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四章
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「エリオットの天使の御帰還だ!」
カレッジ寮の玄関を開けるなりクラッカーが鳴り響き、色とりどりの紙吹雪が花びらのように舞い散っていた。玄関フロアから階上へ続く広い階段いっぱいに、黒いローブをまとったカレッジ寮生たちが鈴なりになって歓声とともにアレンを出迎えているのだ。当の本人は唖然と口を開けたまま、傍らにいる寮長のベンジャミンを大きく見開いた目で凝視している。寮長はそんな彼の肩を抱き、満足そうに、にこにこと微笑んで頷いてみせた。
「さぁ、談話室にちょっとしたおやつを用意しているんだ。試験期間中だからそう長い時間は取れないけれどね。皆、きみが戻ってくるのを、首を長くして待っていたんだよ」
寮長は片目を瞑ると、アレンの腕を取って悠然と談話室に向かった。
「ヨシノは?」
入れ替わり立ち替わり繰り返される病気の全快と、学校復帰を祝う言葉に礼を言い終えたところで、アレンはきょろきょろと室内を見まわしていた瞳をベンジャミンに留めて、不思議そうに首を傾げた。
「ヨシノはどこですか?」
今まで騒がしかった周囲が一瞬で静まり返った。困ったように小さく哂うベンジャミンを真っすぐに見つめて、アレンはもう一度同じ問いをぶつけた。彼のセレストブルーの瞳には、不安そうな影が過ぎっている。
「ヨシノは、彼は、その――、」
言い澱むベンジャミンに代わって、誰かが大声で叫んだ。
「逃げたんだよ!」
ドッ、と笑い声があがる。
「ほら、いつものあれだよ、彼はこういう席が苦手なんだよ」
ベンジャミンは苦笑いしながら、肩をすくめる。
「冷やかされるからな!」
また別の誰かが叫んだ。
「うるさいぞ! ほら、さっさと食べて試験勉強に戻れよ!」
ベンジャミンが威厳を持って大声で言うと、「仰せのままに!」笑い声とともにまたもや歓声があがった。
ベンジャミンはふっと息を吐くと、アレンに顔を寄せ耳許で囁いた。
「きみに、今の状況を説明しておかないとね――」そしてアレンの腕を掴んで部屋の隅のソファーまで引っ張っていくと、真剣な顔をして早口で話し始めた。
「ヨシノ、降りて来て! そこにいるんでしょう?」
鮮やかな新緑の間をぬって木漏れ日がチラチラと踊る。そんな葉々に覆われた遥か頭上を目を眇めて見あげ、幾重にも枝分かれした欅の大木の包みこむように重なり合う緑の中心に向かって、アレンは大声で叫んだ。
ザザッとしなやかな枝葉を揺らし、黒い影が舞う。
「おかえり」
影は、アレンから幾分か離れた場所に膝を曲げて降り立つと、身体を起こしてにかっと笑った。その顔を見るなり、アレンは目を伏せてぎゅっと唇を噛みしめた。一呼吸おいて、震える唇から、必死の想いで言葉を絞りだす。
「きみは、きみは、いったい――、」
言葉は、続かなかった。溜まりに溜まった溢れる想いは、言葉になる前にアレンの喉を塞ぎ、詰まらせていた。
大丈夫だと思っていたのに――。ぎゅっと拳を握りしめて深呼吸する。その固く握られた拳はブルブルと震えている。
「きみは、僕のためにどれだけのリスクを――」
眉を寄せ、歯を食いしばった。
僕は、泣かない。もう、泣かないって、そう決めたんだ。
「まぁ、そう気にすんなよ」
吉野は困ったように笑い、木の根元に腰を下ろすと、その横をパンパンと叩いた。アレンは緩慢に腰を下ろした。
「お前が帰ってきて、皆、喜んでただろ?」
アレンは黙ったまま頷いた。
でも、その場所にきみはいなかったじゃないか……!
声にならない言葉が、胸の奥で叫んでいる。
「お前のことは寮の皆が守ってくれる。心配いらないよ。ベンのおせっかいには辟易するけど、今回は、まぁ、良かったよ、お前のためにはさ」
吉野は黙ったままのアレンを心配そうに見つめている。
「ベンに話、聞いたんだろ?」
アレンは小さく頷いて、息を吐いた。
「サウードにも……」
「そうか」
吉野は手持ち無沙汰からか、地面に生える小さな雑草をむしりながら、「まぁ、そういう事だから当分俺に近づくなよ」と、感情の読めない声でおもむろに告げた。アレンの肩がびくりと震える。
「嫌だ。僕は誰に何を言われようと、そんなのかまわない」
「俺がかまうんだよ」
吉野は淡々とした口調で続けた。
「お前のことまでかまってやれるだけの余裕がないんだ、今の俺には――。な?」
駄々っ子をあやすように優しい笑みを向ける吉野に、アレンは縋りつくような瞳を向けた。
「友達が欲しい、て言ってただろ。皆、お前のこと好きだよ。今までの溝を埋めるチャンスだよ。寮のみんなの輪の中に入るんだ。な?」
念を押すように吉野は言った。
咽喉元まで出かかった嗚咽を、アレンはギュッと目を瞑って呑み下していた。そのまま黙りこみ肩で呼吸する。
木の葉を揺らす風の音が、遠く、小さな鳥の鳴き声が、そして静かな吉野の息づかいが聞こえる。プチリ、プチリと吉野がまた、草をむしり始めた。
「そうすれば、きみは安心するの?」
自分でも驚くほど穏やかな声が出ていた。アレンの伏せられていた瞼が持ちあがる。金色の長い睫毛に縁どられた瞳は、静かで落ちついた色に代わっていた。
「うん」
地面に目を向けたままの吉野が頷く。
「その方が、きみのためにもなるんだね」
「うん」
アレンの優しい物言いに、吉野は振り向いてすまなさそうに頷いた。
きみが僕を遠ざけることで僕を守ろうとしてくれるのなら、言う通りにする。でもね、吉野、僕は、きみを陥れようとしている連中を、絶対に許さないよ。僕が、絶対に、見つけ出してやる!
「解った」そんな胸の内はおくびにも出さずに、アレンは承諾の返事を口にしていた。吉野を安心させるように、にこやかな微笑みさえ浮かべて――。
吉野はほっとしたような笑みを返して、安心したように、クリスやフレデリックのこと、学校のことなどの、アレンが喜ぶような楽しい話題を話し始めた。
カレッジ寮の玄関を開けるなりクラッカーが鳴り響き、色とりどりの紙吹雪が花びらのように舞い散っていた。玄関フロアから階上へ続く広い階段いっぱいに、黒いローブをまとったカレッジ寮生たちが鈴なりになって歓声とともにアレンを出迎えているのだ。当の本人は唖然と口を開けたまま、傍らにいる寮長のベンジャミンを大きく見開いた目で凝視している。寮長はそんな彼の肩を抱き、満足そうに、にこにこと微笑んで頷いてみせた。
「さぁ、談話室にちょっとしたおやつを用意しているんだ。試験期間中だからそう長い時間は取れないけれどね。皆、きみが戻ってくるのを、首を長くして待っていたんだよ」
寮長は片目を瞑ると、アレンの腕を取って悠然と談話室に向かった。
「ヨシノは?」
入れ替わり立ち替わり繰り返される病気の全快と、学校復帰を祝う言葉に礼を言い終えたところで、アレンはきょろきょろと室内を見まわしていた瞳をベンジャミンに留めて、不思議そうに首を傾げた。
「ヨシノはどこですか?」
今まで騒がしかった周囲が一瞬で静まり返った。困ったように小さく哂うベンジャミンを真っすぐに見つめて、アレンはもう一度同じ問いをぶつけた。彼のセレストブルーの瞳には、不安そうな影が過ぎっている。
「ヨシノは、彼は、その――、」
言い澱むベンジャミンに代わって、誰かが大声で叫んだ。
「逃げたんだよ!」
ドッ、と笑い声があがる。
「ほら、いつものあれだよ、彼はこういう席が苦手なんだよ」
ベンジャミンは苦笑いしながら、肩をすくめる。
「冷やかされるからな!」
また別の誰かが叫んだ。
「うるさいぞ! ほら、さっさと食べて試験勉強に戻れよ!」
ベンジャミンが威厳を持って大声で言うと、「仰せのままに!」笑い声とともにまたもや歓声があがった。
ベンジャミンはふっと息を吐くと、アレンに顔を寄せ耳許で囁いた。
「きみに、今の状況を説明しておかないとね――」そしてアレンの腕を掴んで部屋の隅のソファーまで引っ張っていくと、真剣な顔をして早口で話し始めた。
「ヨシノ、降りて来て! そこにいるんでしょう?」
鮮やかな新緑の間をぬって木漏れ日がチラチラと踊る。そんな葉々に覆われた遥か頭上を目を眇めて見あげ、幾重にも枝分かれした欅の大木の包みこむように重なり合う緑の中心に向かって、アレンは大声で叫んだ。
ザザッとしなやかな枝葉を揺らし、黒い影が舞う。
「おかえり」
影は、アレンから幾分か離れた場所に膝を曲げて降り立つと、身体を起こしてにかっと笑った。その顔を見るなり、アレンは目を伏せてぎゅっと唇を噛みしめた。一呼吸おいて、震える唇から、必死の想いで言葉を絞りだす。
「きみは、きみは、いったい――、」
言葉は、続かなかった。溜まりに溜まった溢れる想いは、言葉になる前にアレンの喉を塞ぎ、詰まらせていた。
大丈夫だと思っていたのに――。ぎゅっと拳を握りしめて深呼吸する。その固く握られた拳はブルブルと震えている。
「きみは、僕のためにどれだけのリスクを――」
眉を寄せ、歯を食いしばった。
僕は、泣かない。もう、泣かないって、そう決めたんだ。
「まぁ、そう気にすんなよ」
吉野は困ったように笑い、木の根元に腰を下ろすと、その横をパンパンと叩いた。アレンは緩慢に腰を下ろした。
「お前が帰ってきて、皆、喜んでただろ?」
アレンは黙ったまま頷いた。
でも、その場所にきみはいなかったじゃないか……!
声にならない言葉が、胸の奥で叫んでいる。
「お前のことは寮の皆が守ってくれる。心配いらないよ。ベンのおせっかいには辟易するけど、今回は、まぁ、良かったよ、お前のためにはさ」
吉野は黙ったままのアレンを心配そうに見つめている。
「ベンに話、聞いたんだろ?」
アレンは小さく頷いて、息を吐いた。
「サウードにも……」
「そうか」
吉野は手持ち無沙汰からか、地面に生える小さな雑草をむしりながら、「まぁ、そういう事だから当分俺に近づくなよ」と、感情の読めない声でおもむろに告げた。アレンの肩がびくりと震える。
「嫌だ。僕は誰に何を言われようと、そんなのかまわない」
「俺がかまうんだよ」
吉野は淡々とした口調で続けた。
「お前のことまでかまってやれるだけの余裕がないんだ、今の俺には――。な?」
駄々っ子をあやすように優しい笑みを向ける吉野に、アレンは縋りつくような瞳を向けた。
「友達が欲しい、て言ってただろ。皆、お前のこと好きだよ。今までの溝を埋めるチャンスだよ。寮のみんなの輪の中に入るんだ。な?」
念を押すように吉野は言った。
咽喉元まで出かかった嗚咽を、アレンはギュッと目を瞑って呑み下していた。そのまま黙りこみ肩で呼吸する。
木の葉を揺らす風の音が、遠く、小さな鳥の鳴き声が、そして静かな吉野の息づかいが聞こえる。プチリ、プチリと吉野がまた、草をむしり始めた。
「そうすれば、きみは安心するの?」
自分でも驚くほど穏やかな声が出ていた。アレンの伏せられていた瞼が持ちあがる。金色の長い睫毛に縁どられた瞳は、静かで落ちついた色に代わっていた。
「うん」
地面に目を向けたままの吉野が頷く。
「その方が、きみのためにもなるんだね」
「うん」
アレンの優しい物言いに、吉野は振り向いてすまなさそうに頷いた。
きみが僕を遠ざけることで僕を守ろうとしてくれるのなら、言う通りにする。でもね、吉野、僕は、きみを陥れようとしている連中を、絶対に許さないよ。僕が、絶対に、見つけ出してやる!
「解った」そんな胸の内はおくびにも出さずに、アレンは承諾の返事を口にしていた。吉野を安心させるように、にこやかな微笑みさえ浮かべて――。
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