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「……イザベル。まだ、仕事を続けているのか」
深夜の執務室。
アリストテレスは、二つのクリスタルグラスと最高級のヴィンテージワインを携えて現れた。
部屋の中では、イザベルが眼鏡をかけ、猛烈な速度でペンを走らせている。
「公爵様。見ての通りです。あと三十分で、領内全域の道路舗装コストの試算が終わります。……お言葉ですが、そのワインボトル、私の作業スペースの三パーセントを占拠していますわ」
「……少しは休憩しろと言っただろう。今日は月が綺麗だ。窓辺で少し、語り合わないか?」
アリストテレスは彼女の背後に立ち、その肩に優しく手を置いた。
氷の公爵と呼ばれた彼が、これほどまでに甘い雰囲気を醸し出しているというのに、イザベルの反応は極めて事務的だった。
「語り合う……? ああ、なるほど。口頭での進捗報告(ステータスアップデート)ですね。承知いたしました。では、優先順位の高い順から三点、簡潔に述べさせていただきます」
「いや、仕事の話ではなく……もっと、プライベートな、その……心の内についてだ」
アリストテレスは少し顔を赤らめ、彼女の耳元で囁いた。
しかし、イザベルはハッとした顔で振り返り、アリストテレスの額に手を当てた。
「公爵様、瞳孔がわずかに散大しています。心拍数も上昇傾向。……これは、過労による交感神経の異常興奮、あるいは重度の効率不足によるストレス反応ではありませんか!?」
「……違う。これは、君への親愛の情による生理現象だ」
「親愛の情……。なるほど、ホルモン分泌による一時的な脳機能のバグですね。承知いたしました。では、そのバグを効率的に解消するために、十五分間の『スキンシップ療法』をスケジュールに組み込みましょう」
イザベルは無表情のまま、アリストテレスの胸元にぽす、と頭を預けた。
彼女は時計を見ながら、淡々とカウントを開始する。
「はい、計測開始です。……公爵様。こうして密着することで、オキシトシンの分泌を促し、睡眠の質を五パーセント向上させることができます。……私への投資効率としては非常に高い行為と言えますわ」
「……イザベル。君は、私を抱きしめている間も『投資効率』のことを考えているのか?」
「当然です。無目的(ランダム)な行動は、人生という限られた資源の浪費ですから。……ですが、そうですね。……この『接触による精神的充足感』は、数字では表しきれないほどの……その、プラスの補正がかかっていることは認めますわ」
イザベルの声が、わずかに震える。
アリストテレスは愛おしさが爆発し、彼女を力強く抱きしめ返した。
「なら、その『補正』を一生、私だけに与えてくれないか。……契約書ではなく、君の心で」
「……心、ですか。……定量的(データ的)に証明するのは難しいですが、私の脳内計算機が『彼以外との接触は著しく非効率である』という結論を出しています。……ですから、これは論理的な結論としての、愛ですわ」
二人の間に、ようやく甘い沈黙が流れた……。
かに見えたその時、執務室の扉が激しく叩かれた。
「閣下! イザベル様! 夜分に失礼いたします! ……非常事態です!」
「……チッ。誰だ、この最高の(効率的な)時間を邪魔するのは」
アリストテレスが不機嫌そうに扉を開けると、そこには王国の商使いたちが、ボロボロの姿で立っていた。
「助けてください! イザベル様! 王国は、王国はもう終わりです!」
商人の一人が、イザベルの足元に縋り付いた。
「アリス様の『愛のクッキー』のせいで小麦の市場価格が暴騰し、さらにはウィルフレッド殿下が『愛があれば借金なんて返さなくていい』と宣言したせいで、我が国の信用格付けが紙屑同然(ジャンク)になったのです!」
「……一行目、経済崩壊。二行目、法治国家の放棄。……三行目は?」
イザベルが冷徹に問いかけると、商人は血の涙を流して叫んだ。
「ですから! いっそこの国を、ノアール公国で買い取って(M&Aして)ください! このままでは、私たちは餓死するか、非効率の波に飲み込まれて死ぬかです!」
イザベルは眼鏡のブリッジを押し上げ、不敵な笑みを浮かべた。
「……王国の買収(M&A)、ですか。……公爵様、これは非常に興味深い『不採算物件の再生(ターンアラウンド)』案件ですね」
「……ああ。君がそれを望むなら、私は資金の全額提供を承認しよう」
アリストテレスもまた、彼女の瞳に宿る「仕事モード」の輝きを見て、諦めたように笑った。
ロマンチックな夜は、一瞬にして「大規模買収計画の策定」へと切り替わったのである。
「商人の皆さん。安心なさい。……三日以内に、王国の全資産のデューデリジェンス(資産査定)を開始します。……無能な王族は『不良資産』として切り捨て、我が国の『支部』として再編成して差し上げますわ」
イザベルは、手元のワイングラスを一気に飲み干した。
「さて、公爵様。……ロマンチックな時間は終了です。……これより、王国の『爆速買収会議』を開始しますわよ!」
「……ああ、分かった。……やはり君は、世界で一番美しく、そして一番恐ろしい私の婚約者だ」
こうして、愛の囁きよりも速いスピードで、国家の買収が決定されたのである。
一方、その頃。
王国では、ウィルフレッド王子が「愛の力で金貨が増えるはずだ!」と叫びながら、空っぽの金庫を一生懸命に撫でていた。
深夜の執務室。
アリストテレスは、二つのクリスタルグラスと最高級のヴィンテージワインを携えて現れた。
部屋の中では、イザベルが眼鏡をかけ、猛烈な速度でペンを走らせている。
「公爵様。見ての通りです。あと三十分で、領内全域の道路舗装コストの試算が終わります。……お言葉ですが、そのワインボトル、私の作業スペースの三パーセントを占拠していますわ」
「……少しは休憩しろと言っただろう。今日は月が綺麗だ。窓辺で少し、語り合わないか?」
アリストテレスは彼女の背後に立ち、その肩に優しく手を置いた。
氷の公爵と呼ばれた彼が、これほどまでに甘い雰囲気を醸し出しているというのに、イザベルの反応は極めて事務的だった。
「語り合う……? ああ、なるほど。口頭での進捗報告(ステータスアップデート)ですね。承知いたしました。では、優先順位の高い順から三点、簡潔に述べさせていただきます」
「いや、仕事の話ではなく……もっと、プライベートな、その……心の内についてだ」
アリストテレスは少し顔を赤らめ、彼女の耳元で囁いた。
しかし、イザベルはハッとした顔で振り返り、アリストテレスの額に手を当てた。
「公爵様、瞳孔がわずかに散大しています。心拍数も上昇傾向。……これは、過労による交感神経の異常興奮、あるいは重度の効率不足によるストレス反応ではありませんか!?」
「……違う。これは、君への親愛の情による生理現象だ」
「親愛の情……。なるほど、ホルモン分泌による一時的な脳機能のバグですね。承知いたしました。では、そのバグを効率的に解消するために、十五分間の『スキンシップ療法』をスケジュールに組み込みましょう」
イザベルは無表情のまま、アリストテレスの胸元にぽす、と頭を預けた。
彼女は時計を見ながら、淡々とカウントを開始する。
「はい、計測開始です。……公爵様。こうして密着することで、オキシトシンの分泌を促し、睡眠の質を五パーセント向上させることができます。……私への投資効率としては非常に高い行為と言えますわ」
「……イザベル。君は、私を抱きしめている間も『投資効率』のことを考えているのか?」
「当然です。無目的(ランダム)な行動は、人生という限られた資源の浪費ですから。……ですが、そうですね。……この『接触による精神的充足感』は、数字では表しきれないほどの……その、プラスの補正がかかっていることは認めますわ」
イザベルの声が、わずかに震える。
アリストテレスは愛おしさが爆発し、彼女を力強く抱きしめ返した。
「なら、その『補正』を一生、私だけに与えてくれないか。……契約書ではなく、君の心で」
「……心、ですか。……定量的(データ的)に証明するのは難しいですが、私の脳内計算機が『彼以外との接触は著しく非効率である』という結論を出しています。……ですから、これは論理的な結論としての、愛ですわ」
二人の間に、ようやく甘い沈黙が流れた……。
かに見えたその時、執務室の扉が激しく叩かれた。
「閣下! イザベル様! 夜分に失礼いたします! ……非常事態です!」
「……チッ。誰だ、この最高の(効率的な)時間を邪魔するのは」
アリストテレスが不機嫌そうに扉を開けると、そこには王国の商使いたちが、ボロボロの姿で立っていた。
「助けてください! イザベル様! 王国は、王国はもう終わりです!」
商人の一人が、イザベルの足元に縋り付いた。
「アリス様の『愛のクッキー』のせいで小麦の市場価格が暴騰し、さらにはウィルフレッド殿下が『愛があれば借金なんて返さなくていい』と宣言したせいで、我が国の信用格付けが紙屑同然(ジャンク)になったのです!」
「……一行目、経済崩壊。二行目、法治国家の放棄。……三行目は?」
イザベルが冷徹に問いかけると、商人は血の涙を流して叫んだ。
「ですから! いっそこの国を、ノアール公国で買い取って(M&Aして)ください! このままでは、私たちは餓死するか、非効率の波に飲み込まれて死ぬかです!」
イザベルは眼鏡のブリッジを押し上げ、不敵な笑みを浮かべた。
「……王国の買収(M&A)、ですか。……公爵様、これは非常に興味深い『不採算物件の再生(ターンアラウンド)』案件ですね」
「……ああ。君がそれを望むなら、私は資金の全額提供を承認しよう」
アリストテレスもまた、彼女の瞳に宿る「仕事モード」の輝きを見て、諦めたように笑った。
ロマンチックな夜は、一瞬にして「大規模買収計画の策定」へと切り替わったのである。
「商人の皆さん。安心なさい。……三日以内に、王国の全資産のデューデリジェンス(資産査定)を開始します。……無能な王族は『不良資産』として切り捨て、我が国の『支部』として再編成して差し上げますわ」
イザベルは、手元のワイングラスを一気に飲み干した。
「さて、公爵様。……ロマンチックな時間は終了です。……これより、王国の『爆速買収会議』を開始しますわよ!」
「……ああ、分かった。……やはり君は、世界で一番美しく、そして一番恐ろしい私の婚約者だ」
こうして、愛の囁きよりも速いスピードで、国家の買収が決定されたのである。
一方、その頃。
王国では、ウィルフレッド王子が「愛の力で金貨が増えるはずだ!」と叫びながら、空っぽの金庫を一生懸命に撫でていた。
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