胡桃の中の蜃気楼

萩尾雅縁

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七章

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 こいつら本当に、血、繋がってんのかよ……。

 吉野は勝手知ったる寮長室で、密かに欠伸を噛み殺している。
 向かいの一人掛けソファーにいるマイケル・ウェザーは、吉野が真面目に聞いているのかどうかなんておかまいなしで、機関銃のように喋りつづけている。
 これが寡黙で怜悧なパトリックの弟だなんて――。
 この部屋に入ってからずっと、弟の話題に触れたときの彼独特の苦笑いが、吉野の脳裏に浮かんでは消える。

 寮の方針なんてどうでもいいから、さっさと話を終わらせろ!

 心の中で毒づきながら、ぼんやりとマイケルを観察する。
 プラチナブロンドの兄とは似ても似つかない赤毛の巻き毛、そばかすだらけの鼻。くりくりとした大きな目。愛嬌があると言えば聞こえはいいが、吉野の知る歴代のカレッジ寮寮長とは一線を画している。チャールズにしても、ベンジャミンにしても、パトリックの二番手であった前寮長ケネス・アボットですら、エリオット校を代表するキングススカラーの集うカレッジ寮のトップとして、相応しい気品と風格があったのだ。

 こいつがパトリックに似ているのは、この薄氷のような瞳の色くらいか。

 微笑んで見えるように唇の片端を歪め、吉野は耳に入る無意味な音を、ついに心の中で遮断した。

「――でね、フェイラーの件なんだけれど」
 不意に飛びこんできたアレンの名前に、吉野は脳裏を占めていたまったく別の思考を止め、マイケルに視線を戻した。
「殿下から要請があったんだ。校内でのフェイラーの護衛を継続して欲しいって」
「何か問題でもあったのか?」
「不穏な空気があるとだけ」
 他に誰が聞いているわけでもないのに、マイケルは大袈裟に顔をしかめ、声を潜めた。
「護衛はあいつが――、フェイラーが嫌がるだろ」
 吉野は、どうでもよさそうな顔をして答えた。

「お兄さんの会社の、モデルの件はどうなっているんだろう? ほら、前みたいに騒動になる要素はないのかな? もし以前のようなことが起きる可能性がまだあるのなら、」
 好奇心で輝くマイケルの瞳を吉野は不快そうに睨めつける。新寮長は察しよく、途中で口を噤んでひょいと肩をすくめると身体を引いた。
「知らない。本人に聞けよ」
 やがて返ってきた取りつく島のない返事に、マイケルは残念そうに嘆息する。

「冷たいねぇ、きみ、一学年のときから彼とは仲が良いんだろ?」
 含みのある言い方に冷笑を返し、「そうやって俺を挑発して、情報をひき出そうとしても無駄だよ」と吉野は冷めた口調でひと息に自分の考えを告げた。
「下級生のうちならともかく、監督生に護衛なんて他の生徒が迷惑だよ。せいぜい単独行動はするな、て本人に言っておけばいいんだ。仮にも監督生なんだからさ。だいたい、一人になろうとしたって他の奴らがあいつを放って置かない。必要ないだろ、そんなもの」

「もういいだろ?」
 会話が途切れたところで吉野は立ちあがった。
「いくら監督生代表のアンドリューが入院中でいないからって、何でも俺にもちかけてくるな。俺、寮の自治にも校内の覇権争いにも興味ないからさ。あんたの好きにやればいい。パットに何を言われたのか知らないけどさ」
 マイケルは、また肩をひょいとすくめた。だが、好奇心に満ちた瞳は輝きを失わず吉野に向けられたままだ。

「まぁ、そう言うなよ、最年少銀ボタン君。仲良くやろうじゃないか。僕は、きみの意見を最大限尊重するつもりだよ。少々夜中に抜けだそうが、とやかく言うつもりもないしね」
 ソファーに座ったままにっこりと微笑む丸顔の寮長を見おろし、吉野は唇の端をはねあげる。
「それはどうも。それじゃあさ、ひとつ頼んでもいいかな?」
 パトリックと同じ色の、けれど彼とはまったく異なった楽しげな色を湛える瞳をきらきらとさせて、マイケルは待ってましたとばかりに、何度も頷いた。
「俺を呼ぶんならさ、もう少しまともなお茶を淹れてくれよ。あんたの兄貴も下手だったけどさ、ここまで酷くはなかったぞ」
 吉野は大真面目にそう告げて、手のつけられていない、薄い色をした香りのない紅茶をちらと見た。




「寮長の呼びだし何だったの?」
 吉野が自室に戻ると、クリスとフレデリックが待っていた。
「今後の方針と今年度の寮目標。俺に言ってどうしろってんだ?」
 呆れたように笑う吉野に、フレデリックは慰めるように苦笑する。
「マイケル先輩は面白い人だものね。この寮も色々改革したいんじゃないかな」
「改革?」
「うん。きみが知らないなんて意外だな。パトリック先輩は伝統を重んじる保守的な方だったけれど、マイケル先輩は型破りで有名だよ」
「へぇー」
「ああ、そうか、選択科目がきみとは被らないからかな。マイケル先輩は僕と同じ法科を希望されているからさ、討論会や模擬裁判のときなんて、それはもう傑作なんだよ!」
「ふーん」

 新学期が始まってから、いや、もっと以前からだったろうか。大方の話題に生返事で落ち着きのない吉野が、今は偽りでなく興味を持って、話に耳を傾けている。ベッドに腰かけ、時おり質問を挟みながら相槌を打ち、笑ってくれている。何かしながら、なんて片手間ではなく――。
 フレデリックは内心の高揚感に舞い上がる自分を抑えながら、知っている限りのマイケル・ウェザーの逸話を話した。

「報道部。へぇー、あいつがねぇ……」
 吉野は納得したように頷いて、楽しげにその瞳を輝かせている。
「俺もまだまだだな。マイケル・ウェザーなんて奴、パットの影のただの太鼓持ちだと思ってたよ」
「まぁ、そういう面があるのも否定しないけどね。先輩、愛想良くて、威張らないし。でも頭脳はお兄さんに負けてない、と僕も思うよ」
 クリスも、フレデリックに同意するように頷いている。
「惜しむらくは、」
「ひとの上に立つカリスマ性が足りないことだな」

 詰まるところ、狙いはアレンか――。

 友人二人が代わる代わる話す雑談に、くすくすと笑いながら、吉野はくつろいだ思いで聞き入っていた。





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