もう何も奪わせない。私が悪役令嬢になったとしても。

パリパリかぷちーの

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わたくしが設立した「ノブレス・リーブル(自由なる貴族)」商会は、王都の古い常識を、根底から揺さぶっていた。

侯爵令嬢が、自ら商いを立ち上げる。

それも、国王陛下から半ば強引に「管理」を任された、元腐敗貴族たちの利権を元手に。

社交界は、この前代未聞の事態に、三度、わたくしの噂で持ちきりだった。

「ついに、気が狂われた」

「金に汚い、商人令嬢」

好きに言わせておけばいい。

わたくしは、かつての侯爵邸の、埃をかぶった一室を改装し、商会の「執務室」としていた。

華やかなドレスは、もう着ていない。

動きやすく、しかし威厳を失わない、仕立ての良い乗馬服のような機能的なスーツ。

わたくしが、アルベール様が手配したマルタン工房の職人たちと、鉱石の新しい加工技術について議論を交わしている、その時だった。

「お嬢様」

執事のセバスチャンが、困惑した顔で入室してきた。

「どうしたのセバスチャン。今は、取り込んでいるのだけれど」

「それが……。クロンターリ伯爵邸の夜会でお会いになった……イザベラ子爵令嬢が、お嬢様との面会を、強く求めておいでです」

イザベラ。

わたくしの記憶が、瞬時に、あの夜会へと引き戻される。

わたくしが、初めて「悪役令嬢」の仮面を被り、公の場で叩き潰した、最初の相手。

彼女は、わたくしに皮肉を言われ、青ざめて逃げていったはず。

なぜ、今ごろ。

「……わかったわ。応接室へ」

わたくしが応接室に入ると、イザベラ嬢は、まるで断頭台にでも上るかのように、顔を真っ白にして震えていた。

あの夜会で着ていた派deなドレスとは違う、地味な訪問着だ。

わたくしの姿を認めるなり、彼女は椅子から転げ落ちるようにして、床に膝をついた。

「え、エレノア様!こ、この度は……!あ、あの……!」

言葉になっていない。

彼女が、わたくしに何を言いに来たのか。

「顔を上げなさい、イザベラ様。床で話をする趣味は、わたくしにはないわ」

わたくしの冷たい声に、彼女はびくりと肩を震わせ、おそるおそる椅子に戻った。

「も、申し訳ございません!わたくし、あの夜会で、エレノア様に、なんて無礼なことを……!」

彼女は、必死に謝罪の言葉を口にする。

「あの時のわたくしは、ただ、王妃様やリリアン王女に逆らうのが怖くて……!強い方になびいて、愚かなことを……!」

「……」

わたくしは、黙って彼女の告白を聞いていた。

以前のわたくしなら、この謝罪を聞いて、満足しただろうか。

「悪役令嬢」として、復讐が遂げられたと、高笑いでもしただろうか。

だが、今のわたくしの心は、驚くほど、何も感じていなかった。

「イザベラ様」

わたくしは、彼女の言葉を遮った。

「貴女が、わたくしに謝りに来たというのなら、その必要はございません」

「え……?」

「貴女があの夜会でわたくしにどう接したか。正直、わたくしは、もう、どうでもいいのです」

「ど、どうでも……」

イザベラ様は、呆然としている。

「わたくしは、忙しいの。貴女の過去の過ちを、今更、断罪している暇など、ないわ。……御用は、それだけ?」

わたくしが、立ち上がりかけた、その時。

イザベラ様が、叫んだ。

「違います!……いえ、それも、ありますが……!わたくしは、貴女と、取引がしたいのです!」

「……取引?」

わたくしは、初めて、彼女を「査定」するように、見つめ直した。

イザベラ様は、震えながらも、その瞳に、必死の「意志」を宿らせていた。

「わたくしの家、子爵家は、王妃様派閥に加担していたため、今、非常に……苦しい立場にあります。父も、領地の運営に、行き詰まって……」

「……」

「ですが、わたくしどもは、小さな港を領地に持っております!貴女が、大陸との交易を考えておいでなら、必ずや、お役に立てるはずです!」

彼女は、わたくしに、謝罪をしに来たのではない。

わたくしの「悪役令嬢」としての力ではなく、わたくしの「事業家」としての力を頼りに、生き残るための「交渉」をしに来たのだ。

わたくしは、思わず、小さく笑いを漏らした。

「……面白いわ」

「え……」

「あの夜会で、わたくしに媚を売ろうとした貴女は、愚かで、見るに堪えなかった。けれど、今、家の存続のために、わたくしという『悪女』に頭を下げ、取引を持ちかける貴女は……」

わたくしは、椅子に座り直し、彼女に、初めて笑みを見せた。

「……ずっと、好感が持てますわ」

イザベラ様は、信じられないという顔で、わたくしを見ている。

「その、港の話。……詳しく、聞かせてくださる?」

わたくしは、もはや彼女を、過去の「友人」として、許すとか、許さないとか、そんなことは、考えていなかった。

わたくしは、彼女を、新しい「ビジネスパートナー」として、受け入れたのだ。

誤解が解けたのではない。

過去のわたくしも、今のわたくしも、全てをひっくるめて、「エレノア・フォン・ヴァルガス」という、一人の人間として、前へ進む。

イザベラ様とのこの「和解」は、わたくしが、本当の意味で、過去を乗り越えた証となった。
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