サクリファイス・オブ・ファンタズム 〜忘却の羊飼いと緋色の約束〜

たけのこ

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第六章.醜い■■の■

9.目覚め

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「……もう寝てるわね?」

 深夜遅く……目の前で人が魔物に変えられるとう、腸が煮えくりかえる様な出来事を処理してホテルに戻って来たところだけど……さすがに皆もう寝てるわね。
 リーゼリットはアイマスクとナイトキャップまでしてキッチリカッチリと丁寧に寝ている(?)し、アンジュは……寝癖悪いわねこの子。

「女の子が布団を蹴脱いで、だらしない……」

 もう本当に仕方のない子ね……シャツ一枚しか着ていないから、黒いショーツが丸見えじゃないのよ……溜め息を吐き、呆れながらアンジュに布団を掛け直す。……それから周囲を見渡すけれど、お婆さんの姿は無いわね。

「何処かで休んでいる​──っ?!」

 一応は魔法使いだし、警戒してレナリア人の経営するホテルには泊まらないのかと考えながら部屋を見渡した私の視界に、無表情で無機質……何を考えているのかさっぱり分からない子どもの冷たい瞳が映る。……って、この子は昼間に助けた魔法使いの子どもじゃない……目覚めたのね。

「……目が覚めたのね、身体の調子はどう?」

「……」

「……私はレナリア人だけど、貴方の敵ではないから、安心して?」

「……」

 ……ダメね、こちらをじっと見るばかりで何も返事を返してくれない……やはり警戒されてしまっているのかしら? いくら敵ではないと言っても、魔法使いの中には私が先ほど魔力を伴った戦闘したのが分かる者も居るでしょうし……この子がもしそうなら私は同胞の命を奪ってすぐ、舌の根も乾かぬうちに味方面する怪しい奴でしか無いわね。
 うーん、ここは一旦出直した方が良いかしら? 朝になったらお婆さんに事情を説明して貰って……うん。その方が良いわね。

「あ~、その……私は離れた場所に居るから​​──」

「​──摘み取らねばならぬ」

「……え?」

 背後から聞こえた声変わり前の少年の声に驚き振り替える……そこには先ほどの声には似合わない、相変わらず無表情で無機質な瞳を湛えた彼が居る。……正直のところ『摘み取る』って、何を指しているのかはさっぱり分からないけれど……こちらをじっと見詰める視線の強さは変わらず、困惑してしまう。
 酷い怪我だったのに、急に起き上がって大丈夫なのかと……本来ならしなくてはいけない心配もどこかに吹き飛んでしまう。

「災厄の芽が出る前に摘み取らねばならぬ」

「災厄の芽……?」

「そうだ、全てが海に沈む前に」

「っ?!」

 この子はもしかして全てを知ってる・・・・・・・……? あの場で満身創痍で倒れていたのは偶然でもなんでもない? もしも魔女狩りから逃れてではなく、領主と肥沃する褐色の大地メシアの目的を知ってて妨害しようとして……狙われた?
 だとしたらこの子は奈落の底アバドンの魔法使い? ……ダメね、状況が複雑すぎてよく分からない。

「大地の寵愛を受けし乙女よ、大地が最も恋焦がれた空の色を持つ少女よ」

「……私の事かしら」

「貴様が防がねばならん……〝欲深き大地〟は自身の領域が減る事を許容しない」

「……ここら一帯が海に沈む事を阻止したいのは私も同じよ」

 この子、いったい何者なの……? 本当にただの魔法使いの子ども? ……分からないけれど、彼らの目的を阻止するのを手伝ってくれるというのであれば有り難いわね……けれど、これもう完全に私が魔法使いと戦える人間だってバレてるわね。
 うーむむ、この子に黙って貰えれば大丈夫……かしら? 大丈夫よね? ……不安になってきたわ。

「もはや猶予はない……明日の新月までに全ての種を破棄せよ」

「……その種の場所は?」

「私が案内をしよう」

「……そう」

 せっかく生け捕りにした魔法使い達をグリシャのクソ野郎に魔物に変えられてしまって情報は抜き出せなかったけど……この子がグレゴリの在り処を探り当てられるのであれば、これからの行動に支障はないわね。……なにやら時間も無いみたいだし、丁度良いわ。
 ……ただ、私が余計に二人の人間を魔物にしてしまったという思いはない訳じゃない……悪いのはグリシャとその背後の組織だって分かってはいるし、結果論だけれど……この子が起きるまで待っていらられば…………やめましょう。あの時あの場での判断自体は最適解だったはずよ。

「……一人だけで大丈夫かしら? 今回ばかりは死ぬかも」

 それよりも最低でも二人一組が原則の狩人に於いて、別に特務を拝命している訳でもないのにガイウス中尉を初めとしたベテランが一人も居ないのは心細いわ……この際、シーラ少尉でも良いから居てくれれば良かったのに。……いや、私はクレルと再開するまで死ねない。死なない。

「準備ができ次第、声を掛けるが良い……下で待っている」

「……」

 言いたい事だけ言って、転移で消えてしまった彼を見送り溜め息を吐く……気絶していた時はただの子どもだと思っていたんだけれどね。

▼▼▼▼▼▼▼

「……お姉さん? 何をしてるの?」

「……アンジュ」

 おっと、諸々の準備をしていたらアンジュを起こしてしまったみたいね……これでも同じ軍事訓練を受けたリーゼリットを起こさないくらいには静かに準備をしていたはずなんだけれど……やっぱりこの子もよく分からないわね。

「……魔女狩りでもするの?」

「……」

「お姉さん狩人でしょ? 行くの?」

「……なんで知ってるの?」

 おかしい、いつの間に正体がバレた……? アタッシュケースだって持ち歩いてる観光客は多いし、それを調べるにしても私でないと開けられないはず……普段の言動も警察武官のものとしてのはずだし、むしろ狩人っぽくはなかったはず。

「ふっ! この名探偵アンジュ・カトリーナ様に推理に掛かればこのくらい余裕さ!」

 なんて言いながらベッドの上でビシッと決めポーズを取るのは良いのだけれど……アンジュ、貴女ねぇ……。

「……シャツとショーツだけの姿じゃ、名探偵様も台無しね」

「……そ、そうだった……恥ずかしい……」

 顔を真っ赤にしながらいそいそと布団を被って身体を隠すアンジュに呆れた顔しか出来ない……というか、私達の着替えは普通に見るくせに、自分が見られるのはダメなのね……よく分からない基準だわ。

「まぁこの際バレてしまったものは仕方ないわ……でもね​──」

 唇を尖らせ、前髪を弄っていたアンジュに向けて拳銃を突き付ける。

「​──この事を他人に……リーゼリットであろうとバラしたら、貴女の事を消すわ」

「…………い、嫌だなぁお姉さん……そんな事をする訳ないだろう?」

 突然に自身に向く銃口に目に見えて狼狽し、しどろもどろになるアンジュをじっと観察する……この子は本当に信用できるのか否かを見極める。……もしも、もしも信用できないのであれば​──

「​──なんてね」

「……お、お姉さん?」

「脅してごめんなさいね? 実際は殺されはしないけど、私と貴女が家族友人と一緒に当局に拘束されるだけよ」

「人によっては悪化してる気がするんだけど……」

「気にしない気にしない……私と貴女が黙ってれば良い話よ」

 そう、私とアンジュさえ黙っていれば誰も分からない……だからアンジュ、ね? 分かるでしょ?

「それでね、名探偵さんにお仕事を頼みたいんだけど……良いかしら? 報酬はちゃんと出すわ」

「……狩人って、民間人を勝手に巻き込んで良いの?」

「本当は良くないけれど……だいたいの狩人は信頼できる協力者を民間人に作ってたりするわよ?」

「わーい、僕ってお姉さんに信頼されてるんだー!」

 引き攣った笑みのアンジュが痛々しいけれど……仕方ないわよね? 先にこっちの素性を暴いたのはそちらだし、こっちだっていきなりタイムリミットを切られて時間が無いのに人手は私しか居ないし……せめて雑用を手伝ってくれる人は欲しいわ。

「そんなに怖がらなくても危険な仕事はさせないわよ」

「……何をすれば良いの?」

「これから私は寝ずの番でこの領地を駆け回る事になるから、その間に関係各所に私が先ほど書いた手紙を配り回って欲しいの」

 そういってアンジュが起きるまでに大急ぎで書き上げた手紙の束をドサッと彼女のベッドの上に落とす……さらに顔を引き攣らせるアンジュだけど、直ぐに終わるから多分大丈夫よ。うん。

「それが終わったら昼過ぎまで待機、それまでにお婆さんや私が戻らなかったら​──」

 追加の手紙や、これからの行動を指示するメモを書いてアンジュに渡しながらも口は止めず、アンジュにできる限りの事を伝える。

「​──リーゼリットを連れて、この領地から逃げ出しなさい」

「……分かったよ」

 こちらの並々ならぬ雰囲気を察したのか、神妙な顔で頷くアンジュに安心させる様に微笑む……私が最悪の事態を回避させれば良いだけだもの、大丈夫よ。きっと。

「もしも……もしもガイウス・マンファンって警察武官の方が中央から派遣されて来てたら、その人を頼りなさい……良いわね?」

「……お姉さんは? せっかく狩人の協力者なんていう名探偵的に美味しいポジションに就いたんだから、戻ってくるよね?」

 アンジュの……嘘は許さないし見抜くと言わばかりの瞳に射抜かれる。……こういう時の雰囲気は本物の名探偵っぽいわね。

「……大丈夫よ、私は大事な人と再開するまで死なないし、死ねない……どんなに意地汚かろうと生き足掻くから」

「…………本当、みたいだね」

「もちろんよ、私が彼の事で嘘を吐く事はないわ」

「それは嘘だね。もしも彼の為になるなら、彼にも嘘を吐くって顔をしてる」

「……さすが名探偵ね」

 あー、これは私の正体がバレる訳ね……この子に生半可な嘘は通じないわ。……きっと、最初から怪しまれてたんでしょうし、色んな日々の会話でさりげなく色々と質問・・されてて、それに対する答えの真偽・・を見極める事で私の正体に辿り着いたんでしょう。

「まぁ、私が死ぬつもりは無いって事は本当だったでしょ?」

「……まぁ」

「頼りにしてるわよ、名探偵さん」

 アンジュの頭をクシャッと一撫でしてから、狼を模した仮面を被る……猟犬クレマンティーヌ持って連れて、リーゼリットが目覚めない内に部屋を出る。

「……お姉さん、気を付けてね」

 アンジュのその言葉を背で黙殺し、目覚めた子どもの元へと向かう。

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