62 / 140
第三章.寂寥のお絵かき
9.同情
しおりを挟む
「ねぇ、お外で遊ばない? 今ならこの私が鬼を務めてあげても良いのよ?」
一昨日の狩人の動く死体の件で昨日は一日中カルマンと共に帝都中を駆けずり回り、普段はわからないが近付けば羅針盤が反応する程度の魔法を行使して他の狩人達に対するデコイをばら撒いておいた……これでしばらくは時間が稼げるだろう。
「いいのよ、私の価値は絵を描くことだもの」
「……そう」
五日目の今日はこうして何かあれば直ぐに対応できる距離で彼女たちを見守って護衛しているが……特に問題は無さそうだな、強いて言えば買い物に出掛けているカルマンが戻った時にまた喧嘩しそうな事くらいか。
「ねぇ、あなたはなんでそんなに絵を描くの?」
「それが私の唯一の価値だからよ」
ふむ、時折不安定になり魔物化が著しく進行するが冷静に自分を評価できてはいるようだ。人格が不安定になるなど魔法使いには良くあること……ましてや彼女は半分魔物だ、仕方ない事ではあるが今の状態からは想像できんし気を付けなければならない。
「……そんなもの、誰が決めたのよ!」
「『価値』は誰が決めるものじゃないわ、自然と定められるものよ」
レティシャはあれだな、魔法使いとしてはあまりにも人間的過ぎるな……歳下の十代前半の女の子自身よりも彼女の境遇に同情し、心配して感情的になっている。
「……あなたはそれで良いの?」
「良いのよ、パパとママも私の絵を褒めてくれるの」
そう言いながら前回『パパとママじゃない』と声を荒らげていたはずの絵画へと指を這わせる……まさかとは思うが絵が喋るわけでもなし、生前の両親が褒めてくれたという事だろう。
「ママが魔法使いだったから外にはあまり出られなかったけれど、絵を描けばそれで良かったの」
「……」
「上手、素敵って……パパとママが褒めてくれて、その時だけは私の事を見てくれる」
話しながらミーナは『パパとママ』に爪を立てる……耳障りで不快な甲高い音を静かに立てながらガリガリと……ガリガリと……半ば恍惚とした表情で話しながらガリガリと……ガリガリと……爪を立てる。
「外に出るとね、怖い狼のお面を付けた大人たちが追い掛けてくるの」
爪を立てられた箇所の絵の具が剥がれ落ち赤から紅へ、紅から黒へとどんどん変色していく……落ちても落ちても白が表れることは無く、色の明度だけが落ちていく。
「パパはね狼の偉い人にいつも頭を下げるの、ママはね狼の偉い人にいつも命乞いをしているの」
「あなた……」
「でも私が絵を描けば笑顔になるの」
怯えた表情でリーシャがこちらに近寄り、そっと俺の袖を摘むので大丈夫だとその手を軽く叩く。……今のミーナの様子は傍目から見てもおかしい、もしもの時の為にいつでも供物の用意はできている。
「……あなたのパパとママが痛がっているわよ」
「これはパパとママじゃないの、絵を描いても笑ってくれないの」
そう言ってミーナは涙を流して爪を立てる……今度は擦るように、優しく引っ掻くようにして爪を立てる。カリカリと……カリカリと……涙を流し、狭い範囲で落ちた絵の具が色の濃淡を生み出していくカリカリと……カリカリと……爪を立てていく。
「だからね、やっぱり私は外で遊ぶんじゃなくて絵を描かないとダメ──」
「──もういいのよ、私があなたのお母さんになってあげるから」
……本当に感情豊かなのだろう、レティシャはミーナ本人よりもポロポロと雨粒のような涙を流してミーナをその胸へと抱き寄せる。
「……あなたはママでないわ、友達よ」
「そうね、でもママの代わりに笑ってあげる……だから一緒に遊びましょう?」
普段の話し方がわからず高圧的になってしまう彼女とは違ってミーナを優しく抱き留め、胸のなかの彼女へと微笑むレティシャの表情は柔らかな白髪と深い銀目が神秘性すら持たせながらも素朴な……身近な安心感をこちらに感じさせる。
「……仕方ないから、泣き虫な友達の為に今日だけは外で遊んであげる」
「ありがとう……その次は絵を一緒に描きましょうね?」
「……笑ってくれる?」
「えぇ、もちろんよ」
そうして笑い合う二人は思わず絵画として収めておきたいくらいに暖かな光景であり、先ほどまで怯えていたリーシャも鼻を鳴らしながら涙を零している……もしもの時は俺が、僕が殺さなきゃな。
「帰ったぞー、ミーナは絵を描いて──」
「──ちょっとこっちに来い」
「モガっ?!」
本当にタイミングの悪い男だな……今は良いところなんだぞ? 邪魔をするなと言わんばかりに無理やりカルマンの口を塞ぎつつ、リーシャに『見回りに行ってくる』と伝えてから部屋を出る……目を回しながら頷いてくれた彼女には感謝だな。
「ぷはっ! いきなりなにすんだよ、慰謝料五万ベルン!」
「すまんな、今は正論は要らないんだ」
「はぁ? 意味がわからんぞ、三万ベルン」
「……とにかく見回りに行くぞ」
いつもの理不尽な請求を軽く受け流し、段々と慣れてきた男二人のコンビで帝都の街並みへと繰り出して行く。
▼▼▼▼▼▼▼
一昨日の狩人の動く死体の件で昨日は一日中カルマンと共に帝都中を駆けずり回り、普段はわからないが近付けば羅針盤が反応する程度の魔法を行使して他の狩人達に対するデコイをばら撒いておいた……これでしばらくは時間が稼げるだろう。
「いいのよ、私の価値は絵を描くことだもの」
「……そう」
五日目の今日はこうして何かあれば直ぐに対応できる距離で彼女たちを見守って護衛しているが……特に問題は無さそうだな、強いて言えば買い物に出掛けているカルマンが戻った時にまた喧嘩しそうな事くらいか。
「ねぇ、あなたはなんでそんなに絵を描くの?」
「それが私の唯一の価値だからよ」
ふむ、時折不安定になり魔物化が著しく進行するが冷静に自分を評価できてはいるようだ。人格が不安定になるなど魔法使いには良くあること……ましてや彼女は半分魔物だ、仕方ない事ではあるが今の状態からは想像できんし気を付けなければならない。
「……そんなもの、誰が決めたのよ!」
「『価値』は誰が決めるものじゃないわ、自然と定められるものよ」
レティシャはあれだな、魔法使いとしてはあまりにも人間的過ぎるな……歳下の十代前半の女の子自身よりも彼女の境遇に同情し、心配して感情的になっている。
「……あなたはそれで良いの?」
「良いのよ、パパとママも私の絵を褒めてくれるの」
そう言いながら前回『パパとママじゃない』と声を荒らげていたはずの絵画へと指を這わせる……まさかとは思うが絵が喋るわけでもなし、生前の両親が褒めてくれたという事だろう。
「ママが魔法使いだったから外にはあまり出られなかったけれど、絵を描けばそれで良かったの」
「……」
「上手、素敵って……パパとママが褒めてくれて、その時だけは私の事を見てくれる」
話しながらミーナは『パパとママ』に爪を立てる……耳障りで不快な甲高い音を静かに立てながらガリガリと……ガリガリと……半ば恍惚とした表情で話しながらガリガリと……ガリガリと……爪を立てる。
「外に出るとね、怖い狼のお面を付けた大人たちが追い掛けてくるの」
爪を立てられた箇所の絵の具が剥がれ落ち赤から紅へ、紅から黒へとどんどん変色していく……落ちても落ちても白が表れることは無く、色の明度だけが落ちていく。
「パパはね狼の偉い人にいつも頭を下げるの、ママはね狼の偉い人にいつも命乞いをしているの」
「あなた……」
「でも私が絵を描けば笑顔になるの」
怯えた表情でリーシャがこちらに近寄り、そっと俺の袖を摘むので大丈夫だとその手を軽く叩く。……今のミーナの様子は傍目から見てもおかしい、もしもの時の為にいつでも供物の用意はできている。
「……あなたのパパとママが痛がっているわよ」
「これはパパとママじゃないの、絵を描いても笑ってくれないの」
そう言ってミーナは涙を流して爪を立てる……今度は擦るように、優しく引っ掻くようにして爪を立てる。カリカリと……カリカリと……涙を流し、狭い範囲で落ちた絵の具が色の濃淡を生み出していくカリカリと……カリカリと……爪を立てていく。
「だからね、やっぱり私は外で遊ぶんじゃなくて絵を描かないとダメ──」
「──もういいのよ、私があなたのお母さんになってあげるから」
……本当に感情豊かなのだろう、レティシャはミーナ本人よりもポロポロと雨粒のような涙を流してミーナをその胸へと抱き寄せる。
「……あなたはママでないわ、友達よ」
「そうね、でもママの代わりに笑ってあげる……だから一緒に遊びましょう?」
普段の話し方がわからず高圧的になってしまう彼女とは違ってミーナを優しく抱き留め、胸のなかの彼女へと微笑むレティシャの表情は柔らかな白髪と深い銀目が神秘性すら持たせながらも素朴な……身近な安心感をこちらに感じさせる。
「……仕方ないから、泣き虫な友達の為に今日だけは外で遊んであげる」
「ありがとう……その次は絵を一緒に描きましょうね?」
「……笑ってくれる?」
「えぇ、もちろんよ」
そうして笑い合う二人は思わず絵画として収めておきたいくらいに暖かな光景であり、先ほどまで怯えていたリーシャも鼻を鳴らしながら涙を零している……もしもの時は俺が、僕が殺さなきゃな。
「帰ったぞー、ミーナは絵を描いて──」
「──ちょっとこっちに来い」
「モガっ?!」
本当にタイミングの悪い男だな……今は良いところなんだぞ? 邪魔をするなと言わんばかりに無理やりカルマンの口を塞ぎつつ、リーシャに『見回りに行ってくる』と伝えてから部屋を出る……目を回しながら頷いてくれた彼女には感謝だな。
「ぷはっ! いきなりなにすんだよ、慰謝料五万ベルン!」
「すまんな、今は正論は要らないんだ」
「はぁ? 意味がわからんぞ、三万ベルン」
「……とにかく見回りに行くぞ」
いつもの理不尽な請求を軽く受け流し、段々と慣れてきた男二人のコンビで帝都の街並みへと繰り出して行く。
▼▼▼▼▼▼▼
0
あなたにおすすめの小説
断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜
深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。
処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。
なぜなら彼女は――
前世で“トップインフルエンサー”だったから。
処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。
空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。
タイトルは――
『断罪なう』。
王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。
すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、
国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。
そして宣言される、前代未聞のルール。
支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。
処刑台は舞台へ。
断罪はエンタメへ。
悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。
これは、
処刑されるはずだった悪役令嬢が、
“ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。
支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、
それとも――自由か。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―
望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」
【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。
そして、それに返したオリービアの一言は、
「あらあら、まぁ」
の六文字だった。
屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。
ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて……
※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
公爵令嬢アナスタシアの華麗なる鉄槌
招杜羅147
ファンタジー
「婚約は破棄だ!」
毒殺容疑の冤罪で、婚約者の手によって投獄された公爵令嬢・アナスタシア。
彼女は獄中死し、それによって3年前に巻き戻る。
そして…。
公爵令嬢は結婚式当日に死んだ
白雲八鈴
恋愛
今日はとある公爵令嬢の結婚式だ。幸せいっぱいの公爵令嬢の前に婚約者のレイモンドが現れる。
「今日の結婚式は俺と番であるナタリーの結婚式に変更だ!そのドレスをナタリーに渡せ!」
突然のことに公爵令嬢は何を言われたのか理解できなかった。いや、したくなかった。
婚約者のレイモンドは番という運命に出逢ってしまったという。
そして、真っ白な花嫁衣装を脱がされ、そのドレスは番だという女性に着させられる。周りの者達はめでたいと大喜びだ。
その場所に居ることが出来ず公爵令嬢は外に飛び出し……
生まれ変わった令嬢は復讐を誓ったのだった。
婚約者とその番という女性に
『一発ぐらい思いっきり殴ってもいいですわね?』
そして、つがいという者に囚われた者の存在が現れる。
*タグ注意
*不快であれば閉じてください。
愚かな側妃と言われたので、我慢することをやめます
天宮有
恋愛
私アリザは平民から側妃となり、国王ルグドに利用されていた。
王妃のシェムを愛しているルグドは、私を酷使する。
影で城の人達から「愚かな側妃」と蔑まれていることを知り、全てがどうでもよくなっていた。
私は我慢することをやめてルグドを助けず、愚かな側妃として生きます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる