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「まあ! なんて無作法な。公爵邸の執務室から、まるで工事現場のような殺伐とした空気を感じますわ」
ノアール公爵邸のサロンに、場違いな高笑いが響き渡った。
現れたのは、隣領の有力貴族の娘、セラフィナ・フォン・ラグドール。
彼女は「社交界の花」と自称し、アリストテレス公爵の婚約者の座を虎視眈々と狙っていた令嬢である。
イザベルは、書類の山から一瞬だけ顔を上げた。
「……セラフィナ様ですね。アポイントメントは確認されておりませんが。……お言葉ですが、貴女のその巨大な縦ロール、空気抵抗が大きすぎて歩行効率を五パーセント低下させていませんか?」
「な、なんですって!? これは一流の職人が三時間かけて作り上げた芸術ですわよ!」
「三時間……。その時間があれば、私は領内の物流網の再計算を二回終わらせられます。……時間の浪費(コスト)に対するリターン(美貌)が著しく低い。不採算案件ですね」
イザベルは興味を失ったように、再び羽根ペンを走らせ始めた。
セラフィナは顔を真っ赤にし、扇子をバサリと広げてイザベルのデスクを叩いた。
「いい加減になさい! アリストテレス様が求めているのは、計算機のような女ではなく、優雅で教養ある公爵夫人ですわ! 貴女のような『仕事狂い』に、淑女の嗜みが務まるはずありませんことよ!」
「……嗜み、ですか。具体的に何を指しているのでしょうか。刺繍? 楽器? それとも無意味な噂話?」
「ふん、なら勝負ですわ! 明日の夜会で、この地に伝わる伝統の『百人刺繍』を披露しなさい。最も美しく、最も精緻な模様を仕上げた方が、アリストテレス様の隣に立つ資格がある……ということでいかがかしら?」
イザベルは、ようやくペンを置いて眼鏡を外した。
その瞳には、かつてないほどの「業務遂行」への情熱が宿っていた。
「……刺繍。……なるほど、並列処理とパターン認識の精度を競うゲーム(タスク)ですね。……承認いたします。ただし、私の貴重な時間を割くのですから、負けた方は我が領の『不純物処理施設(肥溜め)』の清掃ボランティアに三日間従事していただきますわよ」
「受けて立ちますわ! 後悔なさることね!」
セラフィナが去った後、アリストテレスが心配そうに執務室に入ってきた。
「イザベル、無理はしなくていい。セラフィナは幼少期から刺繍の教育を受けている。……君が仕事の合間にやるには、あまりに非効率な勝負だ」
「……公爵様。お言葉ですが、私は『無駄な努力』を最も嫌います。……刺繍とは、要するに布という二次元平面に、糸というリソースをいかに最適に配置するかという数学的課題ですわ」
イザベルはニヤリと笑い、デスクの下から自作の「多針同時駆動式・高速刺繍機(プロトタイプ)」の設計図を取り出した。
「三時間で一輪のバラ? いいえ、私は三十分で一国の歴史を布の上に描き出してみせます。……これが私の『教養』ですわ!」
翌日の夜会。
会場の壁一面に張られた巨大な布の前に、セラフィナとイザベルが並んだ。
セラフィナは優雅に、一針一針丁寧に糸を通していく。
「見てくださいませ、この繊細なタッチ! これこそが愛と忍耐の結晶……」
「……進捗率、三パーセント。遅すぎます。……始めなさい!」
イザベルが合図すると、彼女の両手には十本の針が魔法の糸で結ばれ、まるで自動機械のように動き始めた。
ザシュ、ザシュ、ザシュ! と空気を切り裂く音が響く。
「な、何ですのその動きは!? 貴女、人間ではありませんわ!」
「無駄な動作を極限まで削ぎ落とし、最短経路(ダイクストラ法)で針を運んでいるだけです。……はい、完成。……二十八分三十秒。予定より一分三十秒、早まりましたわ」
イザベルが布を広げると、そこにはノアール公国の地図と、全領民の幸福度指数の推移グラフが、黄金の糸で精密に描き出されていた。
「こ、これは……美しさ以前に、情報密度が凄まじすぎて目が眩むわ……!」
審査員として現れたアリストテレスは、絶句するセラフィナを無視して、イザベルの作品を愛おしそうに撫でた。
「……素晴らしい。領地の未来を刺繍にするとは、これほど公爵夫人に相応しい『教養』はない。……イザベル、君の勝ちだ」
「……約束通り、セラフィナ様。……不純物処理施設での清掃業務、シフト表は既に作成済みですわ。明朝六時、遅刻は許しません」
「そ、そんな……! わたくしのドレスが、わたくしの誇りがぁぁ……!」
セラフィナが泣き崩れる中、イザベルは既に次の「効率化」に目を向けていた。
「公爵様、夜会の終了予定時刻まであと十分。……この余った時間で、会場の照明コストを二割削減する案をご説明してもよろしいでしょうか?」
「……ふ。君といると、退屈している暇(コスト)が全くないな」
アリストテレスは彼女の肩を抱き、満足げに微笑んだ。
一方、その頃。
旧王国の肥溜めでは、ウィルフレッド王子が「……明日、ここに新しい『不良資産』が来るらしいぞ……。新人教育のマニュアルを作らなきゃ……」と、いつの間にかイザベルに叩き込まれた「教育の効率化」に目覚め始めていた。
ノアール公爵邸のサロンに、場違いな高笑いが響き渡った。
現れたのは、隣領の有力貴族の娘、セラフィナ・フォン・ラグドール。
彼女は「社交界の花」と自称し、アリストテレス公爵の婚約者の座を虎視眈々と狙っていた令嬢である。
イザベルは、書類の山から一瞬だけ顔を上げた。
「……セラフィナ様ですね。アポイントメントは確認されておりませんが。……お言葉ですが、貴女のその巨大な縦ロール、空気抵抗が大きすぎて歩行効率を五パーセント低下させていませんか?」
「な、なんですって!? これは一流の職人が三時間かけて作り上げた芸術ですわよ!」
「三時間……。その時間があれば、私は領内の物流網の再計算を二回終わらせられます。……時間の浪費(コスト)に対するリターン(美貌)が著しく低い。不採算案件ですね」
イザベルは興味を失ったように、再び羽根ペンを走らせ始めた。
セラフィナは顔を真っ赤にし、扇子をバサリと広げてイザベルのデスクを叩いた。
「いい加減になさい! アリストテレス様が求めているのは、計算機のような女ではなく、優雅で教養ある公爵夫人ですわ! 貴女のような『仕事狂い』に、淑女の嗜みが務まるはずありませんことよ!」
「……嗜み、ですか。具体的に何を指しているのでしょうか。刺繍? 楽器? それとも無意味な噂話?」
「ふん、なら勝負ですわ! 明日の夜会で、この地に伝わる伝統の『百人刺繍』を披露しなさい。最も美しく、最も精緻な模様を仕上げた方が、アリストテレス様の隣に立つ資格がある……ということでいかがかしら?」
イザベルは、ようやくペンを置いて眼鏡を外した。
その瞳には、かつてないほどの「業務遂行」への情熱が宿っていた。
「……刺繍。……なるほど、並列処理とパターン認識の精度を競うゲーム(タスク)ですね。……承認いたします。ただし、私の貴重な時間を割くのですから、負けた方は我が領の『不純物処理施設(肥溜め)』の清掃ボランティアに三日間従事していただきますわよ」
「受けて立ちますわ! 後悔なさることね!」
セラフィナが去った後、アリストテレスが心配そうに執務室に入ってきた。
「イザベル、無理はしなくていい。セラフィナは幼少期から刺繍の教育を受けている。……君が仕事の合間にやるには、あまりに非効率な勝負だ」
「……公爵様。お言葉ですが、私は『無駄な努力』を最も嫌います。……刺繍とは、要するに布という二次元平面に、糸というリソースをいかに最適に配置するかという数学的課題ですわ」
イザベルはニヤリと笑い、デスクの下から自作の「多針同時駆動式・高速刺繍機(プロトタイプ)」の設計図を取り出した。
「三時間で一輪のバラ? いいえ、私は三十分で一国の歴史を布の上に描き出してみせます。……これが私の『教養』ですわ!」
翌日の夜会。
会場の壁一面に張られた巨大な布の前に、セラフィナとイザベルが並んだ。
セラフィナは優雅に、一針一針丁寧に糸を通していく。
「見てくださいませ、この繊細なタッチ! これこそが愛と忍耐の結晶……」
「……進捗率、三パーセント。遅すぎます。……始めなさい!」
イザベルが合図すると、彼女の両手には十本の針が魔法の糸で結ばれ、まるで自動機械のように動き始めた。
ザシュ、ザシュ、ザシュ! と空気を切り裂く音が響く。
「な、何ですのその動きは!? 貴女、人間ではありませんわ!」
「無駄な動作を極限まで削ぎ落とし、最短経路(ダイクストラ法)で針を運んでいるだけです。……はい、完成。……二十八分三十秒。予定より一分三十秒、早まりましたわ」
イザベルが布を広げると、そこにはノアール公国の地図と、全領民の幸福度指数の推移グラフが、黄金の糸で精密に描き出されていた。
「こ、これは……美しさ以前に、情報密度が凄まじすぎて目が眩むわ……!」
審査員として現れたアリストテレスは、絶句するセラフィナを無視して、イザベルの作品を愛おしそうに撫でた。
「……素晴らしい。領地の未来を刺繍にするとは、これほど公爵夫人に相応しい『教養』はない。……イザベル、君の勝ちだ」
「……約束通り、セラフィナ様。……不純物処理施設での清掃業務、シフト表は既に作成済みですわ。明朝六時、遅刻は許しません」
「そ、そんな……! わたくしのドレスが、わたくしの誇りがぁぁ……!」
セラフィナが泣き崩れる中、イザベルは既に次の「効率化」に目を向けていた。
「公爵様、夜会の終了予定時刻まであと十分。……この余った時間で、会場の照明コストを二割削減する案をご説明してもよろしいでしょうか?」
「……ふ。君といると、退屈している暇(コスト)が全くないな」
アリストテレスは彼女の肩を抱き、満足げに微笑んだ。
一方、その頃。
旧王国の肥溜めでは、ウィルフレッド王子が「……明日、ここに新しい『不良資産』が来るらしいぞ……。新人教育のマニュアルを作らなきゃ……」と、いつの間にかイザベルに叩き込まれた「教育の効率化」に目覚め始めていた。
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