もう何も奪わせない。私が悪役令嬢になったとしても。

パリパリかぷちーの

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東の辺境領は、王都とは比べ物にならないほど、厳しい冬を迎えようとしていた。

俺、エドワード・フォン・ロートリンゲンは、王位継承権と、第一王子という身分の一切を剥奪され、この凍てつくような土地に、事実上、追放されてから、もう数ヶ月が経とうとしていた。

かつて住んでいた王宮の豪奢な部屋とは、似ても似つかない。

与えられたのは、古い砦の中の、石造りの、暖炉だけが暖を取る手段の、殺風景な一室だった。

「……また、嵐になるか」

窓の外で荒ぶ風の音を聞きながら、俺は、硬くなったパンを、味気なく口に運ぶ。

追放された当初、俺は、絶望と後悔に打ちのめされていた。

エレノアに拒絶された、あの夜の、冷たい瞳。

リリアンに欺かれていた、自らの愚かさ。

全てを失ったという、現実。

俺の監視役を兼ねている砦の兵士たちは、時折、王都からの噂を、わざと俺の耳に入れるかのように、口にした。

「聞いたか。あのヴァルガス家の令嬢が、今度は『商会』なるものを、お立ち上げになったそうだ」

「王家からふんだくった利権で、大儲けを企んでいると……。なんと、恐ろしい『商人令嬢』だ」

その噂を聞くたび、俺の胸は、ナイフで抉られるように痛んだ。

エレノアが、俺の知らない場所で、俺の知らない顔で、活躍している。

俺の「所有欲」が、まだ、醜く残っていたのだ。

なぜ、俺の隣で、その才能を発揮してくれなかったのか、と。

だが、この辺境での生活は、そんな俺の、腐りきった感傷を、許しはしなかった。

ここでは、「元王子」という肩書きなど、何の役にも立たない。

生きるためには、働くしかなかった。

俺は、生まれて初めて、自らの手で、薪を割り、水を運び、凍える畑で、領民たちと共に、乏しい作物の収穫を手伝った。

泥に塗れ、手の皮が擦り切れ、疲れ果てて眠る。

そんな日々が、俺の、傲慢に膨れ上がっていた自尊心を、少しずつ、削り落としていった。

「……あんた、元王子様なんだってな」

ある日、一緒に畑を耕していた老人が、歯の抜けた口で笑いかけてきた。

「見る影もねえが、その手は、ようやく『働く男』の手になったな」

俺は、自分の、節くれだち、傷だらけになった手のひらを見つめた。

王宮にいた頃、俺が握っていたのは、羽ペンか、儀礼用の剣だけだった。

俺は、この時、初めて「自分」で何かを成したという、小さな、しかし、確かな実感を得ていた。

そして、その時、俺は、ようやく、本当の意味で、エレノアを理解した。

彼女が、今、王都でやっていること。

それは、俺がかつて彼女に求めた「妃」という、窮屈な「記号」の中では、到底できなかったことだ。

俺が、愚かにも、彼女との婚約を破棄した。

リリアンの嘘に踊らされた。

王妃が、彼女を追い詰めた。

その、俺たちの愚行こそが、皮肉にも、彼女を「侯爵令嬢」という名の籠から、解き放ったのだ。

彼女は、俺がいなくても、平然と生きていける。

いや、俺が「いない」からこそ、彼女の、あの恐るべき聡明さと、指導者としての才能が、開花したのだ。

俺は、彼女の「足枷」でしかなかった。

その真実にたどり着いた時、俺の胸を焼いていた「後悔」と「所有欲」は、不思議なほど、静かに消え去っていた。

代わりに、そこにあったのは、途方もない「尊敬」の念だった。

俺は、あんなにも素晴らしい女性の、価値を見誤っていたのだ。

「……もう、いい」

ある夜、俺は、砦の長に、静かに告げた。

「王都の噂は、もう、わたくしの耳に入れないでくれ」

「……殿下」

「わたくは、もう、殿下ではない。ただの、エドワードだ」

俺は、窓の外の、凍てつく星空を見上げた。

王都も、同じ星空の下にあるだろうか。

「彼女は、彼女の戦いをしている。……わたくしなどが心配するまでもなく、彼女は彼女が望む国を作っていくだろう」

俺は、自らの過ちを深く反省した。

そして、その反省の果てに俺はようやく本当の意味で「成長」したのだ。

全てを失った人間が、初めて手に入れる、他者の幸福を心から願うという感情を。

「……エレノア」

俺は、誰にも聞こえない声で呟いた。

「君の、幸せを、願っている」

もはや、彼女を取り戻したいとは思わない。

ただ、友人としてと呼ぶことすらおこがましいが。

かつて君の傍らにいた者として、遠くこの辺境の地から君の成功を見守ること。

それが、俺に残された唯一の償いなのだと悟った。
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みんなの感想(2件)

hiyo
2026.01.24 hiyo

とても楽しく読ませて頂きました。読み易かったです。
有難うございました。

解除
taka
2025.11.10 taka
ネタバレ含む
解除

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