もう何も奪わせない。私が悪役令嬢になったとしても。

パリパリかぷちーの

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王宮の大広間は、建国記念を祝う今宵の舞踏会のために、目も眩むほどの輝きに満ちていた。

天井からは巨大なシャンデリアが幾重にも吊り下がり、その無数の水晶が蝋燭の光を乱反射させて、まるで星空を逆さにしたかのように煌めいている。

床は大理石で磨き上げられ、貴族たちの華やかな衣装の裾を鏡のように映し出していた。

私は、侯爵令嬢エレノア・フォン・ヴァルガス。

この国の第一王子であるエドワード・フォン・ロートリンゲンの婚約者として、今夜も彼の隣に立つべくこの場所に来ていた。

今日の日のために誂えた深紅のドレスは、私の黒髪と対照をなし、我ながら悪くない仕上がりだと思っていた。

けれど、私の心は高揚するどころか、奇妙な不安に包まれていた。

ここ最近のエドワード様の態度は、どこかよそよそしかった。

幼い頃に結ばれた婚約。

私たちは、王家と侯爵家という国の重鎮同士の結びつきであると同時に、確かに心を通わせているはずだった。

少なくとも、私はそう信じていた。

オーケストラが優雅なワルツを奏でる中、私はホールの中央でエドワード様の姿を探した。

彼はいつも注目の的だ。

輝く金髪に、彫刻のように整った顔立ち。

王族としての気品と、若き指導者候補としての自信が彼を一層輝かせている。

すぐに見つかった。

けれど、彼は一人ではなかった。

彼の隣には、見たこともないほど可憐な少女が寄り添っていた。

淡いピンク色のドレスを纏い、守ってあげたくなるような儚げな瞳。

あれは確か、最近になって外交のために訪れているという、隣国の王女リリアン・フォン・エルステッド。

私はリリアン様を、妹のように思っていた。

病弱で、少し人見知りな彼女を王宮で見かけるたび、声をかけてきたつもりだった。

エドワード様が、そのリリアン様の腰に親しげに手を回している。

二人は何かを囁き合い、楽しそうに笑い合っていた。

その光景を見た瞬間、私の胸を冷たい何かが貫いた。

周囲の喧騒が遠のいていく。

私がその場に立ち尽くしていると、エドワード様がふとこちらに視線を向けた。

目が合った。

彼の青い瞳が、私を捉える。

しかし、そこにいつものような優しさはなかった。

あったのは、氷のような冷たさと、何かを決断した者の揺るぎない意志。

彼はリリアン様の手を取り、私の方へと真っ直ぐに歩いてきた。

音楽が、止まった。

あれほど響き渡っていた喧騒が嘘のように静まり返り、広間にいた全ての貴族たちの視線が、私たち三人に集中するのが分かった。

息が詰まる。

「エレノア」

エドワード様が私の名前を呼んだ。

その声の冷たさに、私は背筋が凍る思いだった。

「はい、エドワード様」

声を絞り出し、淑女の仮面を貼り付けるのが精一杯だった。

「皆も聞いてくれ。今ここで、発表したいことがある」

エドワード様は、私の返事には構わず、周囲を見渡して高らかに宣言した。

リリアン様は、彼の腕の後ろに隠れるようにして、怯えたような目で私を見上げている。

ああ、なんて痛々しい。

なんて、可憐なのだろう。

「私は、エレノア・フォン・ヴァルガス嬢との婚約を、これより破棄する!」

その言葉は、雷鳴のようにホールに響き渡った。

時間が止まったかと思った。

何を、言われた?

婚約を、破棄?

「エドワード、様……?今、なんとおっしゃいまし……」

「聞こえなかったのか。君との婚約は破棄する。君のような、感情の読めない冷たい女は、私の隣にふさわしくない」

冷たい、女。

私が、いつ。

「私の隣に必要なのは、彼女だ」

エドワード様はそう言って、隠れていたリリアン様をぐっと自分の隣に引き寄せた。

リリアン様は、びくりと肩を震わせる。

「リリアンこそ、私の妃にふさわしい。この可憐で、純粋な花のような女性だ」

「ああ……」

周囲から、どよめきと、抑えきれない囁き声が波のように広がっていく。

「なんてことだ……」
「ヴァルガス侯爵令嬢が、公の場で……」
「しかし、リリアン王女はなんと可愛らしい……」

すべてが、他人事のように聞こえる。

頭が真っ白だった。

長年、妃となるべく教育を受け、感情を抑え、エドワード様を支えることだけを考えて生きてきた。

それが、冷たい女?

私が必死に築き上げてきたものは、この瞬間に、私の愛した人によって、粉々に打ち砕かれた。

リリアン様が、涙ぐみながら私を見た。

「ごめんなさい、エレノア様……。私、エドワード様のお気持ちを、止められなくて……」

その言葉が、私の混乱した頭に、最後の追い打ちをかけた。

ああ、そう。

そういうこと。

私が、悪者なのね。

この可憐な少女から、未来の王を奪おうとした、冷たい悪役。

「もう貴女のような冷たい女は要らない。私の隣には、リリアンのような可憐な花が相応しい」

エドワード様は、私に最後通告のようにそう言い放った。

奪われた。

婚約者を。

私の未来を。

私の、尊厳を。

視界が歪み始める。

立っているのがやっとだった。

ここで倒れるわけにはいかない。

侯爵令嬢としてのプライドが、かろうじて私を支えていた。

しかし、無情にも私の体は言うことを聞かず、膝から力が抜けていく。

床に手をつく直前、私の視界の端に、信じられないものを見るようなエドワード様の顔と、その隣で小さく勝利の笑みを浮かべたリリアン様の顔が映った気がした。

そして、私の意識は、深い闇へと落ちていった。
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