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はじまり
2.
しおりを挟む「フロリアン、また剣術の稽古をサボったな? 罰として今から素振り千回だ!」
腕を組んで仁王立ちしている父上に怖い顔で言われると、逆らうことはできなかった。
「はい……」
俺、いや僕の今の名前はフロリアンだ。
正式な名前はフロリアン・タツオ・ザイフェルト。なぜかミドルネームにタツオという名が入っている。
今は亡きお祖父ちゃんが付けたそうで、その意味は誰も知らない。僕は知っているけど……。龍男は僕の前世の名前だ。
雄々しい名前も嫌だった。フロリアンという綺麗な名前は好きだが、タツオという名が入っているのは複雑な気持ちだ。
お祖父ちゃんって何者? と思ったけど僕が一歳を迎える前に亡くなっているから、もう理由を聞くことは叶わない。
今のところタツオと呼ばれることはないけど、呼ばれても僕は振り向いてしまうと思う。
それにしても素振り千回とは父上は無茶を言う。
龍男のような屈強な身体であれば、剣の素振り千回くらいは余裕だったかもしれない。だが、フロリアンの今の身体は華奢で力が無い。
鉄の塊のような大きな剣を持たされ、兄さんに監視されながら倒れるまで素振りをさせられた。
「73……74……くっ……」
もう腕はパンパンで、剣が重くて立っていられず膝をついた。
「もうへばったか。リアンは細すぎる。もっと食え。俺たちと同じ血が流れているからもっとできるはずだ!」
「ごめ、なさ……」
今、僕の監視をしている兄さんは、二人いる兄のうちの一人で、次男のディートヘルム。僕の二歳上で騎士学校の二年だ。先日卒業したんだったかな? 二週間後には騎士団への入団が決まっている。それで実家に戻ってきているんだ。
僕の兄はもう一人いる。長男のグレーリ。彼は騎士団の分隊長をしている。分隊長とは、五人前後の部下を持つ小さな隊の隊長で、それが五つ集まると小隊とか何とか聞いた気がする。
僕より五歳上で、彼も父上やディート兄さんと同じように龍男のような、大きく屈強な体型をしている。聳え立つ岩のような男たちだ。
「リアン兄さんって本当に情けない。私だってもう少し振るえるわ!」
そして僕にはもう一人兄妹がいる。一歳下の妹のエミーリアだ。名前はとても可愛い。だが前世の天使のように可愛い妹、花恋とは似ても似つかない全く可愛くない妹だ。
僕より背が高く、筋肉も僕よりある。ガサガサに荒れた手も僕より大きくて、兄さんたちには負けるけど腕は丸太のように太い。
見た目は仕方ないとしても、性格も仕草も可愛くない。ガニ股で歩くし、大口を開けて笑うし、髪も梳かさずボサボサ。いつも僕のことを馬鹿にして、弱くて情けないと笑う。
一応うちは男爵家だから貴族なんだけど、とても貴族令嬢とは思えない振る舞いだ。ドレスを着ているところなんて一度も見たことがない。
うちは騎士の家系だ。ずっと昔のご先祖様の時代から、武功を立てて一代限りの騎士爵を賜ってきた。各世代に必ず自力で騎士爵を得るほどの実力者が生まれていたらしい。
それが僕の曽祖父の代で功績を立て、世襲制の男爵になって、ザイフェルト家は貴族入りを果たした。
領地は辺境にあり、山脈に囲まれた田舎だけど、僕は気に入っている。
高い山脈の向こうは何があるか分からない。父上も母上も知らないそうだ。山脈の山頂付近の白く見える部分は雪で、万年雪と呼ばれ、真夏でも溶けないのだとか。だからその向こうに国があったり誰かが住んでいるのかは分からないけど、敵が山を越えてくることはない。田舎だけど安全な土地だ。
ザイフェルト家の当主は父上ではなく母上だ。母上もかつては騎士として活躍していた。
母上の代は女の子しか生まれなかったけど、全員騎士になったそうだ。
それで武功を立てた父のことを祖父が気に入って婿に迎えた。領地のことは母上と代官がやっていて、父上は一年の大半を王都の騎士団で過ごしている。
そんな感じだけど夫婦仲は悪くないようで、少しでも時間があれば父上は早馬を飛ばして領地に戻ってくる。
今も、ディート兄さんに僕の訓練を丸投げして母上のところに行っている。
母上は結構綺麗な人で、現役を引退して筋肉が落ちたのか、スレンダーな体型だ。僕のような華奢な感じではなく、元騎士なだけあって引き締まっている感じだ。
母以外の家族は筋肉の塊のような体型だから、僕だけ異質な感じはある。
でもいいんだ。せっかく可愛らしい見た目に生まれたんだから、僕は堂々と好きなことをして、好きなものを好きだと言いたい。
手のひらを見ると、剣を振りすぎて皮が捲れて血が滲んでいた。どうりで痛いわけだ。
──ヒール
僕は小さく呟いて、手のひらに治癒の魔法をかけた。そう、この世界は魔法がある。僕は弱いけど、治癒魔法が使える。
ファンタジー世界のように魔物だっている。僕は見たことがないけど。
数時間前に龍男の記憶が蘇ったわけだけど、フロリアンの性格は龍男そのものだった。気が小さく争いが苦手で、可愛いものが好き。この世界にはゲームも漫画もないけど、魔法の勉強だけは楽しんでやっていた。争いが苦手だから、魔法の腕は隠している。
明日も父上とディート兄さんは、山脈の麓に発生した魔物の群を討伐しに行くと言っていた。アイスなんとかと言っていたけど興味がなくて忘れた。
妹のエミーリアも行くと言っていたっけ……。
「リアン、お前の腕ではまだ無理だ。残念だが留守番だ」
ディート兄さんに言われてホッとした。全然残念じゃないし、魔物であっても何かを殺すのは怖い。
妹が情けないだのなんだのと言ってきたけど、僕はそんなの気にしない。
僕はできれば誰とも何とも戦いたくない。平穏に生きていきたいんだ。
だがザイフェルト家に生まれてしまった僕は将来が決められている。
来月から騎士学校に入らなければならないんだ。兄二人も優秀で、代々強い騎士を輩出してきたザイフェルト家は、試験を受けずとも騎士学校に入学できる。
嫌だと言っても、家を出されたらどうやって生きていけばいいのか分からない。入学は決定だけど、できれば途中で適職を見つけて離脱したいと思っている。
ぬいぐるみ職人とかどうだろう?
実はまだぬいぐるみや可愛いカーテンなどを、フロリアンになってからは作ったことがない。街に一人で行かせてもらえないからだ。
母上は貴族令嬢が嗜みそうな刺繍なんてしないし、針と糸がないかとメイドに尋ねたら、「そんな仕事は私たちがやります」と言って買うことを反対された。
そのせいで、可愛いガラス瓶や髪飾りを集めることくらいしかできなかった。早く自分で稼げるようになって裁縫道具を買いたい。
騎士学校は、ディート兄さんが二年で卒業するということは二年通うことになるのだと思うけど、前世の日本のように学校紹介のパンフレットがあるわけでもなく、どんな仕組みかも分からない。分かっているのは王都にあって全寮制ということだけだ。
せっかくディート兄さんが帰ってきているのだから学校のことを聞けばいいんだけど、顔を合わせると訓練訓練で、話をする隙を与えてもらえない。
この世界でも僕は誰にも理解してもらえないんだ。
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