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5話
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神殿への許可が下りたのは、その三日後だった。
「“信仰心の厚い侯爵令嬢が、王太子の婚約解消を機に神の道へ関心を持った”……ずいぶん都合の良い建前ですね」
神殿前の石畳を歩きながら、セオドアは半ば呆れ顔でそう言った。
「馬鹿馬鹿しいと思っていても、信じたふりをすれば神殿は扉を開くわ。所詮、信仰よりも“見せ方”が優先される世界よ」
ヴィオラは優雅な笑みを浮かべながら、白いドレスの裾を持ち上げて階段を上る。髪はゆるく結い上げられ、まるで本物の“敬虔な貴婦人”のようだった。
神殿の大扉が開かれると、聖職者たちが列をなして出迎える。神官長代理の男が、柔らかな微笑を浮かべて歩み寄った。
「ようこそ、聖堂都市メルヴェへ。神は常に、求める者の前に現れます。……あなたのような、美しき魂の持ち主の前にも」
「恐れ多いお言葉ですわ。どうか、私にも神の真理を学ばせてくださいませ」
ヴィオラの一礼に、神官たちは満足そうに頷いた。
「……完璧な演技だな」
セオドアが小声で呟く。
「演技じゃないわ。これは“礼儀”よ。必要な仮面を使いこなせない貴族は、ただの子羊にすぎない」
神殿内部――静謐な空間に響く靴音。壁には無数の“奇跡”の記録が彫られ、中央の祭壇にはリュシエンヌの肖像画が掲げられていた。
「……“聖女の光”とは、ずいぶん眩しいわね」
「過剰な演出は、真実を隠すための布だ。まるで仮面舞踏会の仮面のように」
「ならば、その布を剥いでしまえばいい。仮面の下の“顔”が見えるまで」
そのとき、案内役の神官が振り返った。
「本日は“啓示の間”以外であれば、どの書架もご自由にどうぞ。……あの間は、神の御業が触れし場所ですから」
「“触れてはならない場所”……なるほどね。ならば、そこに真実があるのでしょう」
「おや、何かおっしゃいましたか?」
「いえ、感謝の祈りを捧げていたのです」
ヴィオラの微笑に、神官は満足そうに頷いて立ち去っていく。
するとすぐに、壁の陰から影がひとつ忍び寄った。
「姫さま、どうも罠くさいですよ。罠くさい空気ってのは、こう……のどの奥がむず痒くなるっていうか」
その声に、ヴィオラは目線を移す。
「……あなた、なぜここに?」
「ふふーん、情報屋の端くれですからね。王都の地下通路を通れば、神殿の内壁くらいまでは朝飯前ですよ」
顔を見せたのは、道化のような笑みを浮かべる青年――ギルベール。城下で有名な“影の噂屋”だ。
「聖女のこと、興味あるんでしょ? だったらちょっとだけ、内緒の話……お教えしますよ。代わりに条件付きですけどね」
「条件?」
「“あなたが、王宮をひっくり返す気があるなら”……そのときに、僕の名を忘れないでくださいな」
そのとき、廊下の奥からリュシエンヌの笑い声が響いた。
「ふふ、まさか……あの方が、神殿に足を運ぶなんて」
彼女は祭壇の奥、黄金の聖衣を纏って佇んでいた。誰よりも“神に近い存在”として。
だが、ヴィオラの目には、その姿こそが最も人間らしく、最も醜く見えていた。
(仮面の下のあなたを――必ず、暴く)
聖なる空間に、無言の誓いが満ちていく。
「“信仰心の厚い侯爵令嬢が、王太子の婚約解消を機に神の道へ関心を持った”……ずいぶん都合の良い建前ですね」
神殿前の石畳を歩きながら、セオドアは半ば呆れ顔でそう言った。
「馬鹿馬鹿しいと思っていても、信じたふりをすれば神殿は扉を開くわ。所詮、信仰よりも“見せ方”が優先される世界よ」
ヴィオラは優雅な笑みを浮かべながら、白いドレスの裾を持ち上げて階段を上る。髪はゆるく結い上げられ、まるで本物の“敬虔な貴婦人”のようだった。
神殿の大扉が開かれると、聖職者たちが列をなして出迎える。神官長代理の男が、柔らかな微笑を浮かべて歩み寄った。
「ようこそ、聖堂都市メルヴェへ。神は常に、求める者の前に現れます。……あなたのような、美しき魂の持ち主の前にも」
「恐れ多いお言葉ですわ。どうか、私にも神の真理を学ばせてくださいませ」
ヴィオラの一礼に、神官たちは満足そうに頷いた。
「……完璧な演技だな」
セオドアが小声で呟く。
「演技じゃないわ。これは“礼儀”よ。必要な仮面を使いこなせない貴族は、ただの子羊にすぎない」
神殿内部――静謐な空間に響く靴音。壁には無数の“奇跡”の記録が彫られ、中央の祭壇にはリュシエンヌの肖像画が掲げられていた。
「……“聖女の光”とは、ずいぶん眩しいわね」
「過剰な演出は、真実を隠すための布だ。まるで仮面舞踏会の仮面のように」
「ならば、その布を剥いでしまえばいい。仮面の下の“顔”が見えるまで」
そのとき、案内役の神官が振り返った。
「本日は“啓示の間”以外であれば、どの書架もご自由にどうぞ。……あの間は、神の御業が触れし場所ですから」
「“触れてはならない場所”……なるほどね。ならば、そこに真実があるのでしょう」
「おや、何かおっしゃいましたか?」
「いえ、感謝の祈りを捧げていたのです」
ヴィオラの微笑に、神官は満足そうに頷いて立ち去っていく。
するとすぐに、壁の陰から影がひとつ忍び寄った。
「姫さま、どうも罠くさいですよ。罠くさい空気ってのは、こう……のどの奥がむず痒くなるっていうか」
その声に、ヴィオラは目線を移す。
「……あなた、なぜここに?」
「ふふーん、情報屋の端くれですからね。王都の地下通路を通れば、神殿の内壁くらいまでは朝飯前ですよ」
顔を見せたのは、道化のような笑みを浮かべる青年――ギルベール。城下で有名な“影の噂屋”だ。
「聖女のこと、興味あるんでしょ? だったらちょっとだけ、内緒の話……お教えしますよ。代わりに条件付きですけどね」
「条件?」
「“あなたが、王宮をひっくり返す気があるなら”……そのときに、僕の名を忘れないでくださいな」
そのとき、廊下の奥からリュシエンヌの笑い声が響いた。
「ふふ、まさか……あの方が、神殿に足を運ぶなんて」
彼女は祭壇の奥、黄金の聖衣を纏って佇んでいた。誰よりも“神に近い存在”として。
だが、ヴィオラの目には、その姿こそが最も人間らしく、最も醜く見えていた。
(仮面の下のあなたを――必ず、暴く)
聖なる空間に、無言の誓いが満ちていく。
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