婚約破棄される前に、帰らせていただきます!

パリパリかぷちーの

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「……ちょっと待ってくれ。話が見えないぞ」


ジュリアンは、床に散らばった「不貞の証拠」を呆然と見つめたまま、壊れた玩具のように呟いた。


「話が見えない? 殿下、貴方の視力は五.〇くらいあると思っておりましたわ。あんなに遠くの茂みにいるリリィ様を見つけ出せるのですもの」


クロナは、出口へ向けていた足を止め、わざとらしく小首を傾げた。


「そうじゃない! 順序の話だ! 明日の卒業パーティーで、僕が君の数々の悪行を糾弾し、華々しく婚約破棄を宣言する。君は泣き崩れ、僕はリリィの手を取って真実の愛を誓う……。この完璧なシナリオはどうなるんだ!」


ジュリアンの叫びに、その場にいた全員が沈黙した。
国王はこめかみを指で押さえ、王妃はついに顔を覆って座り込んでしまった。


「……殿下、今、ご自分で『シナリオ』と仰いました?」


クロナの口角が、ピクリと不自然な角度に上がる。


「ええ、そうですわね。確かにその『予定』だったのでしょう。ですが残念ながら、そのプロジェクトは予算不足と経営不振により、二十四時間繰り上げて強制終了(シャットダウン)されましたの」


「強制終了だと!? 勝手なことを言うな! 僕はまだ振られていない! 僕が君を振るんだ!」


「まあ、殿下ったら。振るのも振られるのも、契約が解消されれば結果は同じではありませんこと? それとも、どうしても公衆の面前で恥をかきたいという、特殊な性癖(しこう)をお持ちなのかしら」


クロナは一歩、ジュリアンに歩み寄った。
その瞳には、一欠片の情も、怒りすらもない。ただ、出来の悪い計算式を見るような、冷徹な観察眼だけがあった。


「いいですか、ジュリアン殿下。貴方が企画されていた『卒業パーティーでの婚約破棄イベント』には、多額の運営費が必要でした。会場の照明、音楽、そして何より、貴方の不貞を黙認していただくための、周囲への口止め料……。それらは全て、ロベール侯爵家の提供によるものでした」


「それがどうした! 婚約者ならそれくらい当然だろう!」


「過去形ですわ、殿下。先ほど、陛下が解消を承認されました。つまり、今の貴方と私は、ただの『多額の債務を抱えた王子』と『その債権者』という関係にすぎません」


クロナは、サーシャから受け取った手帳をパラパラとめくった。


「明日のパーティー会場。既にロベール家が手配した花や飾り付けは、全て撤去作業に入っております。殿下がリリィ様と踊るための特設ステージも、今頃は薪にでもなっていることでしょう。……スポンサーのいない舞台で、一体誰が貴方の独り芝居を見てくださるのかしら?」


ジュリアンは、口をパクパクとさせて絶句した。
彼にとって、世界は常に自分を中心に回っていた。
クロナという便利な道具が、自分の意志で自分を切り捨てるなど、想定の範囲外だったのだ。


「あ、あと……これもお伝えしておかなくては」


クロナは思い出したように、悪戯っぽく目を細めた。


「殿下がリリィ様のために用意した、あの『真実の愛を誓うための特注リング』。……あちらの支払いも、私の口座からの引き落とし設定になっておりましたので、先ほどキャンセルしておきましたわ。今頃、宝石商が殿下の元へ、キャンセル料の請求に向かっているはずです」


「な、ななな……! あの指輪をキャンセルしたのか!? リリィがあんなに楽しみにしていたのに!」


「真実の愛に、高価な石など不要でしょう? 河原の石ころでも磨いて差し上げればよろしいじゃない。……あ、でも河原までの馬車代も、もう我が家からは出ませんので、徒歩で行かれることをお勧めいたしますわ」


「クロナ……! 君、君は……なんて冷酷な女なんだ!」


ジュリアンの罵倒を、クロナは心地よい音楽でも聴くかのように受け流した。


「冷酷? いいえ、合理的と言ってちょうだい。……陛下、これ以上の問答は時間の無駄かと存じます。私は失礼させていただきますわね」


「……ああ。行け、クロナ。ジュリアン、お前はそこに直れ。……国王としてではなく、一人の『被害者』として、お前にたっぷりと教育を施してやる」


国王の低い声が響く中、クロナは今度こそ、一度も振り返ることなく部屋を後にした。


廊下に出ると、夜の冷たい空気が頬を撫でる。


「お嬢様、殿下の『僕が振る予定だったのに』というセリフ、今週のワースト一位に決定ですね」


サーシャが呆れ果てた顔で言った。


「本当に。あんなに自分の立場を理解していない人間が、この国の王子だったなんて……。投資先を間違えた自分を、猛省したくなるわね」


「ですが、これで本当におしまいですわ。明日のパーティー、お嬢様はどうされるおつもりで?」


「もちろん、出席しますわよ。招待状は既に届いていますし、何より『隣国の公爵閣下』という、最高にステータスの高いエスコートが来てくださるんですもの。……マリス王国の皆さんに、本当の『知性の輝き』というものを見せてあげなくては」


クロナは、窓の外に広がる星空を見つめた。
そこには、数字と論理、そして少しの「ときめき」に満ちた、新しい世界が広がっているように見えた。


「(さあ、明日はどんなドレスを着ようかしら。……そうね、血のように赤く、そして金貨のように輝く、最高に品のない……いえ、最高に『強欲』なドレスにしましょうか)」


不敵な笑みを浮かべた悪役令嬢(自称)の足取りは、もはや誰にも止められないほど、軽快で容赦のないものになっていた。
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