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「……いいですか、皆様。本日の会議のゴールは『決定』することです。相談は三行以内のメールで済ませておいてください。会議室で悩む時間は、領民の血税をドブに捨てるのと同じですわ」
ノアール公爵邸の大議場。
壇上に立つイザベルの言葉に、数十人の文官たちが一斉にペンを走らせる。
彼らの机の上には、イザベルが考案した「爆速仕事術:十の鉄則」というマニュアルが置かれていた。
「次、第十七号議案。橋の補修工事の業者選定ですが……三秒で決めなさい。一番安くて、一番過去の遅延が少ない業者。以上です」
「は、はいっ! 決定いたしました!」
「素晴らしい。十五秒短縮できましたわね。この調子で午前中に全ての議案を処理します。遅れた者は昼食の『配膳優先順位』を最下位にしますわよ」
イザベルの指揮の下、かつては数日かかっていた重要案件が、まるでベルトコンベアに乗せられたかのように次々と処理されていく。
文官たちは当初こそ恐怖していたが、今や「早く終わらせて定時に帰る」という、これまで経験したことのない快楽(ベネフィット)の虜になっていた。
その様子を、アリストテレス公爵は感嘆の溜息と共に見つめていた。
「イザベル。……君が来てから、領内の事務処理速度は三〇〇パーセント向上した。騎士団の遠征準備すら、当初の予定より二週間も前倒しで完了したぞ」
「当然です。無駄な『調整』や『根回し』という名の雑談を全て禁止しましたから。……公爵様、感心している暇があるなら、こちらの『自動決済システム』の魔法構築予算に判を。……これで私は、さらに週に十時間の自由時間を生み出せます」
「自由時間か。……その時間は、何に使うつもりだ?」
アリストテレスが少しだけ期待を込めて尋ねると、イザベルは平然とした顔で答えた。
「決まっていますわ。その十時間を活用して、さらなる『効率化』のための研究を行います。……効率化は、終わりのないスパイラル(螺旋)なのですわ!」
「……君らしいが、たまには私と茶を飲む時間に充ててくれてもいいだろう」
アリストテレスが少し拗ねたように笑うと、イザベルは手帳をパラパラとめくった。
「……公爵様の優先順位は、現在『特Aランク』に設定されています。……分かりました。明後日の十四時三十分に、十五分間のティータイムをねじ込みましょう。……メニューは、最も咀嚼回数が少なくて済む、口当たりの良いムースで指定しておきますわ」
「……そこまで徹底されると、愛されているのか、管理されているのか分からなくなるな」
アリストテレスは苦笑しつつ、彼女の差し出した書類に迷わず判を押した。
一方、その頃。
イザベルを失った王国の執務室は、文字通りの地獄と化していた。
「……金がない。なぜだ。なぜ一週間で、国庫の予備費が空になっているんだ……!」
ウィルフレッド王子は、髪を掻きむしりながら空っぽの金庫を見つめていた。
そこへ、お花畑のような明るいオーラを纏ったアリスが、大きな籠を抱えて現れた。
「ウィルフレッド様ぁ! 大変な時は、みんなの『愛』を合わせるのが一番ですよ!」
「アリス……? 愛で金が増えるのか?」
「はい! 私、考えたんです。名付けて『愛のハッピー募金キャンペーン』です! 王都の広場で、このアリス特製の『愛の形をしたクッキー』を配って、代わりに金貨を募るんです!」
ウィルフレッドは一瞬、希望の光を見た気がしたが、財務官が横から冷酷な計算を差し出した。
「……アリス様。そのクッキーを焼くための高級小麦と最高級バター、それから広場を貸し切るための警備費用を計算したところ……一枚売るごとに、金貨五枚の赤字(ロス)が発生します」
「えぇー!? でも、愛はプライスレスなんですよ? 赤字とか、そんな冷たい数字の話ばっかりしてると、妖精さんが逃げちゃいます!」
アリスはぷくっと頬を膨らませて怒ってみせたが、財務官の顔は既に死人のようだった。
「殿下……。イザベル様がいれば、この募金活動のコストパフォーマンスを三秒で算出し、即座に中止させていたでしょう。……しかし、今の我が国には、彼女のような『ブレーキ』がいません」
「……わ、わかった。アリス、その募金はやめよう。もっと別の、合理的な方法を……」
「ひどい! ウィルフレッド様までアリスの愛を否定するんですか!? ……もういいです! 私、一人でもやります! ……愛があれば、経済なんてどうにかなりますっ!」
アリスは泣きながら走り去っていった。
その後、彼女が強行した「募金キャンペーン」の結果、王宮の高級食材が全て無駄に消費され、挙句の果てに「クッキーを食べてお腹を壊した」という市民からの賠償請求が殺到することになる。
その報告を、隣国で聞いたイザベルは、優雅に計算機を叩きながら微笑んだ。
「……ふふ。王国の崩壊スピードが、私の予測(コンセンサス)より五パーセント早いですね。……愛という名の非効率は、まさに国家にとっての劇薬ですわ」
「イザベル。……君は、本当に王国に戻る気はないんだな?」
アリストテレスの問いに、イザベルは冷徹なまでの、しかしどこか晴れやかな瞳で答えた。
「戻る? ……公爵様、私は古いシステム(過去)にパッチを当てるより、新しいプラットフォーム(ここ)で世界を変える方が、圧倒的にコストパフォーマンスが良いと考えていますの」
イザベルはアリストテレスの手を取り、その掌に自分の判をトン、と置いた。
「私のリソースは、全て貴方に投資すると決めていますわ。……ですから、しっかりリターンを出してくださいね? 旦那様(予定)」
「……ああ、約束しよう。……私の、最高のパートナー」
効率狂いの令嬢による、王国の「買収」に向けたカウントダウンが、静かに始まった。
ノアール公爵邸の大議場。
壇上に立つイザベルの言葉に、数十人の文官たちが一斉にペンを走らせる。
彼らの机の上には、イザベルが考案した「爆速仕事術:十の鉄則」というマニュアルが置かれていた。
「次、第十七号議案。橋の補修工事の業者選定ですが……三秒で決めなさい。一番安くて、一番過去の遅延が少ない業者。以上です」
「は、はいっ! 決定いたしました!」
「素晴らしい。十五秒短縮できましたわね。この調子で午前中に全ての議案を処理します。遅れた者は昼食の『配膳優先順位』を最下位にしますわよ」
イザベルの指揮の下、かつては数日かかっていた重要案件が、まるでベルトコンベアに乗せられたかのように次々と処理されていく。
文官たちは当初こそ恐怖していたが、今や「早く終わらせて定時に帰る」という、これまで経験したことのない快楽(ベネフィット)の虜になっていた。
その様子を、アリストテレス公爵は感嘆の溜息と共に見つめていた。
「イザベル。……君が来てから、領内の事務処理速度は三〇〇パーセント向上した。騎士団の遠征準備すら、当初の予定より二週間も前倒しで完了したぞ」
「当然です。無駄な『調整』や『根回し』という名の雑談を全て禁止しましたから。……公爵様、感心している暇があるなら、こちらの『自動決済システム』の魔法構築予算に判を。……これで私は、さらに週に十時間の自由時間を生み出せます」
「自由時間か。……その時間は、何に使うつもりだ?」
アリストテレスが少しだけ期待を込めて尋ねると、イザベルは平然とした顔で答えた。
「決まっていますわ。その十時間を活用して、さらなる『効率化』のための研究を行います。……効率化は、終わりのないスパイラル(螺旋)なのですわ!」
「……君らしいが、たまには私と茶を飲む時間に充ててくれてもいいだろう」
アリストテレスが少し拗ねたように笑うと、イザベルは手帳をパラパラとめくった。
「……公爵様の優先順位は、現在『特Aランク』に設定されています。……分かりました。明後日の十四時三十分に、十五分間のティータイムをねじ込みましょう。……メニューは、最も咀嚼回数が少なくて済む、口当たりの良いムースで指定しておきますわ」
「……そこまで徹底されると、愛されているのか、管理されているのか分からなくなるな」
アリストテレスは苦笑しつつ、彼女の差し出した書類に迷わず判を押した。
一方、その頃。
イザベルを失った王国の執務室は、文字通りの地獄と化していた。
「……金がない。なぜだ。なぜ一週間で、国庫の予備費が空になっているんだ……!」
ウィルフレッド王子は、髪を掻きむしりながら空っぽの金庫を見つめていた。
そこへ、お花畑のような明るいオーラを纏ったアリスが、大きな籠を抱えて現れた。
「ウィルフレッド様ぁ! 大変な時は、みんなの『愛』を合わせるのが一番ですよ!」
「アリス……? 愛で金が増えるのか?」
「はい! 私、考えたんです。名付けて『愛のハッピー募金キャンペーン』です! 王都の広場で、このアリス特製の『愛の形をしたクッキー』を配って、代わりに金貨を募るんです!」
ウィルフレッドは一瞬、希望の光を見た気がしたが、財務官が横から冷酷な計算を差し出した。
「……アリス様。そのクッキーを焼くための高級小麦と最高級バター、それから広場を貸し切るための警備費用を計算したところ……一枚売るごとに、金貨五枚の赤字(ロス)が発生します」
「えぇー!? でも、愛はプライスレスなんですよ? 赤字とか、そんな冷たい数字の話ばっかりしてると、妖精さんが逃げちゃいます!」
アリスはぷくっと頬を膨らませて怒ってみせたが、財務官の顔は既に死人のようだった。
「殿下……。イザベル様がいれば、この募金活動のコストパフォーマンスを三秒で算出し、即座に中止させていたでしょう。……しかし、今の我が国には、彼女のような『ブレーキ』がいません」
「……わ、わかった。アリス、その募金はやめよう。もっと別の、合理的な方法を……」
「ひどい! ウィルフレッド様までアリスの愛を否定するんですか!? ……もういいです! 私、一人でもやります! ……愛があれば、経済なんてどうにかなりますっ!」
アリスは泣きながら走り去っていった。
その後、彼女が強行した「募金キャンペーン」の結果、王宮の高級食材が全て無駄に消費され、挙句の果てに「クッキーを食べてお腹を壊した」という市民からの賠償請求が殺到することになる。
その報告を、隣国で聞いたイザベルは、優雅に計算機を叩きながら微笑んだ。
「……ふふ。王国の崩壊スピードが、私の予測(コンセンサス)より五パーセント早いですね。……愛という名の非効率は、まさに国家にとっての劇薬ですわ」
「イザベル。……君は、本当に王国に戻る気はないんだな?」
アリストテレスの問いに、イザベルは冷徹なまでの、しかしどこか晴れやかな瞳で答えた。
「戻る? ……公爵様、私は古いシステム(過去)にパッチを当てるより、新しいプラットフォーム(ここ)で世界を変える方が、圧倒的にコストパフォーマンスが良いと考えていますの」
イザベルはアリストテレスの手を取り、その掌に自分の判をトン、と置いた。
「私のリソースは、全て貴方に投資すると決めていますわ。……ですから、しっかりリターンを出してくださいね? 旦那様(予定)」
「……ああ、約束しよう。……私の、最高のパートナー」
効率狂いの令嬢による、王国の「買収」に向けたカウントダウンが、静かに始まった。
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