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はじまり
1.
しおりを挟む気がつくと、僕は外で寝ていた。
青い空、柔らかい芝生、吹き抜ける風は春の香りがする。
ん? 春? さっきまで秋の落ち葉の上を歩く妹と手を繋いでいたはず。慌てて起き上がってみると、全く知らない場所にいた。
こめかみがキリキリと痛みだして記憶が蘇る。
ここはうちの領地の丘の上で、お気に入りの場所だ。屋敷の裏を真っ直ぐ進んでいくと五分程度で着く。大木が影を作ってくれて、ここに本を持ってきて読んだり、昼寝をするのが好きだ。今日も天気がいいから書庫から本を持ち出して……。
僕もしかして、転生した?
慌てて立ち上がってみると、目線は低いし、体は軽いが足も腕も白くて細い。指は細くしなやかで、だけど男だ。風が吹いてサラサラと靡いた髪は輝くような銀色。
そして僕は魔法が使える。
やっぱり転生だ。前世の龍男の記憶が蘇ると、可愛い妹のことが気になった。魔法がある時点でここは地球とは違う世界。どうやったって、地球に残してきた妹のことなど知る術はない。仕方なく僕は屋敷に帰ることにした。
*
うちの妹は可愛い。少し我儘だがパッチリと大きな目、サラサラな長い髪、ぷっくりした頬、プルプルの唇。人形、いや天使のように可愛い。お気に入りは俺が作ったウサギのぬいぐるみ。それを抱えてどこへでも行く。
それに比べて俺は、太い眉、鋭い目つき、分厚い唇に四角く張った輪郭。おまけに少し鍛えただけでついてしまう筋肉と勝手に伸び続ける身長のせいで人は寄りつかない。
親には、この恵まれた体格を活かせと柔道教室に通わされ、なぜか学校の不良グループからも道を譲られ、三年の怖い先輩からもアニキと呼ばれている。
俺はこんなの望んでいない。人を殴ったこともないし、喧嘩は口喧嘩ですらしたことがない。そんな怖いことできるわけがなかった。ただでさえ目立つ体格だから、大人しく波風立てないように、教室の隅でじっと耐えてきた。
俺を理解してくれる者はたった一人。天使のように可愛い十歳下の妹、花恋だけ。
「お兄ちゃん、明日買い物行こ」
「うん行こう。この前ビーズの店を見つけた。寄っていいか?」
「うん、いいよ」
龍男十七歳、何を隠そう俺は、こんな容姿だが可愛いものが好きなんだ。たぶん人より気も小さい。
この厳つい見た目のせいで、一人では決して入ることのできない可愛い店は、目星だけつけておいて、こうして可愛い妹を伴ってしか入れない。
殺風景な俺の部屋には、流行りのバトルものの少年漫画やダンベルなどが置かれているが、どれも両親が勝手に買ってきたもので手をつけていない。いつも妹の部屋に入り浸って可愛い小物を作ることを趣味としている。
妹の部屋のレースがふんだんに使われたピンクのカーテンも、ベッドカバーも、ベッドに並んだクマやウサギのぬいぐるみも、全て俺の作品だ。
可愛いものなど似合うはずのない俺は、妹や妹の部屋を飾ることで、満足している。
しっかり剃っても夕方にはザラザラとしてしまう口周りの濃い髭も悩みの種だ。
グローブのようで逞しいと言われたでかい手で、小さく細い針を掴んで、ちまちまと縫い物をしている。
可愛い妹がいてよかった。
まだ小さい妹の手を握って歩いていく。
おお!
先日見つけた店に入ると、色とりどりのビーズに目を奪われた。可愛い!
妹を連れていなければ絶対に入れない店だ。
可愛い女の子でなくていい。
──生まれ変わったら、可愛い店に入れるくらいの見た目にしてください。
可愛い妹はあと数年もすれば一緒に買い物に出掛けてくれなくなる気がする。妹の日焼け防止のために被らせた、真っ白な鍔が広い帽子には、造花とビーズとリボンで作ったコサージュをつけてある。こんな可愛い物に囲まれて過ごせるのもあと数年かと思いジッと眺めた。
その時、突風が吹いて帽子がヒラリと空高く舞った。咄嗟に手を伸ばしたが、届かなかった。
「あっ、お兄ちゃんに作ってもらったお花がついてるのに」
よりにもよって妹は帽子が飛んだ車道に走り出してしまった。
「花恋! 危ない!」
なんだか景色がゆっくりと流れている気がする。咄嗟に突き飛ばした妹が歩道で尻餅をつくのが見えた。そしてゆっくりと俺の前に大きなトラックの影が差した。
訪れた強い衝撃に、俺は立っていることもできなかった。
あれ? 俺、死ぬのかな?
頑丈で風邪だって引いたことないのに……。
図体がでかいせいで『岩山』なんて呼ばれて、殺しても死なないとか言われていたのに……。
やっぱり鉄の塊のトラックには勝てないみたいだ。
涙を浮かべた妹の顔がぼんやりと滲んで、遠くで誰かの声がエコーがかかりすぎたマイクみたいに響いていた。何を言っているのか分からないけど、妹が死ななくてよかった……。
こうして転生してしまった俺は、屋敷に帰ると筋肉ゴリゴリのマッチョな父上と兄さんに怒られることになった。
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