婚約破棄されたので、とりあえず王太子のことは忘れます!

パリパリかぷちーの

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王国中が、「クライネルトの聖女」誕生の喜びに沸き立っている、まさにその裏側で。
王宮の一室、エミリア・ベルンシュタインの心は、暗く冷たい憎悪の炎に焼かれていた。

「聖女ですって……? ふざけないで……!」

鏡に映る自分の顔が、嫉妬で醜く歪んでいる。
あの女、リーチュ。
自分が悪役令嬢として追いやったはずのあの女が、今や国中の尊敬と賞賛を一身に集めている。
そして、ジークフリート様の心も、もはや自分にはない。
全て、あの女に奪われた。

(許さない……。このまま、終わらせてなるものですか……!)

追い詰められたエミリアは、正気を失った思考の果てに、最後の、そして最悪の悪あがきを思いつく。
彼女は、密かに懇意にしていた隣国ガルニアの下級貴族に、一通の密書を送った。

『特効薬の製法に関する、極秘の情報あり。見返りとして、この度の伝染病は、クライネルト公爵家が利益のために仕組んだものであるという噂を、ガルニア国内で流していただきたい』

それは、もはや単なる嫉妬からの嫌がらせではない。
国家の機密を売り渡し、国を救った英雄を貶めようとする、紛れもない売国行為だった。

しかし、エミリアの浅はかな策略は、全て、王国騎士団の情報網に筒抜けだった。

「団長、釣れましたぜ。とんでもない大物が」

騎士団本部の執務室で、副団長のダリウスが、押収した密書をアシュトンの前に置いた。
その内容に目を通したアシュトンの灰色の瞳が、絶対零度の光を宿す。

「……愚かな」

アシュトンは、その足で、ダリウスと共に国王と王太子の元へ向かった。
密書と共に、これまでの調査で掴んでいた、ポーションに関する黒い噂の発信源がエミリアであったという、決定的な証拠を突きつける。

「な……」

ジークフリートは、言葉を失った。
顔面は蒼白になり、自分の足元が崩れ落ちていくような感覚に襲われる。
自分が「真実の愛」だと信じた少女の、これが本性。
嫉妬に狂い、国すら売ろうとした、醜い裏切り者の姿。
そして、そんな女の言葉を鵜呑みにし、本当に価値あるものを捨てた、自分自身の愚かさ。
その全てが、一度に彼に襲いかかってきた。

その日の午後。
王宮の謁見の間に、何も知らされていないエミリアが、優雅な足取りで現れた。
ジークフリート様に、ようやくお会いできる。
その一心で、今日のために新調した、一番可憐に見えるドレスを身にまとって。

しかし、そこに待ち受けていたのは、甘い逢瀬ではなかった。
玉座の国王、その隣に立つジークフリート、そして、ずらりと並んだ大臣たちと、鎧姿のアシュトン。
その、まるで罪人を裁くかのような布陣に、エミリアの背筋を、冷たい汗が伝った。

「エミリア・ベルンシュタイン」

ジークフリートが、感情の感じられない、平坦な声で彼女の名を呼んだ。
彼は、もはやエミリアの瞳を、見ようとはしなかった。

「そなたに、重大な嫌疑がかかっている。一つは、王国の安寧を乱す悪質な噂を流布した罪。そしてもう一つは……」

ジークフリートは、一度言葉を切り、絞り出すように続けた。

「国家反逆罪である」

「……っ!?」

エミリアの顔から、血の気が引いた。

「ち、違います! 何かの間違いですわ! それは全て、あの女……リーチュ・フォン・クライネルトが、わたくしを陥れるために仕組んだ罠に違いありません!」

最後まで、見苦しく足掻く。
可憐な少女の仮面を被り、涙を浮かべて、悲劇のヒロインを演じようとする。
かつてのジークフリートならば、その姿に心を動かされたかもしれない。
だが、今の彼には、その涙が、ひどく汚れたものにしか見えなかった。

「黙れ」

アシュトンが、静かだが、有無を言わせぬ声で、動かぬ証拠である密書を、彼女の目の前に投げ出した。
そこに書かれた、自分の筆跡。
それを見た瞬間、エミリアの顔が、絶望に歪んだ。

「ああ……あ……」

全てを失ったことを悟り、彼女は、その場にへなへなと崩れ落ちた。
もはや、その場にいる誰一人として、彼女に同情の目を向ける者はいなかった。

玉座から、国王の、厳かな裁きの声が響き渡る。

「エミリア・ベルンシュタイン。そなたの罪は、断じて許されるものではない。ベルンシュタイン家は、本日をもって爵位を剥奪、全領地を没収とする! そなた自身については、終生、北の聖女修道院へ幽閉することを命じる!」

それは、事実上の、社会的な死の宣告だった。

***

その騒動の顛末を、リーチュがアシュトンから聞いたのは、数日後、離宮に戻ってからのことだった。
特効薬の量産体制を宮廷薬師たちに引き継ぎ、ようやく彼女は穏やかな日常へと帰ってきたのだ。

「……そうですか」

エミリアの末路を聞いても、リーチュの表情は変わらなかった。
彼女は、アシュトンの淹れてくれたハーブティーを一口飲むと、窓の外に広がる自分の薬草園に目を向けた。

「他人の不幸は、わたくしの幸せにはなりませんわ。それよりも、わたくしは、この薬が、一人でも多くの人を救うことだけを願っています」

その横顔は、どこまでも清廉で、穏やかだった。
「聖女」という称号が、彼女には、驚くほどしっくりときていた。
王宮の薄汚い権力争いは、もう、彼女のいる世界とは、全く別の場所の話になっていたのだ。
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