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6話
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神殿の書庫は、薄暗い石壁に囲まれていた。
壁一面に積まれた文献には、時折“火の奇跡”や“癒しの祈り”など、神話とも伝承ともつかぬ名が付されている。
「やはり表向きの書ばかりですね。奇跡の記録も全て整いすぎている。……矛盾や脱落がない記録など、本来あり得ない」
セオドアは眉を顰めながら、羊皮紙の束を机の上に並べていた。
その傍らで、ヴィオラは静かに観察している。目を通すのは、“第三代聖女”の記録――だが、内容は淡白で薄い。
「“神の光に照らされ、王子の傷が癒えた”……何の病だったのか、どのように癒えたのか、記録が曖昧すぎるわ」
「それを“信じるかどうか”が神殿の論理。証明は不要で、解釈が優先される世界だ」
「だから私たちは、“解釈を壊す証拠”を探しているのよ」
そう呟いたヴィオラの手が、ふと止まる。
「これは……」
取り出したのは一枚の古びた地図だった。神殿内部の構造――だが、その片隅に小さく描かれた“旧聖堂跡”という記載が、現在の構図から抹消されていた。
「ここ……“啓示の間”の裏手と繋がっている」
「つまり、本来隠されていた場所か」
セオドアが地図を覗き込む。
「この旧聖堂、今は立入禁止区域として封鎖されている。でも――もしそこに、過去の“聖女の真実”が眠っているとしたら?」
「夜に動くしかないな。昼間は監視が多すぎる。……だが無理に忍び込めば、今度こそ神殿から命を狙われる」
「だから、私じゃない者に動いてもらうわ」
その瞬間、ヴィオラが手紙の束を取り出す。封蝋も何もない、簡素な便箋。
「……まさか、あの道化に頼るつもりか?」
「ギルベールは、命の代わりに“噂”を取る男。裏の情報屋にしては珍しく、正体を消していない。それはつまり、自分の影響力に自信がある証よ」
ヴィオラは筆を走らせる。
《一枚の地図には、語られぬ真実が隠される。
見返りは後日。“今”は、あなたの目が必要。》
「これで十分。彼なら動くわ。……動かないなら、その程度だったということ」
窓の外には、既に月が昇っていた。冷たい光が石造りの床に落ち、静かに境界を照らしている。
一方その頃――
神殿の奥。黄金の扉の向こうで、リュシエンヌは祈りを捧げていた。
「神よ、私にさらなる加護を。王妃の冠を、確かに手にするために」
彼女の足元には、まだ若い神官の影がひとつ。小さく震えながら、彼女に従うことを選び続けている。
「あなたは、わかっているのよね。私が“奇跡”を起こす方法も、神の声の秘密も」
「……はい。リュシエンヌ様のお導きに、間違いはありません……」
「ふふ、いい子ね。私が王妃になった暁には、あなたにも相応の地位を与えてあげるわ」
少女の笑みは甘く、美しかった。だがその奥に潜む黒は、夜よりも濃く、深い。
そしてその夜。
誰も知らぬ旧聖堂の入り口に、ひとつの足音が近づく。
闇の中、道化の影が動き出していた。
壁一面に積まれた文献には、時折“火の奇跡”や“癒しの祈り”など、神話とも伝承ともつかぬ名が付されている。
「やはり表向きの書ばかりですね。奇跡の記録も全て整いすぎている。……矛盾や脱落がない記録など、本来あり得ない」
セオドアは眉を顰めながら、羊皮紙の束を机の上に並べていた。
その傍らで、ヴィオラは静かに観察している。目を通すのは、“第三代聖女”の記録――だが、内容は淡白で薄い。
「“神の光に照らされ、王子の傷が癒えた”……何の病だったのか、どのように癒えたのか、記録が曖昧すぎるわ」
「それを“信じるかどうか”が神殿の論理。証明は不要で、解釈が優先される世界だ」
「だから私たちは、“解釈を壊す証拠”を探しているのよ」
そう呟いたヴィオラの手が、ふと止まる。
「これは……」
取り出したのは一枚の古びた地図だった。神殿内部の構造――だが、その片隅に小さく描かれた“旧聖堂跡”という記載が、現在の構図から抹消されていた。
「ここ……“啓示の間”の裏手と繋がっている」
「つまり、本来隠されていた場所か」
セオドアが地図を覗き込む。
「この旧聖堂、今は立入禁止区域として封鎖されている。でも――もしそこに、過去の“聖女の真実”が眠っているとしたら?」
「夜に動くしかないな。昼間は監視が多すぎる。……だが無理に忍び込めば、今度こそ神殿から命を狙われる」
「だから、私じゃない者に動いてもらうわ」
その瞬間、ヴィオラが手紙の束を取り出す。封蝋も何もない、簡素な便箋。
「……まさか、あの道化に頼るつもりか?」
「ギルベールは、命の代わりに“噂”を取る男。裏の情報屋にしては珍しく、正体を消していない。それはつまり、自分の影響力に自信がある証よ」
ヴィオラは筆を走らせる。
《一枚の地図には、語られぬ真実が隠される。
見返りは後日。“今”は、あなたの目が必要。》
「これで十分。彼なら動くわ。……動かないなら、その程度だったということ」
窓の外には、既に月が昇っていた。冷たい光が石造りの床に落ち、静かに境界を照らしている。
一方その頃――
神殿の奥。黄金の扉の向こうで、リュシエンヌは祈りを捧げていた。
「神よ、私にさらなる加護を。王妃の冠を、確かに手にするために」
彼女の足元には、まだ若い神官の影がひとつ。小さく震えながら、彼女に従うことを選び続けている。
「あなたは、わかっているのよね。私が“奇跡”を起こす方法も、神の声の秘密も」
「……はい。リュシエンヌ様のお導きに、間違いはありません……」
「ふふ、いい子ね。私が王妃になった暁には、あなたにも相応の地位を与えてあげるわ」
少女の笑みは甘く、美しかった。だがその奥に潜む黒は、夜よりも濃く、深い。
そしてその夜。
誰も知らぬ旧聖堂の入り口に、ひとつの足音が近づく。
闇の中、道化の影が動き出していた。
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