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重い頭痛と共に、私はゆっくりと目を開けた。
見慣れた自室の天井がぼんやりと霞んで見える。
柔らかな天蓋カーテン越しの光が、まだ朝が浅いことを示していた。
昨夜の出来事は、悪夢だったのではないか。
そうであってほしいと願いながら体を起こそうとしたが、鉛を飲んだかのように重く、きしむように痛んだ。
「お嬢様、お気づきになられましたか」
心配そうな声がして、視線を向けると、長年私に仕えてくれている侍女のアンナが涙を浮かべて立っていた。
その表情が、昨夜の惨劇が現実であったことを無慈悲に突きつけてくる。
「……どれくらい、眠っていたの」
掠れた声しか出なかった。
「昨夜、旦那様(だんなさま)が王宮からお連れ帰りになって……。丸一日、お眠りになっておいででした」
丸一日。
私はあの後、気を失い、父である侯爵に抱えられて屋敷に連れ戻されたというわけだ。
これ以上ない屈辱だった。
アンナがそっと水差しを差し出してくれる。
冷たい水が乾いた喉を潤していくが、心の渇きは満たされない。
「下がってちょうだい、アンナ。一人になりたいわ」
「しかし、お食事を……」
「いらないわ。お願いだから、一人にして」
アンナは何か言いたげに唇を噛んだが、やがて静かに一礼して部屋を出ていった。
ぱたん、と扉が閉まる音だけが、広い部屋に虚しく響く。
私は再びベッドに倒れ込んだ。
昨夜の光景が、何度も何度も頭の中で再生される。
エドワード様の、私を見る氷のような瞳。
「君のような、感情の読めない冷たい女は、私の隣にふさわしくない」
冷たい女。
私が、冷たいですって?
ふざけないで。
私は、あなたのためにどれだけ感情を殺してきたと思っているの。
幼い頃から、未来の王妃として完璧であるようにと教育されてきた。
どんなに辛いことがあっても涙を見せず、どんなに理不尽な要求にも笑顔で応え、常にエドワード様の一歩後ろを歩き、彼を立ててきた。
それが、私の役目だと信じていたから。
彼が王になった時、隣で彼を支えるのは私だと、疑ったことすらなかった。
あの優しい笑顔が好きだった。
時折見せる弱さも、私だけが知っているのだと誇りに思っていた。
それらすべてが、私の傲慢な思い込みだったというのか。
そして、リリアン・フォン・エルステッド。
あの儚げな、守ってあげたくなるような隣国の王女。
私は彼女を、実の妹のように可愛がっていたつもりだった。
王宮で迷っているところを助けたのが最初の出会いだったか。
人見知りで、すぐ不安そうな顔をする彼女を放っておけず、お茶会に誘ったり、ドレスを選んであげたりもした。
エドワード様に正式に紹介したのも、私だった。
「素敵な方ね、エレノア様。エドワード様は、あなたのような方が婚約者で本当に幸せね」
そう言って、天使のように微笑んでいた彼女の顔が脳裏に浮かぶ。
あの言葉は、すべて嘘だったというの。
あの純粋無垢に見えた瞳の奥では、私から婚約者を奪い取る算段を立てていたというの。
思い返せば、違和感はあった。
ここ数ヶ月、リリアン様がエドワード様と「偶然」出会うことが増えていた。
私がエドワード様と二人きりになろうとすると、どこからともなく現れては「ごめんなさい、お邪魔でしたか?」と怯えたように謝るのだ。
その度に、エドワード様は私を咎めるような目で見た。
「エレノア、リリアン王女を怖がらせてはいけない。君は少し、態度が冷たい」
私が、冷たい?
違う。
あれは、計算ずくだったのだ。
彼女は自分の可憐さと弱さを完璧に理解し、それを武器にしてエドワード様の庇護欲を刺激した。
そして、私を「婚約者という立場にあぐらをかく、冷たく意地の悪い女」に仕立て上げたのだ。
まんまと、騙された。
一番信じていた婚約者と、妹のように思っていた友人の両方に。
「ああ……っ」
堪えきれず、声が漏れた。
涙が、シーツに染みを作っていく。
悔しい。
悲しい。
惨めだ。
なぜ、私がこんな目に。
私が何をしたというの。
ただ、真面目に、誠実に、自分の役目を果たそうと生きてきただけなのに。
すべてを奪われた。
築き上げてきたものも、信じていたものも、未来さえも。
この絶望の底から、どうやって這い上がればいいのか。
光など、どこにも見えなかった。
私はただ、泣くことしかできなかった。
部屋の時計の音だけが、時が止まったかのようなこの部屋で、無情にも時を刻み続けていた。
見慣れた自室の天井がぼんやりと霞んで見える。
柔らかな天蓋カーテン越しの光が、まだ朝が浅いことを示していた。
昨夜の出来事は、悪夢だったのではないか。
そうであってほしいと願いながら体を起こそうとしたが、鉛を飲んだかのように重く、きしむように痛んだ。
「お嬢様、お気づきになられましたか」
心配そうな声がして、視線を向けると、長年私に仕えてくれている侍女のアンナが涙を浮かべて立っていた。
その表情が、昨夜の惨劇が現実であったことを無慈悲に突きつけてくる。
「……どれくらい、眠っていたの」
掠れた声しか出なかった。
「昨夜、旦那様(だんなさま)が王宮からお連れ帰りになって……。丸一日、お眠りになっておいででした」
丸一日。
私はあの後、気を失い、父である侯爵に抱えられて屋敷に連れ戻されたというわけだ。
これ以上ない屈辱だった。
アンナがそっと水差しを差し出してくれる。
冷たい水が乾いた喉を潤していくが、心の渇きは満たされない。
「下がってちょうだい、アンナ。一人になりたいわ」
「しかし、お食事を……」
「いらないわ。お願いだから、一人にして」
アンナは何か言いたげに唇を噛んだが、やがて静かに一礼して部屋を出ていった。
ぱたん、と扉が閉まる音だけが、広い部屋に虚しく響く。
私は再びベッドに倒れ込んだ。
昨夜の光景が、何度も何度も頭の中で再生される。
エドワード様の、私を見る氷のような瞳。
「君のような、感情の読めない冷たい女は、私の隣にふさわしくない」
冷たい女。
私が、冷たいですって?
ふざけないで。
私は、あなたのためにどれだけ感情を殺してきたと思っているの。
幼い頃から、未来の王妃として完璧であるようにと教育されてきた。
どんなに辛いことがあっても涙を見せず、どんなに理不尽な要求にも笑顔で応え、常にエドワード様の一歩後ろを歩き、彼を立ててきた。
それが、私の役目だと信じていたから。
彼が王になった時、隣で彼を支えるのは私だと、疑ったことすらなかった。
あの優しい笑顔が好きだった。
時折見せる弱さも、私だけが知っているのだと誇りに思っていた。
それらすべてが、私の傲慢な思い込みだったというのか。
そして、リリアン・フォン・エルステッド。
あの儚げな、守ってあげたくなるような隣国の王女。
私は彼女を、実の妹のように可愛がっていたつもりだった。
王宮で迷っているところを助けたのが最初の出会いだったか。
人見知りで、すぐ不安そうな顔をする彼女を放っておけず、お茶会に誘ったり、ドレスを選んであげたりもした。
エドワード様に正式に紹介したのも、私だった。
「素敵な方ね、エレノア様。エドワード様は、あなたのような方が婚約者で本当に幸せね」
そう言って、天使のように微笑んでいた彼女の顔が脳裏に浮かぶ。
あの言葉は、すべて嘘だったというの。
あの純粋無垢に見えた瞳の奥では、私から婚約者を奪い取る算段を立てていたというの。
思い返せば、違和感はあった。
ここ数ヶ月、リリアン様がエドワード様と「偶然」出会うことが増えていた。
私がエドワード様と二人きりになろうとすると、どこからともなく現れては「ごめんなさい、お邪魔でしたか?」と怯えたように謝るのだ。
その度に、エドワード様は私を咎めるような目で見た。
「エレノア、リリアン王女を怖がらせてはいけない。君は少し、態度が冷たい」
私が、冷たい?
違う。
あれは、計算ずくだったのだ。
彼女は自分の可憐さと弱さを完璧に理解し、それを武器にしてエドワード様の庇護欲を刺激した。
そして、私を「婚約者という立場にあぐらをかく、冷たく意地の悪い女」に仕立て上げたのだ。
まんまと、騙された。
一番信じていた婚約者と、妹のように思っていた友人の両方に。
「ああ……っ」
堪えきれず、声が漏れた。
涙が、シーツに染みを作っていく。
悔しい。
悲しい。
惨めだ。
なぜ、私がこんな目に。
私が何をしたというの。
ただ、真面目に、誠実に、自分の役目を果たそうと生きてきただけなのに。
すべてを奪われた。
築き上げてきたものも、信じていたものも、未来さえも。
この絶望の底から、どうやって這い上がればいいのか。
光など、どこにも見えなかった。
私はただ、泣くことしかできなかった。
部屋の時計の音だけが、時が止まったかのようなこの部屋で、無情にも時を刻み続けていた。
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