婚約破棄で、おひとり様になれるはずだったのに!?

パリパリかぷちーの

文字の大きさ
18 / 28

18

しおりを挟む
「……決めたわ」

ルシアンは、朝のコーヒー(キースが豆から挽いた最高級品)を飲み干すと、重々しく宣言した。

「……何をだ」

向かいの席で新聞を読んでいたキースが顔を上げる。

「地上は、もう限界です」

ルシアンは窓の外を指差した。

そこには、先日の『ルシアン、キレる』事件以降、心を入れ替えた(というより恐怖で洗脳された)信者たちが、音もなく供物を置いていく姿があった。

彼らは忍者のように忍び寄り、野菜や果物、時には高価な宝石などを玄関前に置き、音もなく合掌して去っていく。

物理的な騒音は消えた。

だが、気配がうるさい。

「……視線を感じるのです。彼らの『聖女様、今日も静かに呼吸していて尊い……』という重たい念が、壁を透過して私の肌を刺すのです」

「……敏感すぎるな」

「私は繊細なのです。このままでは、ストレスでハゲます」

ルシアンはテーブルに両手をつき、身を乗り出した。

「そこで、新プロジェクトを始動します。名付けて『地下帝国引きこもり計画』」

「……帝国?」

「比喩です。要するに、地下室が欲しいのです。地上の音が一切届かず、誰の視線も感じない、完全なる防音シェルターが」

ルシアンは夢を語るように目を輝かせた。

「窓はいりません。日光は魔石ランプで代用します。壁は鉛とコンクリート……いえ、魔力遮断素材で三重に。入り口は一つだけ。そこを厳重にロックすれば、私は真の『孤独』を手に入れられるのです!」

キースは新聞を置き、少し考え込んだ。

「……地下か」

「無理ですか? 貴方なら、穴を掘るくらい朝飯前でしょう?」

「……穴を掘るだけならな。……だが、居住スペースとなると、換気、排水、崩落防止……工数は多い」

「そこをなんとか! 一生のお願いです!」

ルシアンが拝むように頼むと、キースはふっと笑った。

「……一生のお願い、何回目だ?」

「今月はまだ三回目です」

「……分かった」

キースは立ち上がり、床をドンと踏んだ。

「……やるなら、徹底的にやる。……俺の『本気』を見せてやる」

「え? あ、はい。……ほどほどにお願いしますね?」

ルシアンは一抹の不安を覚えたが、キースの頼もしい背中を見て、まあ大丈夫だろうと判断した。

それが間違いだった。

***

翌日。

ルシアンが目覚めると、地響きがしていた。

ズズズズズ……。

「……地震?」

慌てて外に出ると、庭が『工事現場』と化していた。

それも、ただの工事ではない。

数十人、いや百人近い黒装束の集団が、蟻のように群がり、無言で作業を進めているのだ。

彼らの動きは統率されており、機械のように正確だ。

土魔法で地面を掘削する班。

掘り出した土を転移魔法で消去する班。

結界魔法で地盤を固める班。

「……なんなの、これ」

ルシアンが呆然としていると、現場監督らしき黒装束(頭に『現場』と書かれた鉢巻をしている)が駆け寄ってきた。

「おはようございます、聖女様! 閣下の命により、地下要塞……いえ、地下室の建設を進めております!」

「要塞って言いかけましたよね?」

「気のせいです! 現在、進捗率は40%! 本日の夕方には竣工予定です!」

「夕方!? 地下室って一日で作れるものなのですか!?」

「我ら『影の騎士団』工兵部隊にかかれば、城の一つや二つ、一夜城です!」

国家の最高戦力を土木工事に使うな。

ルシアンが頭を抱えていると、地下からキースが上がってきた。

彼は作業着(つなぎ)を着て、顔に煤をつけていたが、その表情は生き生きとしていた。

「……ルシアン、起きたか」

「キースさん、これ、規模が大きすぎませんか? 私は六畳一間の書斎があればいいのですが」

「……甘い」

キースは図面(青写真)を広げた。

「……地下は湿気が溜まる。……広大な空間と、循環システムが必要だ」

「それは分かりますけど」

「……それに、緊急時の避難経路、食料備蓄庫、武器庫、トレーニングルーム、大浴場、サウナ……必要経費だ」

「サウナ!? いりませんよそんなもの!」

「……俺がいる」

「貴方の欲望じゃないですか!」

「……整うぞ」

キースは聞く耳を持たなかった。

「……完成を楽しみにしていろ。……地上の騒音など、過去のものにしてやる」

彼は再び地下深くへと潜っていった。

***

そして、夕方。

「……完成した」

キースが煤だらけの顔で、白い歯を見せて笑った。

「……案内する」

ルシアンは恐る恐る、新設された地下への階段を降りた。

重厚な鉄の扉(銀行の金庫のようなハンドルがついている)が開かれる。

プシュウゥゥ……。

気密性の高さを物語る音がして、中へと足を踏み入れる。

「…………」

ルシアンは言葉を失った。

そこは、地下室ではなかった。

『地下宮殿』だった。

壁は大理石(のように見える魔法素材)で覆われ、天井は高く、魔石のシャンデリアが昼間のように明るく輝いている。

床にはふかふかの絨毯。

壁一面の本棚には、古今東西の書物がびっしりと並べられている(いつの間に集めたのか)。

「……なにこれ」

「……リビングだ」

キースがスイッチを押すと、壁の一部が開き、巨大なスクリーン(映写魔道具)が現れた。

「……映画も見れる」

「……すごい」

奥へ進むと、最新鋭のキッチン、キングサイズのベッドがある寝室、そして……。

「……ここが、大浴場だ」

湯気が立ち込める、檜(ひのき)風呂。

打たせ湯、ジャグジー、そして宣言通りのサウナ。

「……旅館?」

「……地下水脈を掘り当てた。……天然温泉だ」

「奇跡を起こしすぎです」

そして最後に、キースが案内したのは、一番奥にある小さな部屋だった。

「……ここが、本命だ」

扉を開ける。

そこは、四方を吸音材で囲まれた、真っ白な部屋だった。

机と椅子が一つずつ。

それ以外は何もない。

「……『完全無音室』だ」

キースが扉を閉めた。

瞬間。

シーン……。

音が、消えた。

自分の呼吸音すら吸収されるような、絶対的な静寂。

心臓の鼓動だけが、体内で響く。

「……ッ」

ルシアンは震えた。

これだ。

これこそが、私が求めていたものだ。

地上のざわめきも、鳥の声も、信者の念も、アランの幻聴も、何も聞こえない。

世界から切り離された、完璧な孤独。

「……どうだ」

キースの声だけが、クリアに聞こえた。

ルシアンはゆっくりと振り返り、キースを見上げた。

感動で目が潤んでいる。

「……最高です」

「……そうか」

「貴方は天才です。変態的なまでのこだわりを持つ天才です」

「……褒め言葉として受け取る」

ルシアンは部屋の中央にある椅子に座った。

座り心地も最高だ。

「ここでなら……小説が書けそうです」

「……小説?」

「ええ。実は、書いてみたいと思っていたのです。……静かな、誰にも邪魔されない物語を」

「……いい趣味だ」

キースは壁に寄りかかり、腕を組んだ。

「……執筆中は、俺も空気になろう」

「ええ、お願いします。……でも」

ルシアンは悪戯っぽく微笑んだ。

「コーヒーのおかわりは、持ってきてくださいね。……貴方の淹れたコーヒーがないと、筆が進みそうにありませんから」

「……承知した」

キースは嬉しそうに頷き、静かに部屋を出て行った。

扉が閉まる。

再び、完全なる静寂が訪れる。

だが、ルシアンは気づいた。

以前のような「寂しい静寂」ではない。

ドアの向こうに、あの人がいる。

いつでも美味しいコーヒーを持ってきてくれる、頼もしい『騒音(ノイズ)キャンセラー』がいる。

その安心感が、この静寂をより心地よいものにしているのだと。

「……さて、始めましょうか」

ルシアンは羽ペンを手に取った。

地下帝国での、優雅な執筆ライフの始まりである。

……はずだった。

だが、この完璧すぎる地下施設が、またしても予想外のトラブルを招くことになる。

「完全防音」ということは、「中で何を叫んでも外には聞こえない」ということ。

その特性を利用しようと、とんでもない『客』が迷い込んでくることを、二人はまだ知らなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約破棄される前に、帰らせていただきます!

パリパリかぷちーの
恋愛
ある日、マリス王国の侯爵令嬢クロナは、王子が男爵令嬢リリィと密会し、自分を「可愛げのない女」と罵り、卒業パーティーで「婚約破棄」を言い渡そうと画策している現場を目撃してしまう。 普通なら嘆き悲しむ場面だが、クロナの反応は違った。

王太子殿下から婚約破棄されたのは冷たい私のせいですか?

ねーさん
恋愛
 公爵令嬢であるアリシアは王太子殿下と婚約してから十年、王太子妃教育に勤しんで来た。  なのに王太子殿下は男爵令嬢とイチャイチャ…諫めるアリシアを悪者扱い。「アリシア様は殿下に冷たい」なんて男爵令嬢に言われ、結果、婚約は破棄。    王太子妃になるため自由な時間もなく頑張って来たのに、私は駒じゃありません!

謹んで、婚約破棄をお受けいたします。

パリパリかぷちーの
恋愛
きつい目つきと素直でない性格から『悪役令嬢』と噂される公爵令嬢マーブル。彼女は、王太子ジュリアンの婚約者であったが、王子の新たな恋人である男爵令嬢クララの策略により、夜会の場で大勢の貴族たちの前で婚約を破棄されてしまう。

婚約破棄、承りました!悪役令嬢は面倒なので認めます。

パリパリかぷちーの
恋愛
「ミイーシヤ! 貴様との婚約を破棄する!」 王城の夜会で、バカ王子アレクセイから婚約破棄を突きつけられた公爵令嬢ミイーシヤ。 周囲は彼女が泣き崩れると思ったが――彼女は「承知いたしました(ガッツポーズ)」と即答!

私が生きていたことは秘密にしてください

月山 歩
恋愛
メイベルは婚約者と妹によって、崖に突き落とされ、公爵家の領地に倒れていた。 見つけてくれた彼は一見優しそうだが、行方不明のまま隠れて生きて行こうとする私に驚くような提案をする。 「少年の世話係になってくれ。けれど人に話したら消す。」

私が嫌いなら婚約破棄したらどうなんですか?

きららののん
恋愛
優しきおっとりでマイペースな令嬢は、太陽のように熱い王太子の側にいることを幸せに思っていた。 しかし、悪役令嬢に刃のような言葉を浴びせられ、自信の無くした令嬢は……

10回目の婚約破棄。もう飽きたので、今回は断罪される前に自分で自分を追放します。二度と探さないでください(フリではありません)

放浪人
恋愛
「もう、疲れました。貴方の顔も見たくありません」 公爵令嬢リーゼロッテは、婚約者である王太子アレクセイに処刑される人生を9回繰り返してきた。 迎えた10回目の人生。もう努力も愛想笑いも無駄だと悟った彼女は、断罪イベントの一ヶ月前に自ら姿を消すことを決意する。 王城の宝物庫から慰謝料(国宝)を頂き、書き置きを残して国外逃亡! 目指せ、安眠と自由のスローライフ! ――のはずだったのだが。 「『顔も見たくない』だと? つまり、直視できないほど私が好きだという照れ隠しか!」 「『探さないで』? 地の果てまで追いかけて抱きしめてほしいというフリだな!」 実は1周目からリーゼロッテを溺愛していた(が、コミュ障すぎて伝わっていなかった)アレクセイ王子は、彼女の拒絶を「愛の試練(かくれんぼ)」と超ポジティブに誤解! 国家権力と軍隊、そしてS級ダンジョンすら踏破するチート能力を総動員して、全力で追いかけてきた!? 物理で逃げる最強令嬢VS愛が重すぎる勘違い王子。 聖女もドラゴンも帝国も巻き込んだ、史上最大規模の「国境なき痴話喧嘩」が今、始まる! ※表紙はNano Bananaで作成しています

断罪中、味方が多すぎて王子が孤立している件について

夏乃みのり
恋愛
バーンスタイン伯爵家の令嬢ラミリアは、魔力も剣の才能もない「ごく普通」の地味な女性。 ある日のパーティーで、婚約者であるジェラルド第二王子から「地味で無能で嫉妬深い」と罵られ、身に覚えのない罪で婚約破棄を突きつけられてしまう。 しかし、断罪劇は予想外の展開へ。

処理中です...