お言葉ですが殿下、その婚約破棄は非常に合理的です!

パリパリかぷちーの

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「……イザベル。いや、イザベル閣下とお呼びすべきかな。……どうか、この老いぼれの願いを聞いてはくれまいか」

ノアール公国の謁見の間。
そこに座り込んでいたのは、かつてイザベルが忠誠を誓っていた旧王国の主、国王エドワードであった。
かつての威厳は霧散し、その肩は驚くほど小さく震えている。

イザベルは、アリストテレス公爵の隣で脚を組み、手元のタブレット(魔導式の記録媒体)を操作しながら、冷徹な視線を向けた。

「お言葉ですが陛下。……いえ、元・陛下。公式なアポイントメントなしでの訪問は、我が公国の警備コストを著しく増大させます。……要件は三行、あるいは三十秒以内で」

「……わ、わかっている。……一行目、我が王国は現在、事実上のデフォルト(債務不履行)に陥っている。二行目、ウィルフレッドとアリスでは、明日のパンの代金すら工面できん。……三行目、頼む。君が王家に戻り、摂政として国を立て直してほしい」

国王が床に額を擦り付けると、会場の文官たちからどよめきが起きた。
一国の王が、かつて「悪役」として追放した令嬢に、なりふり構わず縋り付いているのだ。

イザベルは、無表情のまま空間に指を走らせ、空中に青白い光のグラフを投影した。

「……これが、現在の貴国の『損益分岐点』です。ご覧なさい」

「……な、なんだ。この真っ赤な右肩下がりの線は……」

「貴国を再生するために必要な初期投資(イニシャルコスト)は、金貨一千万枚。対して、向こう十年の推定リターンは、現状の産業構造では金貨三枚。……つまり、私が戻るということは、私の人生という優良資産を、底なしのドブに捨てるのと同義ですわ」

イザベルは、パチンと指を鳴らしてグラフを消した。

「お言葉ですが、私は慈善事業家ではありません。……一人の『仕事ができる女』として、これほどリターンが見込めない案件(プロジェクト)にサインするなど、合理性が許しませんの」

「そ、そんな……! 情はないのか! 君は我が国で生まれ育ったのだぞ!」

「『情』という名の非効率な変数(パラメータ)に頼った結果が、今の貴国の惨状ではありませんか。……愛があれば金が増える、ごめんなさいと言えば借金が消える。……そんな『お花畑理論』を放置した責任は、国王、貴方にありますわ」

イザベルの言葉は、鋭い刃のように国王の胸を貫いた。
隣で黙って聞いていたアリストテレスが、彼女の肩に手を置き、冷たく追撃する。

「……エドワード。私の婚約者の時給がいくらか知っているか? 君が支払える額ではない。……彼女を返してほしければ、まずは我が公国が肩代わりした貴国の債務、利子込みで一括返済してもらおうか」

「……う、ぐ……。……払えるわけが、ない……」

「なら、交渉は決裂ですわ。……ただし、私は効率主義者。……一つだけ、合理的な提案を差し上げましょう」

イザベルはニヤリと笑い、一枚の『資産譲渡契約書』を取り出した。

「王家を完全に廃止し、貴方を含めた全王族が『特別一般市民』として再教育を受けること。……そして、王国の全領土をノアール公国の『完全子会社』として登録すること。……これにサインするなら、私は最低限の『衣食住』というメンテナンス費用を保証いたしますわ」

「な……! 王家を、潰せというのか……!」

「既に潰れているものに、引導を渡して差し上げるだけです。……一、二……」

「書く! 書くから、これ以上『数字』で私を責めないでくれぇ!」

国王は、泣きながら契約書にサインをした。
かつて数百年続いた王国が、イザベルの「事務処理」によって、一瞬で消滅した瞬間だった。

「……取引成立ですわ。……セバス。元・国王陛下を、ウィルフレッド殿下たちのいる『再教育センター(元・肥溜め)』へ案内しなさい。……家族全員での共同作業は、メンタルケアの観点からも効率的ですわよ」

「はっ! 承知いたしました!」

国王が引きずられていくのを見送りながら、イザベルは深く溜息をつき、眼鏡を拭いた。

「……やれやれ。国家の買収(M&A)というのは、意外と事務手数料がかかりますわね」

「……フフ。君という女性は、本当にどこまで私を驚かせるつもりだ。……イザベル。……これで、君を縛る過去は全て『清算』されたわけだ」

アリストテレスは彼女の腰を抱き寄せ、その額にキスをした。

「……ええ。……これからは、公爵様……いえ、アリ公爵。……貴方と共に、この世界を『最高効率の楽園』に作り替えていく。……そのプロジェクトに、全力を尽くしますわ」

イザベルは、初めて心からの、慈しみに満ちた微笑みを浮かべた。
それは、どんな利益確定の瞬間よりも、輝かしいものだった。

一方、その頃。
再教育センターでは、泥まみれのウィルフレッド王子が、やってきた父を見て絶叫していた。

「父上!? 父上までここに!? ……ああ、イザベル……! 君の管理能力は、ついに王室の血筋すらも『一括管理』し始めたのか……!」

王室一家による、涙と泥にまみれた「効率的労働」の日々は、まだ始まったばかりであった。
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