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騎士学校篇
9.
しおりを挟む「フロリアン、救護班の遠征だ。先発隊がかなりやられている。我らは援軍ということになる」
「分かりました」
急な遠征で戸惑ったけど、すぐに着替えて救護班に向かい、物資の準備を手伝って出発した。
救護班はゴリゴリに鍛えている人が少ない。だから体力と魔力を温存するために馬車に乗せられる。その点もとても助かっている。
「フロリアン、現場はかなり酷い状況かもしれない。死者が出ているという報告もある。覚悟してくれ」
今まで僕が連れて行かれた遠征は、大怪我をしている人はいても、死者が出るような現場はなかった。それは、僕がまだ学生だから配慮してくれたのかもしれないし、そんなに激しい戦いがなかっただけかもしれない。
死ぬこともあるのだと聞いて、途端に怖くなった。僕はこの先やっていけるんだろうか?
現場に着くと、本当に酷い状態だった。
敵は災害級の魔物と呼ばれるベヒーモス。獅子の顔を持つ大きな四足歩行の魔物で、大きさは大型トラックくらいある。こんなに酷い状況になったのは、特殊な進化をした個体だったようで、風魔法を使うそうだ。
先に来ていた救護班のメンバーは、みんな倒れていた。倒れていたと言っても彼らは攻撃を受けたわけではない。魔力切れで倒れているだけだから、半日も寝ていれば回復する。辺りには空のポーションの瓶がたくさん転がっていて、ポーションも使い果たされていた。
だから怪我人は治療されないまま放置されている状態だった。
風魔法で多くの騎士が切られたから、魔法もポーションも足りなくなったんだろう。
怪我用のポーションは三種ある。止血や軽い怪我に使う青、深い傷に使うピンク、内臓の損傷や骨折など重症者に使う紫。
青はたくさんある。ピンクもそれなりに持ってきた。紫は数本しかない。効果も高いけど、お値段も高いからだ。
救護班のみんなが、どの騎士にどのポーションを使うかポーションを割り振っていく。一本だって無駄にはできないからだ。
「フロリアン、これを持ってあの天幕へ」
現場の酷い惨状にどうしたらいいのか分からずボーッとしていると、救護班の一人にポーションを渡されて天幕へ行くよう指示が出た。
僕はポーションを持って天幕へ走った。僕が渡されたポーションは紫。一刻を争う状態かもしれないと思うと、ゆっくり歩いて向かうことなんてできなかった。
天幕に入ると、簡易ベッドに横たわる人が一人だけいた。近づくと血だらけで意識が無い。一人だけ天幕にあるベッドに寝かされているということは役職がある人で偉い人だということが分かる。
ポーションを持ってきたけど意識がなくて飲ませられない。仕方なく治癒魔法をかけることにした。
止血できたことを確かめるために、清浄魔法を一度かけた。こんなに血だらけでは止血されているか確認できない。止血できていることを確認すると、再びヒールを掛けた。
続けていると、魔力がどんどん持っていかれる。こんなに重症の人の対応をしたことはなかった。
持たされたポーションは紫。意識さえ取り戻せばポーションで何とかなる。だんだん弱々しかった呼吸が戻って、白かった顔に少し赤みが戻った頃、彼は目を開いた。
「誰だ? 天使か? とうとう俺は死んだのか……」
掠れた声でそう言われて僕は咄嗟に反論した。
「死んでません」
せっかく助けたのに死んだと思われてはかなわない。ポーションを早く飲ませなければ、まだ予断は許されない状態だ。
「早くポーションを」
「ぐっ……起き上がれない。すまないが飲ませてくれ」
彼は起きあがろうとしたけど、傷は深かったし、血も足りていないから起き上がれず顔を歪めた。
僕は仕方なく口移しで飲ませた。意識さえあれば、気管に入ってしまうこともないし、仰向けの状態でも大丈夫だろうと判断してのことだった。
彼の喉がゴクッと鳴って飲み込んだことが分かると、僕は急に体の力が抜けた。こんなに魔力を使ったのは初めてだった。これが魔力切れかと思いながら、男の胸の上に倒れた。
もう自分の意思では指一本動かすこともできなかったんだから仕方ない。
ふと目が覚めると、僕は起き上がることができなかった。魔力の使いすぎで体がだるいのはあるが、起き上がれない原因は男が僕を太い腕でガッチリと抱きしめていたからだ。何これどういう状況?
「起きて、ねえ、起きて」
ポーションは確かに飲ませた。だからあとは少し休めば彼は動けるようになるはずだ。血がかなり流れた様子だったから、すぐに戦いに出ることはできないが、二、三日安静にすれば弱い魔物程度なら倒せるくらいには回復する。
「ん? 起きたか? お前、見たことないがどこの隊だ?」
「僕はフロリアン、騎士学校の二年です」
僕は制服の名前が刺繍してある場所を指さして伝えた。
「学生か」
「そろそろ放してもらえませんか?」
その会話、起き上がってからでもできますよね?
「なぜだ? 俺のことが好きなら抱きしめられて嬉しいだろ?」
「へ? 好き? 僕はあなたと初めて会ったのに好きとか嫌いとかそんな感情はありません」
男がなぜそんな勘違いをしたのか、僕には全く分からなかった。初対面で、しかも彼は瀕死だった。瀕死の人に一目惚れとかヤバイ奴だと思う。
「キスしてきたくせにか?」
「キスなんてしていません。起き上がれず飲ませてくれって言うから、仕方なく口移しで飲ませただけです」
キスしたなんて勘違いはやめてほしい。キスなんてしてない。少しくらい口は接触したかもしれないけど、僕はポーションを飲ませただけだ。
「口移し……吸い飲みはなかったのか?」
「吸い飲み? それはなんですか?」
「起き上がれない奴にポーションや薬を飲ませる道具だ」
「そんなのあるなんて知らないよ……」
そんな道具、知らない。まだ僕は学生で、知らないことがたくさんある。救護班の人、それ先に教えてください!
「それに安心したように俺の上で寝ていたじゃないか」
「それはごめんなさい。魔力を使いすぎて動けませんでした」
「そうか」
男は納得したはずなのに腕を解いてはくれなかった。
抱きしめたまま上体を起こして、僕をジロジロと眺めている。
「な、なんですか?」
「可愛いな。二年にしては小さくて細い」
「みんなと同じ訓練をしても筋肉が付かなくて。サボってるわけじゃないです」
咎められたのかと思ってビクビクしてしまった。魔法を使ってズルをしているから、筋肉がつかないのはそのせいかもしれないけど、サボっていないのは本当だ。
「俺が怖いか?」
「少しだけ」
個人の天幕が用意されていることから、かなり上の役職の人だということは分かる。だが誰か分からないし、口移しで飲ませたし、この人の上で寝てしまったから回復したら説教が待っているのかと思った。
だから腕を解いてくれないのだと思った。相変わらず男は僕のことをジロジロ見てくるし、なんか怖い。
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