集め、象徴として祀られ、人の願いを束ねる存在。
それが、かつての私の役割だった」
車窓の向こうで、海が陽を反射する。
穏やかな景色とは裏腹に、語られる内容は重い。
「そして――妖怪の王‥奴も元は同じじゃった」
玄弥は低く問い返す。
「……最初から、化け物だったわけじゃないってことか」
九尾は静かに続ける。
「奴は“調律者”と呼ばれる存在じゃった。
世界の均衡を保ち、境界を調え、歪みを正す役目を持つ者。
私や他の神々と、同じ列に並ぶ存在なのじゃ」
電車の揺れが、一定のリズムを刻む。
「だが、調律は時に苦痛を伴う。
人の欲、恐怖、争い――それらを抑え、均すことに、彼は疲弊していってのう」
九尾が、再び口を開いた。
「……それに奴には、娘がおった」
玄弥は即座に聞き返さない。
続きを待つ。
「だが、その娘は特異だった、力が弱かったわけでは無く存在そのものが、薄かった」
玄弥が低く言う。
「……どういう意味だ」
「世界に“必要とされていない”存在だったと言う事じゃ」
九尾の言葉は淡々としている。
「故に信仰も恐怖も集まらない。
名を呼ばれず、語られず、記録にも残らない。
そういう存在は、世界の側から切り捨てられていく」
電車の窓に、玄弥の顔がうっすらと映る。
その表情は硬い。
「娘は、徐々に消えていく定めだった。
調律者であった頃の奴でさえ、それを止めることはできなかった」
玄弥は拳を握る。
「……救えなかったのか」
「あぁ、救えなかった」
即答だった。
「世界の仕組みそのものが、彼女を不要と判断していた。
存在が薄れ消えるというのは、死よりも静かで、残酷でな」
電車はカーブに差しかかり、車体が大きく揺れる。
「奴が歪んだのは、力を求めたからではない。
支配を望んだからでもない」
九尾は、少しだけ声を落とす。
「奴の望みは消えていく娘を、世界から引き留めたかっただけだったのじゃ」
玄弥は、しばらく黙っていた。
やがて、短く吐き出す。
「世界が選別するなら、世界そのものを変えるしかないと奴は考えた」
窓の外で、雲がゆっくりと流れていく。
遠く、海と空の境界が曖昧になっていた。
「だが、その選択は多くを壊した。
人も、神も全て」
玄弥は前を見据えたまま、低く言う。
九尾は、わずかに間を置いて話す。
「奴は――この世を、三つに分断した」
玄弥は視線を前に向けたまま、短く促す。
「……三つ?」
「霊界、現界、そして冥界じゃ」
言葉は簡潔だったが、その意味は重い。
「元は一つだった世界を、王は強引に引き裂いた。
信仰と象徴の世界を霊界へ。
人が生き、選び、争う場所を現界へ。
穢れと死、捨てられたものを冥界へ」
電車の窓の外で、海と陸の境目が遠ざかっていく。
「それは、娘を繋ぎ止めるための処置だった。
存在が薄れる者は、いずれ消える。
ならば場所を増やし、居場所を作る――」
玄弥が低く言う。
「……世界を分ければ、消えなくなると思った?」
「そうじゃ」
九尾は否定しない。
「娘を救うためだった様だ。
存在が薄れて消えていくなら、居場所そのものを作ればいいと考えた」
玄弥が低く言う。
「……それで?」
「娘は間に合わなかった」
その言葉は、短く、重い。
「世界が分断された時、娘はすでに限界を超えていた。
引き裂かれた冥界に留めることすらできなかった」
電車の窓に、流れる景色が滲む。
「結果的に――娘は、助からなかったのじゃ」
九尾は淡々と告げる。
だが、その声には僅かな痛みが滲んでいた。
「奴は壊れた。そして残ったのは
歪んだ世界と、戻れない後悔だけだった」
葛葉は続ける。
「そして世界は、三つに裂けたまま固定された。
奴が封じられても、既に固定された霊界・現界・冥界は元に戻らなかった」
「……それになぜ、私が妖獣になったか。
その理由も、奴にある」
玄弥は何も言わず、続きを待つ。
「世界が三つに裂け、娘を失ったあとでも――
奴は、まだ終われなかった」
葛葉の声は低く、感情を抑えている。
「奴と”私たち”は戦った。
世界をこれ以上歪めさせないためにな」
「健闘はした。だが、結果は敗北じゃ」
葛葉は淡々と告げる。
「奴は、もはや“調律者”ではなかった。
失ったものに縋り、救えなかった過去に囚われ、
力そのものに意味を求める存在に変わっておった」
「……壊したのか?その世界を」
「結果的にはそうじゃな」
玄弥は、しばらく言葉を失っていた。
やがて、短く呟く。
電車の揺れが、わずかに強くなる。
「敗れた者たちに、奴は選択肢を与えなかった」
葛葉は一拍置き、はっきりと言った。
「従う者は配下に。
抗う者は、力を歪められ――妖獣へと堕とされた」
玄弥の指が、無意識に握られる。
「……それが、お前か」
「そうじゃ」
葛葉は否定しない。
「私は神でも、調律者でもなくなった。
信仰の象徴だった姿は砕かれ、残されたのは、奴に与えられた“歪んだ力”だけじゃった」
窓の外に、遠くの海が見え始める。
「妖獣とは、罰じゃ、生き延びた代償であり、
抗えなかった証でもある」
玄弥は、静かに問いかける。
「……恨んでるか」
九尾は、少しだけ沈黙したあと答えた。
「正直、昔の話だからのう、
だが、それ以上に――理解してしまった」
「理解?」
「何かを失った者が、それでも世界を動かせる力を持ってしまった時、どこまで堕ちるのかを、じゃ」
葛葉の声が、僅かに強くなる。
「だからこそ私は、お前に同じ道を歩ませたくない。」
玄弥は前を見据えたまま、短く答えた。
「……大丈夫だ、堕ちないよ」
葛葉は、かすかに笑った気配を見せる。
「その言葉を、最後まで貫け。
それが、お前が私と違う証になるからのう」
電車は、まだ走り続ける。
目的地は遠い。
だが――引き返す道は、もうなかった。
乗り換え、さらに乗り換え。
ローカル線に揺られ、景色は街から山へ、山から海へと変わっていく。
時間が、異様に長く感じられた。
玄弥は座席に深く腰を下ろし、窓の外を流れる景色をぼんやりと眺めていた。
まだ目的地には遠い。
――ふと。
胸の奥で、九尾の葛葉の気配が動いた。
「のう、玄弥」
低く、落ち着いた声。
意識の奥に、はっきりと響く。
「妖怪は、どこから現れると思う?」
玄弥は少し考え、短く答えた。
「……冥界だろ」
「その通りじゃ」
即答だった。
否定も、含みもない。
九尾は続ける。
「だが、それは“今の時代の” 話じゃ」
電車がトンネルに入り、窓の外が一瞬、闇に沈む。
「はるか昔、この世は一つだった。
人の世界も、妖の世界も、冥界も――分かたれてはいなかった」
玄弥は視線を窓から前に戻す。
「……全部、同じ場所だったってことか」
「そうじゃ」
葛葉の声は淡々としているが、そこには確かな重みがあった。
「生と死、穢れと信仰、恐怖と祈り。
それらが混ざり合い、区別など存在しなかった時代じゃ」
電車がトンネルを抜け、再び光が差し込む。
遠くに海が見え始めていた。
「そして――妾も、そこにいた」
玄弥は視線を動かさず、続きを促すように黙っている。
「私は、元々は妖獣ではなかった。
神々に座する者じゃった」
玄弥の眉が、わずかに動く。
「……神?」
「そうじゃ」
「信仰を集め、象徴として祀られ、人の願いを束ねる存在。
それが、かつての私の役割だった」
車窓の向こうで、海が陽を反射する。
穏やかな景色とは裏腹に、語られる内容は重い。
「そして――妖怪の王‥奴も元は同じじゃった」
玄弥は低く問い返す。
「……最初から、化け物だったわけじゃないってことか」
九尾は静かに続ける。
「奴は“調律者”と呼ばれる存在じゃった。
世界の均衡を保ち、境界を調え、歪みを正す役目を持つ者。
私や他の神々と、同じ列に並ぶ存在なのじゃ」
電車の揺れが、一定のリズムを刻む。
「だが、調律は時に苦痛を伴う。
人の欲、恐怖、争い――それらを抑え、均すことに、彼は疲弊していってのう」
九尾が、再び口を開いた。
「……それに奴には、娘がおった」
玄弥は即座に聞き返さない。
続きを待つ。
「だが、その娘は特異だった、力が弱かったわけでは無く存在そのものが、薄かった」
玄弥が低く言う。
「……どういう意味だ」
「世界に“必要とされていない”存在だったと言う事じゃ」
九尾の言葉は淡々としている。
「故に信仰も恐怖も集まらない。
名を呼ばれず、語られず、記録にも残らない。
そういう存在は、世界の側から切り捨てられていく」
電車の窓に、玄弥の顔がうっすらと映る。
その表情は硬い。
「娘は、徐々に消えていく定めだった。
調律者であった頃の奴でさえ、それを止めることはできなかった」
玄弥は拳を握る。
「……救えなかったのか」
「あぁ、救えなかった」
即答だった。
「世界の仕組みそのものが、彼女を不要と判断していた。
存在が薄れ消えるというのは、死よりも静かで、残酷でな」
電車はカーブに差しかかり、車体が大きく揺れる。
「奴が歪んだのは、力を求めたからではない。
支配を望んだからでもない」
九尾は、少しだけ声を落とす。
「奴の望みは消えていく娘を、世界から引き留めたかっただけだったのじゃ」
玄弥は、しばらく黙っていた。
やがて、短く吐き出す。
「世界が選別するなら、世界そのものを変えるしかないと奴は考えた」
窓の外で、雲がゆっくりと流れていく。
遠く、海と空の境界が曖昧になっていた。
「だが、その選択は多くを壊した。
人も、神も全て」
玄弥は前を見据えたまま、低く言う。
九尾は、わずかに間を置いて話す。
「奴は――この世を、三つに分断した」
玄弥は視線を前に向けたまま、短く促す。
「……三つ?」
「霊界、現界、そして冥界じゃ」
言葉は簡潔だったが、その意味は重い。
「元は一つだった世界を、王は強引に引き裂いた。
信仰と象徴の世界を霊界へ。
人が生き、選び、争う場所を現界へ。
穢れと死、捨てられたものを冥界へ」
電車の窓の外で、海と陸の境目が遠ざかっていく。
「それは、娘を繋ぎ止めるための処置だった。
存在が薄れる者は、いずれ消える。
ならば場所を増やし、居場所を作る――」
玄弥が低く言う。
「……世界を分ければ、消えなくなると思った?」
「そうじゃ」
九尾は否定しない。
「娘を救うためだった様だ。
存在が薄れて消えていくなら、居場所そのものを作ればいいと考えた」
玄弥が低く言う。
「……それで?」
「娘は間に合わなかった」
その言葉は、短く、重い。
「世界が分断された時、娘はすでに限界を超えていた。
引き裂かれた冥界に留めることすらできなかった」
電車の窓に、流れる景色が滲む。
「結果的に――娘は、助からなかったのじゃ」
九尾は淡々と告げる。
だが、その声には僅かな痛みが滲んでいた。
「奴は壊れた。そして残ったのは
歪んだ世界と、戻れない後悔だけだった」
葛葉は続ける。
「そして世界は、三つに裂けたまま固定された。
奴が封じられても、既に固定された霊界・現界・冥界は元に戻らなかった」
「……それになぜ、私が妖獣になったか。
その理由も、奴にある」
玄弥は何も言わず、続きを待つ。
「世界が三つに裂け、娘を失ったあとでも――
奴は、まだ終われなかった」
葛葉の声は低く、感情を抑えている。
「奴と”私たち”は戦った。
世界をこれ以上歪めさせないためにな」
「健闘はした。だが、結果は敗北じゃ」
葛葉は淡々と告げる。
「奴は、もはや“調律者”ではなかった。
失ったものに縋り、救えなかった過去に囚われ、
力そのものに意味を求める存在に変わっておった」
「……壊したのか?その世界を」
「結果的にはそうじゃな」
玄弥は、しばらく言葉を失っていた。
やがて、短く呟く。
電車の揺れが、わずかに強くなる。
「敗れた者たちに、奴は選択肢を与えなかった」
葛葉は一拍置き、はっきりと言った。
「従う者は配下に。
抗う者は、力を歪められ――妖獣へと堕とされた」
玄弥の指が、無意識に握られる。
「……それが、お前か」
「そうじゃ」
葛葉は否定しない。
「私は神でも、調律者でもなくなった。
信仰の象徴だった姿は砕かれ、残されたのは、奴に与えられた“歪んだ力”だけじゃった」
窓の外に、遠くの海が見え始める。
「妖獣とは、罰じゃ、生き延びた代償であり、
抗えなかった証でもある」
玄弥は、静かに問いかける。
「……恨んでるか」
九尾は、少しだけ沈黙したあと答えた。
「正直、昔の話だからのう、
だが、それ以上に――理解してしまった」
「理解?」
「何かを失った者が、それでも世界を動かせる力を持ってしまった時、どこまで堕ちるのかを、じゃ」
葛葉の声が、僅かに強くなる。
「だからこそ私は、お前に同じ道を歩ませたくない。」
玄弥は前を見据えたまま、短く答えた。
「……大丈夫だ、堕ちないよ」
葛葉は、かすかに笑った気配を見せる。
「その言葉を、最後まで貫け。
それが、お前が私と違う証になるからのう」
電車は、まだ走り続ける。
目的地は遠い。
だが――引き返す道は、もうなかった。
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