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第25話 臆病な黒猫とギフトの機転
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廃材置き場の奥深くから聞こえる、か細い猫の鳴き声。
アルトは息を殺し、音の主を刺激しないよう、慎重に足を進めた。
埃っぽく、カビ臭い匂いが鼻をつく。
足元には釘やガラスの破片が散乱しており、一歩一歩が危険と隣り合わせだ。
やがて、積み上げられた古い木箱と、錆びた鉄屑の間にできた、人がようやく一人通れるかどうかの狭い隙間にたどり着いた。
鳴き声は、その奥から聞こえてくる。
アルトはそっと隙間を覗き込んだ。
暗がりの中、二つの緑色の目がこちらを不安げに見つめている。
小さな黒い毛玉のような塊が、隙間の最奥でうずくまっていた。
そして、その片方の耳――右耳の先端だけが、白い毛で縁取られているのが、暗がりの中でもはっきりと見て取れた。
「クロだ……!間違いない!」
アルトは確信した。
依頼対象の、村長の孫娘の大事な猫、クロだ。
しかし、クロはアルトの姿を認めると、さらに奥へと身を縮こませ、「フーッ」と短く威嚇の声を上げた。
かなり怯えている様子だ。
「大丈夫だよ、クロ。怖くないから。迎えに来たんだよ。お家へ帰ろう?」
アルトは、できる限り優しい声色で呼びかけた。
ゆっくりと手を差し伸べてみるが、クロは唸り声を上げて、それを拒絶する。
無理やり引きずり出すようなことをすれば、パニックになってさらに奥へ逃げ込んでしまうかもしれないし、最悪、アルトが爪で引っかかれてしまうかもしれない。
アルトは、依頼主の孫娘が言っていた「魚が好き」という言葉を思い出した。
しかし、残念ながら今、魚の持ち合わせはない。
「困ったな……どうすれば出てきてくれるんだろ……」
アルトは、その場に静かに座り込み、クロが自分に慣れてくれるのを辛抱強く待つことにした。
時折、「大丈夫だよ」「いい子だね」と、優しい言葉をかけ続ける。
焦りは禁物だ。
こういう時は、根気が必要なのだろう。
どれくらいの時間が経っただろうか。
アルトが辛抱強く待っていると、不意に、クロが隠れている場所のすぐ上で、ガサリ、と何かが動く音がした。
そして、積み上げられていた廃材の一部――古い木の板が、グラリと大きく傾いた。
どうやら、ネズミか何かが巣でも作っていたらしい。
このままでは、木の板が崩れ落ちて、下にいるクロが下敷きになってしまうかもしれない!
「危ない!」
アルトは咄嗟に声を上げた。
直接駆け寄って支えるには距離があるし、下手に動けばかえって崩落を早めてしまうかもしれない。
絶体絶命かと思われた、その瞬間。
アルトの頭に、あるアイデアが閃いた。
あの「衝撃波(仮)」だ。
威力は弱いが、振動を与えることはできるはず。
大きな音を立てずに、振動だけを与えて、クロを驚かせ、危険な場所から動かすことはできないだろうか?
アルトは崩れそうな木の板の根元、クロがいる場所とは少し離れた位置を狙い、ギフトの力を込めた。
攻撃するのではない。
驚かせるのでもない。
ただ、微かな「揺れ」を起こすイメージで、ごくごく弱く、しかし断続的に、衝撃波(仮)を放ってみた。
パン…パン…
乾いた小さな破裂音が、連続して響く。
目に見えるほどの変化はない。
しかし、微弱な振動が、確かに廃材の山に伝わったようだ。
すると、その振動に驚いたのか、あるいは危険を察知したのか、クロは意を決したように、今までうずくまっていた狭い隙間から、そろそろと這い出してきたのだ!
「よしっ!」
アルトは心の中でガッツポーズをした。
ギフトの、思いがけない応用が成功した瞬間だった。
隙間から出てきたクロは、まだ周囲を警戒するようにキョロキョロしていたが、静かに座って待っていたアルトの姿を認めると、恐る恐る、といった様子で近づいてきた。
そして、クンクンとアルトの手の匂いを嗅いだ後、安心したように、アルトの足元に小さな頭をすり寄せてきた。
ゴロゴロと喉を鳴らす音が聞こえる。
「よかった……本当に、よかった……」
アルトは安堵のため息をつき、優しく、壊れ物を扱うように、クロをそっと抱き上げた。
腕の中に収まったクロの、小さくて温かい感触。
それが、アルトの心をじんわりと満たした。
アルトは、クロを驚かせないように、ゆっくりとした足取りで廃材置き場を後にし、村長の家へと急いだ。
家の前では、孫娘の女の子が、今にも泣き出しそうな顔でアルトの帰りを待っていた。
アルトの腕の中に、見慣れた黒猫の姿を見つけると、女の子の表情がぱっと輝いた。
「クローー!!」
女の子はアルトに駆け寄り、アルトの腕から飛び降りたクロを、涙ながらに抱きしめた。
クロもまた、女の子の声に安心したのか、嬉しそうに喉を鳴らし、その頬に顔をすり寄せている。
感動的な再会の場面に、アルトも思わず目頭が熱くなった。
「アルト君、本当に、本当によくやってくれた!ありがとう!」
孫娘の様子を見ていた村長も、心からの感謝の言葉と共に、アルトに深々と頭を下げた。
「おかげで、この子の笑顔が戻ったよ。約束の報酬だ。少ないかもしれんが、受け取ってくれたまえ」
村長は、報酬の銅貨10枚をアルトに手渡した。
魔物討伐の報酬とは、また違う種類の重み。
誰かの役に立ち、心から感謝されることの喜びが、その銅貨には詰まっているような気がした。
猫探し依頼は、魔物討伐とは全く違う難しさがあった。
戦闘力ではなく、根気強さ、観察眼、そして優しさが求められた。
しかし、諦めずに続けたこと、そして咄嗟の機転でギフトを応用したことが、無事に依頼達成へと繋がった。
冒険者には、腕力だけではなく、様々なスキルと、そして何よりも、困っている人を助けたいという気持ちが大切なのかもしれない。
アルトは、この依頼を通じて、また一つ、大切なことを学んだ気がした。
報酬を受け取り、村長と孫娘に温かく見送られ、アルトは家路についた。
手元には、念願の革鎧購入のための資金が、さらに増えた。
そして、心の中には、新たな経験によって得られた確かな自信と、冒険者としての自分の可能性が少し広がったという、確かな実感があった。
「次は、いよいよ鎧を手に入れて…そして、また新しい依頼に挑戦だ!」
アルトの目は、輝く未来を、そしてその先にある更なる成長を見据えていた。
彼の冒険は、確実に、そして豊かに、その幅を広げ始めていた。
アルトは息を殺し、音の主を刺激しないよう、慎重に足を進めた。
埃っぽく、カビ臭い匂いが鼻をつく。
足元には釘やガラスの破片が散乱しており、一歩一歩が危険と隣り合わせだ。
やがて、積み上げられた古い木箱と、錆びた鉄屑の間にできた、人がようやく一人通れるかどうかの狭い隙間にたどり着いた。
鳴き声は、その奥から聞こえてくる。
アルトはそっと隙間を覗き込んだ。
暗がりの中、二つの緑色の目がこちらを不安げに見つめている。
小さな黒い毛玉のような塊が、隙間の最奥でうずくまっていた。
そして、その片方の耳――右耳の先端だけが、白い毛で縁取られているのが、暗がりの中でもはっきりと見て取れた。
「クロだ……!間違いない!」
アルトは確信した。
依頼対象の、村長の孫娘の大事な猫、クロだ。
しかし、クロはアルトの姿を認めると、さらに奥へと身を縮こませ、「フーッ」と短く威嚇の声を上げた。
かなり怯えている様子だ。
「大丈夫だよ、クロ。怖くないから。迎えに来たんだよ。お家へ帰ろう?」
アルトは、できる限り優しい声色で呼びかけた。
ゆっくりと手を差し伸べてみるが、クロは唸り声を上げて、それを拒絶する。
無理やり引きずり出すようなことをすれば、パニックになってさらに奥へ逃げ込んでしまうかもしれないし、最悪、アルトが爪で引っかかれてしまうかもしれない。
アルトは、依頼主の孫娘が言っていた「魚が好き」という言葉を思い出した。
しかし、残念ながら今、魚の持ち合わせはない。
「困ったな……どうすれば出てきてくれるんだろ……」
アルトは、その場に静かに座り込み、クロが自分に慣れてくれるのを辛抱強く待つことにした。
時折、「大丈夫だよ」「いい子だね」と、優しい言葉をかけ続ける。
焦りは禁物だ。
こういう時は、根気が必要なのだろう。
どれくらいの時間が経っただろうか。
アルトが辛抱強く待っていると、不意に、クロが隠れている場所のすぐ上で、ガサリ、と何かが動く音がした。
そして、積み上げられていた廃材の一部――古い木の板が、グラリと大きく傾いた。
どうやら、ネズミか何かが巣でも作っていたらしい。
このままでは、木の板が崩れ落ちて、下にいるクロが下敷きになってしまうかもしれない!
「危ない!」
アルトは咄嗟に声を上げた。
直接駆け寄って支えるには距離があるし、下手に動けばかえって崩落を早めてしまうかもしれない。
絶体絶命かと思われた、その瞬間。
アルトの頭に、あるアイデアが閃いた。
あの「衝撃波(仮)」だ。
威力は弱いが、振動を与えることはできるはず。
大きな音を立てずに、振動だけを与えて、クロを驚かせ、危険な場所から動かすことはできないだろうか?
アルトは崩れそうな木の板の根元、クロがいる場所とは少し離れた位置を狙い、ギフトの力を込めた。
攻撃するのではない。
驚かせるのでもない。
ただ、微かな「揺れ」を起こすイメージで、ごくごく弱く、しかし断続的に、衝撃波(仮)を放ってみた。
パン…パン…
乾いた小さな破裂音が、連続して響く。
目に見えるほどの変化はない。
しかし、微弱な振動が、確かに廃材の山に伝わったようだ。
すると、その振動に驚いたのか、あるいは危険を察知したのか、クロは意を決したように、今までうずくまっていた狭い隙間から、そろそろと這い出してきたのだ!
「よしっ!」
アルトは心の中でガッツポーズをした。
ギフトの、思いがけない応用が成功した瞬間だった。
隙間から出てきたクロは、まだ周囲を警戒するようにキョロキョロしていたが、静かに座って待っていたアルトの姿を認めると、恐る恐る、といった様子で近づいてきた。
そして、クンクンとアルトの手の匂いを嗅いだ後、安心したように、アルトの足元に小さな頭をすり寄せてきた。
ゴロゴロと喉を鳴らす音が聞こえる。
「よかった……本当に、よかった……」
アルトは安堵のため息をつき、優しく、壊れ物を扱うように、クロをそっと抱き上げた。
腕の中に収まったクロの、小さくて温かい感触。
それが、アルトの心をじんわりと満たした。
アルトは、クロを驚かせないように、ゆっくりとした足取りで廃材置き場を後にし、村長の家へと急いだ。
家の前では、孫娘の女の子が、今にも泣き出しそうな顔でアルトの帰りを待っていた。
アルトの腕の中に、見慣れた黒猫の姿を見つけると、女の子の表情がぱっと輝いた。
「クローー!!」
女の子はアルトに駆け寄り、アルトの腕から飛び降りたクロを、涙ながらに抱きしめた。
クロもまた、女の子の声に安心したのか、嬉しそうに喉を鳴らし、その頬に顔をすり寄せている。
感動的な再会の場面に、アルトも思わず目頭が熱くなった。
「アルト君、本当に、本当によくやってくれた!ありがとう!」
孫娘の様子を見ていた村長も、心からの感謝の言葉と共に、アルトに深々と頭を下げた。
「おかげで、この子の笑顔が戻ったよ。約束の報酬だ。少ないかもしれんが、受け取ってくれたまえ」
村長は、報酬の銅貨10枚をアルトに手渡した。
魔物討伐の報酬とは、また違う種類の重み。
誰かの役に立ち、心から感謝されることの喜びが、その銅貨には詰まっているような気がした。
猫探し依頼は、魔物討伐とは全く違う難しさがあった。
戦闘力ではなく、根気強さ、観察眼、そして優しさが求められた。
しかし、諦めずに続けたこと、そして咄嗟の機転でギフトを応用したことが、無事に依頼達成へと繋がった。
冒険者には、腕力だけではなく、様々なスキルと、そして何よりも、困っている人を助けたいという気持ちが大切なのかもしれない。
アルトは、この依頼を通じて、また一つ、大切なことを学んだ気がした。
報酬を受け取り、村長と孫娘に温かく見送られ、アルトは家路についた。
手元には、念願の革鎧購入のための資金が、さらに増えた。
そして、心の中には、新たな経験によって得られた確かな自信と、冒険者としての自分の可能性が少し広がったという、確かな実感があった。
「次は、いよいよ鎧を手に入れて…そして、また新しい依頼に挑戦だ!」
アルトの目は、輝く未来を、そしてその先にある更なる成長を見据えていた。
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