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あの日、疑惑の影を目撃してからというもの、フィオナは無意識のうちにアレクシス殿下とアリア嬢の動向に注意を払うようになっていた。
婚約破棄の計画は一旦保留。今は、自分の目で見たあの危険な光の正体を突き止めたいという思いの方が強かった。
そして、その日は思ったよりも早くやってきた。
放課後、フィオナが中庭を抜けて帰路につこうとした時のことだ。普段はあまり人が立ち入らない、古い温室の裏手から、小さな悲鳴が聞こえた気がした。
(今の声は……?)
胸に嫌な予感がよぎる。フィオナは息を潜め、慎重に音のした方へと近づいた。
生い茂った薔薇のアーチの向こうに、二つの人影が見える。アレクシス殿下と、アリア嬢だ。そして、二人の前には、フードを目深に被った一人の男が立ちはだかっていた。先週末に街で見かけた、あの男と雰囲気がよく似ている。
「ロセッティ嬢、我々と共に来ていただこう」
男が、くぐもった声で言う。その手には、鈍い光を放つ短剣が握られていた。
「いやっ……!」
アリアが恐怖に顔を歪ませる。アレクシス殿下は、即座にアリアを自分の背後にかばい、冷たい声で言い放った。
「下衆が。誰の許しを得て、その汚らわしい口を利いている」
その声には、いつもの穏やかさなど欠片もない。絶対零度の、支配者の声。
男は怯むことなく、短剣を構えて突進してきた。しかし、アレクシス殿下は慌てる素振りも見せず、腰に差していた儀礼用の細剣を抜き放つと、甲高い金属音と共にその一撃を受け止めた。
動きに一切の無駄がない。騎士科の生徒たちとは比べ物にならない、実戦で磨かれた剣技だった。
男は何度か斬りかかるが、全て軽くいなされてしまう。焦った男は、距離を取ると、懐から何かを取り出して投げつけた。魔力を帯びた、光の礫だ。
「危ない!」
フィオナが思わず声を上げそうになった瞬間、殿下はアリアを抱き寄せるようにして身を翻し、全ての礫をその身に受けた。
「殿下!」
アリアの悲鳴が響く。しかし、殿下は眉一つ動かさない。それどころか、彼の身体に当たったはずの光の礫は、まるで霧のように掻き消えていた。
男が「なっ!?」と驚愕の声を上げる。その一瞬の隙を、殿下は見逃さなかった。
彼は凄まじい速度で男に肉薄すると、剣の柄で鳩尾を強打し、短剣を蹴り飛ばす。男はぐぅ、と呻き声を上げて崩れ落ちたが、すぐに体勢を立て直すと、忌々しげに舌打ちをして、森の奥へと逃げていった。
殿下は深追いせず、まずアリアの無事を確かめる。
「怪我はないか、アリア」
「は、はい……。ですが、殿下こそ……!」
「私は問題ない。……必ず、私が君を守る。誰にも指一本触れさせはしない」
それは、恋人にかける甘い言葉ではなかった。
守るべき者を前にした、騎士の、そして王太子の、固い誓いの言葉だった。
薔薇のアーチの陰で、フィオナは全ての光景を目に焼き付けていた。
(やはり、そうだったのね……)
ただの浮気ではない。この二人の間には、命がけの、何か特別な事情がある。
フィオナの中で、アレクシス殿下という存在が、ガラガラと音を立てて崩れ、再構築されていくのを感じた。
婚約破棄の計画は一旦保留。今は、自分の目で見たあの危険な光の正体を突き止めたいという思いの方が強かった。
そして、その日は思ったよりも早くやってきた。
放課後、フィオナが中庭を抜けて帰路につこうとした時のことだ。普段はあまり人が立ち入らない、古い温室の裏手から、小さな悲鳴が聞こえた気がした。
(今の声は……?)
胸に嫌な予感がよぎる。フィオナは息を潜め、慎重に音のした方へと近づいた。
生い茂った薔薇のアーチの向こうに、二つの人影が見える。アレクシス殿下と、アリア嬢だ。そして、二人の前には、フードを目深に被った一人の男が立ちはだかっていた。先週末に街で見かけた、あの男と雰囲気がよく似ている。
「ロセッティ嬢、我々と共に来ていただこう」
男が、くぐもった声で言う。その手には、鈍い光を放つ短剣が握られていた。
「いやっ……!」
アリアが恐怖に顔を歪ませる。アレクシス殿下は、即座にアリアを自分の背後にかばい、冷たい声で言い放った。
「下衆が。誰の許しを得て、その汚らわしい口を利いている」
その声には、いつもの穏やかさなど欠片もない。絶対零度の、支配者の声。
男は怯むことなく、短剣を構えて突進してきた。しかし、アレクシス殿下は慌てる素振りも見せず、腰に差していた儀礼用の細剣を抜き放つと、甲高い金属音と共にその一撃を受け止めた。
動きに一切の無駄がない。騎士科の生徒たちとは比べ物にならない、実戦で磨かれた剣技だった。
男は何度か斬りかかるが、全て軽くいなされてしまう。焦った男は、距離を取ると、懐から何かを取り出して投げつけた。魔力を帯びた、光の礫だ。
「危ない!」
フィオナが思わず声を上げそうになった瞬間、殿下はアリアを抱き寄せるようにして身を翻し、全ての礫をその身に受けた。
「殿下!」
アリアの悲鳴が響く。しかし、殿下は眉一つ動かさない。それどころか、彼の身体に当たったはずの光の礫は、まるで霧のように掻き消えていた。
男が「なっ!?」と驚愕の声を上げる。その一瞬の隙を、殿下は見逃さなかった。
彼は凄まじい速度で男に肉薄すると、剣の柄で鳩尾を強打し、短剣を蹴り飛ばす。男はぐぅ、と呻き声を上げて崩れ落ちたが、すぐに体勢を立て直すと、忌々しげに舌打ちをして、森の奥へと逃げていった。
殿下は深追いせず、まずアリアの無事を確かめる。
「怪我はないか、アリア」
「は、はい……。ですが、殿下こそ……!」
「私は問題ない。……必ず、私が君を守る。誰にも指一本触れさせはしない」
それは、恋人にかける甘い言葉ではなかった。
守るべき者を前にした、騎士の、そして王太子の、固い誓いの言葉だった。
薔薇のアーチの陰で、フィオナは全ての光景を目に焼き付けていた。
(やはり、そうだったのね……)
ただの浮気ではない。この二人の間には、命がけの、何か特別な事情がある。
フィオナの中で、アレクシス殿下という存在が、ガラガラと音を立てて崩れ、再構築されていくのを感じた。
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