お言葉ですが殿下、その婚約破棄は非常に合理的です!

パリパリかぷちーの

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「お父様、ただいま戻りました。婚約破棄されてきましたので、報告いたします」

クロムウェル公爵邸の書斎。
深夜にもかかわらず、イザベルは平然とした顔で父・バレンティン公爵の前に立っていた。

「……イザベル。今、何と言った? 聞き間違いでなければ、婚約破棄、という不穏な言葉が聞こえたのだが」

「聞き間違いではありません。事実です。ウィルフレッド殿下は、男爵令嬢との真実の愛に目覚め、私を階段突き落とし犯に仕立て上げた上で、国外追放を命じられました。実に見事なテンプレ展開でしたわ」

バレンティン公爵は、持っていた万年筆を床に落とした。
公爵家の当主として、そして王国の重鎮として、彼はこの事態の重さを瞬時に理解した。

「それは……大変なことになった。すぐに国王陛下に謁見を申し込み、事実関係を整理しなければ。冤罪を晴らし、婚約を継続させるよう働きかけよう」

「いえ、その必要はありません。却下します」

イザベルは食い気味に、そして無慈悲に父親の提案を切り捨てた。
彼女は流れるような動作で、カバンから一冊の分厚いファイルを取り出し、机の上に置く。

「お父様、こちらの収支報告書をご覧ください。この十年間、我が家が王家、特にウィルフレッド殿下の個人的な負債や不始末の補填に費やした金額の合計です」

公爵は、示された数字を見て目を見開いた。
そこには、小国の国家予算に匹敵するような額が並んでいた。

「な、なんだこれは……。こんなに貸していたのか?」

「貸していたのではありません。殿下が『婚約者なんだからこれくらいやって当然だよね』という甘えで、我が家のリソースを搾取していた結果です。私の人件費を時給換算して加算すれば、さらに三倍には膨れ上がります」

イザベルは、淡々と、しかし確かな殺意(ビジネス的な意味での)を込めて言葉を続けた。

「今回の婚約破棄により、私はこれらの損失を『損切り』することに成功しました。これ以上の投資はドブに金を捨てるのと同義です。むしろ、殿下が自ら『いらない』と言ってくださったおかげで、こちらは違約金なしで撤退できる。これ以上の好機はありません」

「しかし、国外追放となればお前の名誉が……」

「名誉でパンは買えませんとお伝えしたはずです。それに、隣国のノアール公爵領では、現在、優秀な事務次官を募集しています。私の能力なら、あちらの公爵の右腕として、今の三倍の年収を稼ぎ出せる確信があります」

イザベルの目は、既に未来のキャッシュフローを見つめていた。
彼女にとって、王太子妃という地位は、もはや割に合わない「不採算部門」でしかなかった。

「お父様。私は今から三十分で私物をまとめ、一時間後には領境の検問所を通過します。追っ手が来る前に、この国との縁を切るのが最もリスクが低い」

「三十分!? イザベル、いくらなんでも早すぎるだろう!」

「時間は金なり、です。お父様も、私の後始末が終わったら、適当な理由をつけて領地に引きこもってください。王家は私という『無料の相談窓口』を失ったことで、向こう三ヶ月以内に事務処理がパンクします」

イザベルは既に、自分の部屋へと移動し始めていた。
背後で「待て、イザベル!」と叫ぶ父の声を聞き流し、彼女は侍女たちを招集する。

「全員、聞きなさい。今から十五分で、私の身の回りの品のうち、換金性が高く、かつ持ち運びが容易なものだけをパッキングしてください。ドレスは三着でいいわ。それ以外はすべて置いていきます」

「お、お嬢様!? そんな、急に何を……」

「質問は無用です。動いた分だけ、特別ボーナスを支給します。一分につき金貨一枚。さあ、タイマースタート!」

侍女たちの動きが、一瞬でプロフェッショナルのそれへと変わった。
金貨の魔力と、イザベルの徹底した教育が、奇跡的なパッキングスピードを生み出す。

イザベル自身は、宝石箱の中身を仕分け、最も価値のある大粒の魔石だけをポーチに詰め込んだ。
思い出の品? そんなものは脳内に記憶(データ)として保存すれば十分だ。

「お嬢様、準備完了いたしました! 十四分五十秒です!」

「素晴らしい。期待通りの進捗ですわ。ボーナスは後で口座に振り込みます」

イザベルは、旅装に着替えると、最後に一度だけ鏡を見た。
そこには、婚約破棄されたばかりの悲劇の令嬢ではなく、新しいビジネスチャンスを掴もうとする野心的な投資家のような顔をした自分がいた。

「さようなら、ウィルフレッド殿下。せいぜい、愛という名の非効率に溺れて、国を傾けてくださいませ」

彼女は、深夜の公爵邸を駆け抜けた。
門の外には、既に手配済みの高速馬車が待機している。

「国境まで全速力で。検問で止められたら、この通行証と、賄賂……いえ、迅速な処理への感謝の印を渡しなさい」

御者に指示を出し、イザベルは馬車に乗り込んだ。
馬車が走り出すと同時に、彼女は手帳を開き、新しいプロジェクトの立案を始める。

「まずは隣国の税制の調査。それから、ノアール公爵への接触ルートの確保。……ああ、忙しくなりそうですわ。素晴らしい!」

暗闇の中、イザベルの口角が上がる。
彼女の「追放生活」という名の、超合理的バカンスが始まった瞬間だった。

その頃、王宮では――。
パーティーを終えたウィルフレッド王子が、山積みになった明日の公務の書類を見て、早くも頭を抱え始めていた。

「なんだ、この量は……。おい、イザベルを呼べ! いつもならこの時間は、彼女がすべて要約して持ってきているはずだろう!」

「殿下、イザベル様は先ほど、殿下が自ら国外追放を命じられたではありませんか……」

側近の冷ややかな声が響いたが、イザベルはもう、そんな不毛なやり取りの届かない場所へと走り去っていた。
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