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7話
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旧聖堂の入り口は、神殿の裏手――庭園の石碑の影に隠されていた。
「……ここを見つけるなんて、さすが僕」
ギルベールは小声で呟きながら、石扉に手をかけた。地図に記された通りの位置。だが扉は固く閉ざされ、鍵穴すら存在しない。
「魔術でも仕掛けでもない……これは“見つけられないようにする罠”だね」
ポケットから取り出したのは、薄い金属板。表面に刻まれた神殿の紋章――かつて旧聖堂が正式な祈祷場だった証。
「王都で手に入らなかったものなんて、ないからね。……あのヴィオラ嬢、やることが派手なくせに肝が据わってる」
金属板を石壁のくぼみに差し込むと、カチリ、と静かな音が鳴った。扉が微かに震え、重くゆっくりと開いていく。
中は、しんと静まり返っていた。空気は古く、埃と封じられた香が混ざった匂いが鼻を掠める。
「……なるほど。“神の奇跡”の裏に隠された“本物の記録”。期待してるよ、ヴィオラ嬢」
蝋燭の火を掲げて進むギルベールの足音だけが、空洞に響いた。
* * *
その頃、神殿外の茶屋にて。
ヴィオラは一杯のミントティーを前に、目を閉じていた。斜め向かいにはセオドアが座り、書簡を開いている。
「神殿側から正式な返答があった。“啓示の間”への立ち入りは不許可。信仰の象徴を穢す意図と受け取ったとさ」
「つまり、“触れてほしくない”ということ。拒絶の裏には、触れれば瓦解するほどの“嘘”があると証明している」
「……君の頭脳はやはり恐ろしいな。だが、無理に動けば今度こそ処罰対象だ。王家の庇護も、すでに薄い」
「必要ないわ。今の私は、王家の“飾り”ではなく、“敵”でもなく、“観察者”でもあるの。どこにも属さず、どこにでも入れる立場」
ティーカップを置く音が、静かに響いた。
「だからこそ、この立場を使い切る。ギルベールが旧聖堂で何かを見つけてくれれば、次の手は決まる」
「――神を断つのか?」
「いいえ。“神を使う”の。彼らがしてきたように、ね」
* * *
旧聖堂の奥、中央の空間。
ギルベールは一冊の本を手にしていた。それは、古びた装丁の“聖女の祈祷日誌”。聖典とは違い、個人的な記録のようだった。
『奇跡は私の意志ではなかった。あの光は、神の力などではない。
私は、あの人を癒せなかった。けれど、彼は……私の目の前で癒されたふりをした。
人々が歓声をあげ、私は聖女となった。けれどこれは、奇跡じゃない。欺瞞だ。』
ページをめくるごとに、震えるような文字が綴られていた。
「これが……“本物の証言”」
ギルベールの表情から、道化めいた笑みが消える。
「――ヴィオラ嬢。あなた、まさかここまで読んでいた?」
蝋燭の火が、静かにゆらめいた。
そしてその瞬間、空気が変わった。
カッ……
どこかで、乾いた足音が響く。誰かが、旧聖堂に足を踏み入れた。
「……まずいね。“神”の番犬が来た」
ギルベールは書を懐に収め、静かに息を吐いた。
目の前に迫る影――それが何者かも知らぬまま。
“神の嘘”の核心が、いま、音もなく目を覚まそうとしていた。
「……ここを見つけるなんて、さすが僕」
ギルベールは小声で呟きながら、石扉に手をかけた。地図に記された通りの位置。だが扉は固く閉ざされ、鍵穴すら存在しない。
「魔術でも仕掛けでもない……これは“見つけられないようにする罠”だね」
ポケットから取り出したのは、薄い金属板。表面に刻まれた神殿の紋章――かつて旧聖堂が正式な祈祷場だった証。
「王都で手に入らなかったものなんて、ないからね。……あのヴィオラ嬢、やることが派手なくせに肝が据わってる」
金属板を石壁のくぼみに差し込むと、カチリ、と静かな音が鳴った。扉が微かに震え、重くゆっくりと開いていく。
中は、しんと静まり返っていた。空気は古く、埃と封じられた香が混ざった匂いが鼻を掠める。
「……なるほど。“神の奇跡”の裏に隠された“本物の記録”。期待してるよ、ヴィオラ嬢」
蝋燭の火を掲げて進むギルベールの足音だけが、空洞に響いた。
* * *
その頃、神殿外の茶屋にて。
ヴィオラは一杯のミントティーを前に、目を閉じていた。斜め向かいにはセオドアが座り、書簡を開いている。
「神殿側から正式な返答があった。“啓示の間”への立ち入りは不許可。信仰の象徴を穢す意図と受け取ったとさ」
「つまり、“触れてほしくない”ということ。拒絶の裏には、触れれば瓦解するほどの“嘘”があると証明している」
「……君の頭脳はやはり恐ろしいな。だが、無理に動けば今度こそ処罰対象だ。王家の庇護も、すでに薄い」
「必要ないわ。今の私は、王家の“飾り”ではなく、“敵”でもなく、“観察者”でもあるの。どこにも属さず、どこにでも入れる立場」
ティーカップを置く音が、静かに響いた。
「だからこそ、この立場を使い切る。ギルベールが旧聖堂で何かを見つけてくれれば、次の手は決まる」
「――神を断つのか?」
「いいえ。“神を使う”の。彼らがしてきたように、ね」
* * *
旧聖堂の奥、中央の空間。
ギルベールは一冊の本を手にしていた。それは、古びた装丁の“聖女の祈祷日誌”。聖典とは違い、個人的な記録のようだった。
『奇跡は私の意志ではなかった。あの光は、神の力などではない。
私は、あの人を癒せなかった。けれど、彼は……私の目の前で癒されたふりをした。
人々が歓声をあげ、私は聖女となった。けれどこれは、奇跡じゃない。欺瞞だ。』
ページをめくるごとに、震えるような文字が綴られていた。
「これが……“本物の証言”」
ギルベールの表情から、道化めいた笑みが消える。
「――ヴィオラ嬢。あなた、まさかここまで読んでいた?」
蝋燭の火が、静かにゆらめいた。
そしてその瞬間、空気が変わった。
カッ……
どこかで、乾いた足音が響く。誰かが、旧聖堂に足を踏み入れた。
「……まずいね。“神”の番犬が来た」
ギルベールは書を懐に収め、静かに息を吐いた。
目の前に迫る影――それが何者かも知らぬまま。
“神の嘘”の核心が、いま、音もなく目を覚まそうとしていた。
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