お言葉ですが殿下、その婚約破棄は非常に合理的です!

パリパリかぷちーの

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「イザベル・ヴァン・クロムウェル様! どうか、どうか王国へお戻りください!」

ノアール公爵邸の豪華な応接室。
そこに膝をつき、額を床に擦り付けているのは、かつてイザベルを「効率ばかり求める血も涙もない女」と罵っていた王国の外務次官であった。
彼の背後には、衰退の色を隠せない数名の使節団が、藁をも掴む思いで震えている。

イザベルは、アリストテレス公爵の隣で優雅に足を組み、手元の書類から視線すら上げなかった。

「……お言葉ですが、次官。私の予定表(カレンダー)に、あなたの『泣き言』を聞く時間は一秒も割り当てられておりません。要件を三行でまとめなさい」

「そ、そんな無慈悲な……! 現在、王国は未曾有の混乱に陥っております! アリス様が提唱された『愛の募金活動』により国庫は破綻し、さらには重要書類の紛失により行政が完全に停止しているのです!」

「一行目、現状報告。二行目は?」

「ウィルフレッド殿下が、毎日泣きながら貴女の名前を呼んでおられます! 『イザベルさえいれば、こんなことにはならなかったのに』と! だから、今までのことは水に流して、王太子妃として戻ってきてほしいと……!」

「二行目、感情論。三行目は?」

「お、お願いです! 戻ってきてさえいただければ、いかなる望みも叶えましょう! 国外追放も白紙に戻します!」

イザベルはようやく顔を上げ、冷ややかな、しかしどこか憐れむような視線を使官に向けた。

「三行目、実現不可能な公約。……次官、あなたのプレゼンテーションは零点(ゼロ)ですわ。……アリストテレス様、この案件、検討の余地はありますか?」

隣で黙って話を聞いていたアリストテレスが、氷のように冷たい笑みを浮かべた。
彼はイザベルの肩を抱き寄せ、これ見よがしに独占欲を誇示する。

「検討? 時間の無駄だな。イザベルは現在、我が公国において『最高戦略責任者』としての地位にあり、私との婚約という独占契約下にある。……王国の破綻という不採算物件に、我が国の至宝を投資するメリットがどこにある?」

「ひ、氷の公爵様……! しかし、彼女は元々我が国の――」

「『元々』という言葉に価値(バリュー)を求めるのは、進歩のない者の証ですわ」

イザベルがぴしゃりと言い放った。

「私が王国に戻った場合のシミュレーションは既に完了しています。……リターンは、無能な夫の世話と、崩壊した財政の再建。リスクは、私のキャリアの停滞と、精神的な摩耗(ストレス)。……これに対する対価は? 王太子妃という、今更何の魅力もない称号だけ。……次官、この取引は『マイナス一億点』の損失ですわ」

「そ、そんな……! 愛国心はないのですか!? 貴女を育てた王国ですよ!」

「愛国心という名の『やりがい搾取』には、もう飽き飽きしております。……今の私は、正当な対価と、私の能力を最大限に活用できるプラットフォーム(ここ)に満足していますの」

イザベルは立ち上がると、懐から一枚の請求書を取り出し、次官の前に叩きつけた。

「これは、今の私の『コンサルタント料』の請求書です。……この無駄な面会によって失われた私の五分間分。……即座に支払いなさい。さもなければ、王国の残された数少ない資産を、さらに差し押さえさせていただきますわ」

「な……五分で金貨百枚!? 詐欺だ!」

「いいえ。私の判断一つで、ノアール公国は昨日、金貨百万枚の利益を上げました。……その五分間をあなたに割いたのですから、これは格安の『特売価格』ですわよ?」

次官は顔を真っ白にして絶句した。
もはや、交渉の余地など一ミリも残されていなかった。

使節団が這うようにして退室した後、イザベルは小さく溜息をつき、アリストテレスの胸に背中を預けた。

「……疲れました。感情的な人間との対話は、脳のメモリを無駄に消費します」

「……よく言ってくれた、イザベル。君が王国に戻ると言ったら、私は物理的な手段を使ってでも阻止するつもりだった」

アリストテレスが、彼女の髪に愛おしそうに触れる。
その瞳は、先ほどの冷徹さが嘘のように、甘く、熱く、とろけるような「デレ」を孕んでいた。

「……公爵様。先ほどの抱擁、および今の接触。……これによる私の『幸福度上昇指数』が、現在の業務効率を大幅に上回っています。……これは、計画的なリフレッシュとして非常に『合理的』ですわ」

「ふ……。君がそうやって理屈を並べる時は、照れている証拠だと最近気づいたよ」

アリストテレスは彼女をさらに深く抱きしめ、その耳元で囁いた。

「イザベル。……仕事も大事だが、そろそろ『家族計画』という名の、最も効率的で幸福なプロジェクトについても話し合わないか?」

「……か、家族計画、ですか。……それには、遺伝的要素の検討、教育環境の整備、および将来の人口統計に基づいた……」

「……理屈はいい。今はただ、私というパートナーとの『親密度(ステータス)』を上げることに専念してくれ」

イザベルは顔を真っ赤にしながらも、「……承認、いたします」と小さく答えた。

一方、その頃。
王国では、ウィルフレッド王子が「イザベルがいないせいで、自分の名前の漢字が思い出せない」という、もはや事務以前の問題を抱えたアリスと共に、空っぽの金庫の前で途方に暮れていた。

「イザベル……! 君がいないと、私は……私は自分が何者であるかすら管理できないんだ!!」

王国の滅亡は、想像を絶するスピードで進行していた。
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