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「……は、解消? 今、なんと仰いましたか、父上」
ジュリアンは、まるで未知の言語を聞いたかのような顔で、国王を凝視した。
その足元には、先ほど国王が叩きつけた「不貞行為の証拠書類」が散乱している。
「耳まで腐ったか、ジュリアン。クロナ嬢との婚約を、今この瞬間をもって解消すると言ったのだ。お前のような無能に、これ以上ロベール侯爵家の慈悲を無駄遣いさせるわけにはいかん」
「そんな、馬鹿な! 父上、騙されないでください! 明日の卒業パーティーこそ、僕が真実の愛を選び、この冷酷な女に引導を渡す最高の舞台だったのに……!」
ジュリアンは叫びながら、部屋の隅に座るクロナを指差した。
その指先は、怒りと情けなさで小刻みに震えている。
「あら、殿下。舞台装置の心配をなさっている場合かしら?」
クロナは、優雅にティーカップをソーサーに置くと、すっと立ち上がった。
その動きには、一点の迷いも淀みもない。
「残念ながら、その舞台は既に閉鎖されましたわ。主催者であるロベール家がスポンサーを降板いたしましたもの。……あ、そうそう。こちら、陛下に受理していただいた正式な婚約解消合意書ですわ」
クロナは、懐から一枚の羊皮紙を取り出し、ジュリアンの目の前でひらひらと振ってみせた。
そこには、国王の署名と王家の印章が、これでもかと鮮明に刻まれている。
「なっ……! 父上! 僕に無断で、こんな……!」
「無断も何もあるか! お前が国のお金で男爵令嬢にドレスを買い与え、論文を代筆させ、さらにはその婚約者に泥を塗ろうと画策していたのだ。お前に拒否権などあると思うな!」
国王の怒号に、ジュリアンは膝をついた。
だが、彼はまだ諦めていない。いや、現実が見えていない。
「で、でも……クロナがいなくなったら、僕の公務はどうなるんです!? 明日の学会発表は!? リリィとの生活費は誰が……!」
「まあ。殿下、驚きましたわ」
クロナは、憐れみのこもった目で元婚約者を見下ろした。
「婚約破棄をされる予定の相手に、まだ自分の生活を支えてもらうつもりでいらしたの? 殿下の知性は、期待収益の逆関数どころか、もはや虚数の領域に達していますわね」
「何を……! 君だって、僕と結婚すれば将来は王妃になれたんだぞ! そんな名誉を捨てるというのか!」
「名誉? ふふ、面白いことを仰る。……殿下、泥舟の船長夫人になることが、果たして名誉と言えるかしら? 私は沈没に付き合うほど、お人好しではありませんの」
クロナは、国王に向き直り、完璧なカーテシーを見せた。
「陛下。これにて、私とジュリアン様との関係は完全に清算されました。……明日からの私は、一人の自由な女性として、自分の道を進ませていただきます」
「ああ、分かっている。……クロナ、お前には苦労をかけたな。ジュリアンのような不肖の息子に代わって、私が謝罪しよう」
「滅相もございません。おかげで、債権回収と危機管理の素晴らしい実地訓練になりましたわ」
クロナは、一度もジュリアンと目を合わせることなく、扉へと歩き出した。
背後では、ジュリアンが「待て! 行くな、クロナ! せめて明日のパーティーだけでも僕の隣に……!」と情けない声を上げていたが、それは彼女の耳には心地よい雑音に過ぎなかった。
廊下に出ると、サーシャが待ち構えていた。
「お嬢様、お疲れ様でございました。……婚約解消、正式に完了しましたね」
「ええ。これでようやく、肩の荷が下りたわ。……さて、サーシャ。次の仕事よ。隣国のゼクス閣下へ伝令を出してちょうだい。――『不良債権の処理、完了。これより予定通り、隣国への資本移動を開始する』と」
「かしこまりました。……ふふ、あのアホな王子様、これからどうなるんでしょうね?」
「さあ? せいぜい、リリィ様と一緒に、空っぽの金庫の前で『愛』を囁き合えばよろしいんじゃないかしら? あ、でも、あの庭園の清掃代はしっかり取り立てるよう、財務局に釘を刺しておいたから、今頃はさらに真っ青になっているでしょうね」
クロナは、窓から見える夕焼けを眺めた。
明日、卒業パーティーの会場で、ジュリアンは「婚約破棄」を宣言しようとするだろう。
だが、その時彼が知るのは、自分が「捨てた」のではなく、「既に捨てられ、全てを失っていた」という残酷な事実なのだ。
「(さようなら、無能な王子様。貴方のいない未来は、きっと数字が美しく揃った、素晴らしい世界になるわ)」
クロナの胸には、明日への期待と、そして隣国の冷徹な公爵との「契約結婚」という名の新しいビジネスへの野心が、熱く燃え上がっていた。
ジュリアンは、まるで未知の言語を聞いたかのような顔で、国王を凝視した。
その足元には、先ほど国王が叩きつけた「不貞行為の証拠書類」が散乱している。
「耳まで腐ったか、ジュリアン。クロナ嬢との婚約を、今この瞬間をもって解消すると言ったのだ。お前のような無能に、これ以上ロベール侯爵家の慈悲を無駄遣いさせるわけにはいかん」
「そんな、馬鹿な! 父上、騙されないでください! 明日の卒業パーティーこそ、僕が真実の愛を選び、この冷酷な女に引導を渡す最高の舞台だったのに……!」
ジュリアンは叫びながら、部屋の隅に座るクロナを指差した。
その指先は、怒りと情けなさで小刻みに震えている。
「あら、殿下。舞台装置の心配をなさっている場合かしら?」
クロナは、優雅にティーカップをソーサーに置くと、すっと立ち上がった。
その動きには、一点の迷いも淀みもない。
「残念ながら、その舞台は既に閉鎖されましたわ。主催者であるロベール家がスポンサーを降板いたしましたもの。……あ、そうそう。こちら、陛下に受理していただいた正式な婚約解消合意書ですわ」
クロナは、懐から一枚の羊皮紙を取り出し、ジュリアンの目の前でひらひらと振ってみせた。
そこには、国王の署名と王家の印章が、これでもかと鮮明に刻まれている。
「なっ……! 父上! 僕に無断で、こんな……!」
「無断も何もあるか! お前が国のお金で男爵令嬢にドレスを買い与え、論文を代筆させ、さらにはその婚約者に泥を塗ろうと画策していたのだ。お前に拒否権などあると思うな!」
国王の怒号に、ジュリアンは膝をついた。
だが、彼はまだ諦めていない。いや、現実が見えていない。
「で、でも……クロナがいなくなったら、僕の公務はどうなるんです!? 明日の学会発表は!? リリィとの生活費は誰が……!」
「まあ。殿下、驚きましたわ」
クロナは、憐れみのこもった目で元婚約者を見下ろした。
「婚約破棄をされる予定の相手に、まだ自分の生活を支えてもらうつもりでいらしたの? 殿下の知性は、期待収益の逆関数どころか、もはや虚数の領域に達していますわね」
「何を……! 君だって、僕と結婚すれば将来は王妃になれたんだぞ! そんな名誉を捨てるというのか!」
「名誉? ふふ、面白いことを仰る。……殿下、泥舟の船長夫人になることが、果たして名誉と言えるかしら? 私は沈没に付き合うほど、お人好しではありませんの」
クロナは、国王に向き直り、完璧なカーテシーを見せた。
「陛下。これにて、私とジュリアン様との関係は完全に清算されました。……明日からの私は、一人の自由な女性として、自分の道を進ませていただきます」
「ああ、分かっている。……クロナ、お前には苦労をかけたな。ジュリアンのような不肖の息子に代わって、私が謝罪しよう」
「滅相もございません。おかげで、債権回収と危機管理の素晴らしい実地訓練になりましたわ」
クロナは、一度もジュリアンと目を合わせることなく、扉へと歩き出した。
背後では、ジュリアンが「待て! 行くな、クロナ! せめて明日のパーティーだけでも僕の隣に……!」と情けない声を上げていたが、それは彼女の耳には心地よい雑音に過ぎなかった。
廊下に出ると、サーシャが待ち構えていた。
「お嬢様、お疲れ様でございました。……婚約解消、正式に完了しましたね」
「ええ。これでようやく、肩の荷が下りたわ。……さて、サーシャ。次の仕事よ。隣国のゼクス閣下へ伝令を出してちょうだい。――『不良債権の処理、完了。これより予定通り、隣国への資本移動を開始する』と」
「かしこまりました。……ふふ、あのアホな王子様、これからどうなるんでしょうね?」
「さあ? せいぜい、リリィ様と一緒に、空っぽの金庫の前で『愛』を囁き合えばよろしいんじゃないかしら? あ、でも、あの庭園の清掃代はしっかり取り立てるよう、財務局に釘を刺しておいたから、今頃はさらに真っ青になっているでしょうね」
クロナは、窓から見える夕焼けを眺めた。
明日、卒業パーティーの会場で、ジュリアンは「婚約破棄」を宣言しようとするだろう。
だが、その時彼が知るのは、自分が「捨てた」のではなく、「既に捨てられ、全てを失っていた」という残酷な事実なのだ。
「(さようなら、無能な王子様。貴方のいない未来は、きっと数字が美しく揃った、素晴らしい世界になるわ)」
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