【完結】追放王女は辺境へ

シマセイ

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第十四話:故国の影、そして迫りくる新たな試練

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グリューンフェルス城での日々は、フィリアにとって、まるで嵐の後の凪のように穏やかで、満ち足りたものだった。

レオンハルト辺境伯の揺るぎない庇護のもと、彼女は少しずつ過去の傷を癒し、心からの笑顔を取り戻しつつあった。

城の広大な図書室で知識を深め、手入れの行き届いた薬草園で新たな薬草の研究に没頭し、そして何よりも、レオンハルトと過ごす穏やかな時間が、彼女の心を温かく満たしていた。

都の市場で見つけた珍しい薬草の知識が、偶然にも領民の子供の病を癒すきっかけとなったり、レオンハルトが政務で頭を悩ませている際に、彼女の何気ない一言が問題解決の糸口となったりと、フィリアは知らず知らずのうちに、このグリューネヴァルト辺境伯領でも、自分の知識と能力を活かせる場所を見つけ始めていた。

レオンハルトもまた、フィリアの聡明さと優しさ、そして時折見せる活発な一面に、ますます強く惹かれていた。

彼女の過去については、依然として謎に包まれたままだったが、彼はそれを詮索することなく、ただ彼女が心を開いてくれる日を辛抱強く待ち続けていた。

二人の間には、言葉にしなくても互いを理解し合えるような、深く穏やかな愛情が育まれつつあった。

しかし、そんな平穏な日々は、ある日突然、不穏な報せによって破られることになる。

その日、騎士団長のゲルハルトが、血相を変えてレオンハルトの執務室へと駆け込んできた。

その手には、ミモザ村を襲った魔物の大量発生に関する、最新の調査報告書が握られている。

「辺境伯様!緊急のご報告がございます!例の魔物襲撃事件の件ですが……驚くべき事実が判明いたしました!」

ゲルハルトの切羽詰まった声に、レオンハルトの表情が険しくなる。

フィリアもまた、偶然その場に居合わせ、胸騒ぎを覚えながらその報告に耳を傾けた。

「森の奥で見つかった祭壇から採取された魔力の残滓、及びそこで使用されていたと思われる呪具の破片を、王都アカデミーの魔術師に依頼して詳細に分析させた結果……その術式が、エルドラード王国の一部の過激な魔術師集団が秘匿しているとされる、極めて危険な禁術の一つと酷似していることが判明いたしました!」

エルドラード王国。

その名を聞いた瞬間、フィリアの背筋を冷たいものが走り、血の気が引いていくのを感じた。

ゲルハルトは続けた。

「さらに、祭壇の周辺で発見された特殊な黒曜石の欠片……これは、エルドラード王国内の、それも王家が管理する特定の鉱山でしか産出されない極めて希少な鉱石であることも確認が取れました。これらの証拠は……今回の魔物襲撃が、エルドラード王国の何者かによって、意図的に引き起こされた可能性が極めて高いことを示しております!」

「なんだと……!?エルドラード王国が、我が領に牙を剥いたというのか……!?」

レオンハルトは、激しい怒りと驚愕に目を見開いた。

フィリアは、その場で立ち尽くし、言葉を失っていた。

自分の故国が……そんな恐ろしいことを……?

信じられない、信じたくない。

しかし、ゲルハルトが提示する証拠は、あまりにも具体的で、否定のしようがなかった。

さらに、追い打ちをかけるように、グリューネヴァルト辺境伯領に潜入させていた密偵からもたらされた、エルドラード王国の現状に関する衝撃的な情報が、レオンハルトに伝えられた。

「エルドラード王国では、ここ数ヶ月、原因不明の魔物の異常発生が国内各地で頻発している模様です。特に国境付近の防衛線は次々と突破され、多くの村や町が魔物の蹂躙に遭い、国土は荒廃。民衆は恐怖に陥り、王都では食料の配給も滞り始め、王国の統治機能は麻痺しつつある、と……。」

その報告は、フィリアにとって、まさに青天の霹靂だった。

自分の故国が、今まさに滅亡の危機に瀕している。

そして、その原因の一端が、自国の誰かの愚かな行いによって、この隣国にまで災厄をもたらしたかもしれない。

(そんな……馬鹿な……!父上も、母上も、そしてアルフレッドやセレスティアも……一体、何を……!?)

怒り、悲しみ、混乱、そして故国の民への言いようのない罪悪感。

様々な感情が、フィリアの胸の中で激しく渦巻いた。

彼女にとってエルドラード王国は、愛憎半ばする存在だった。

理不尽な追放を受け、全てを奪われた憎しみ。

しかし、そこで生まれ育ち、民の幸せを願っていた王女としての誇りと愛情もまた、まだ彼女の心の奥底には残っていたのだ。

レオンハルトは、フィリアの蒼白な顔色と、その瞳に浮かぶ深い苦悩の色を、痛ましい思いで見つめていた。

彼は、フィリアがエルドラード王国の出身であること、そしておそらくは極めて高貴な身分であったことを、ほぼ確信していた。

そして、今回の事件と、彼女の追放には、何か深い繋がりがあるのではないかと。

「……フィリア。大丈夫か。」

レオンハルトは、フィリアの肩にそっと手を置き、できる限り優しい声で語りかけた。

その声には、彼女の心の痛みを分かち合おうとする、深い思いやりが込められていた。

「レオンハルト様……私は……私の故郷が……」

フィリアの声は、震えていた。

レオンハルトは、そんな彼女を力づけるように、しっかりと抱き寄せた。

「今は何も考えなくていい。君は、何も悪くないのだから。だが、この事態は放置できん。エルドラード王国との国境警備を最大限に強化すると共に、今回の事件の黒幕の正体と、その真の目的を、必ず突き止めねばならん。」

レオンハルトは、領主としての厳しい表情に戻り、ゲルハルトに矢継ぎ早に指示を飛ばした。

フィリアは、レオンハルトの温かい腕の中で、激しく揺れ動く自分の心を、必死に抑えようとしていた。

故国の危機。

そして、その原因に関わっているかもしれない、かつて自分を裏切った者たち。

自分は、どうすべきなのか。

ただ嘆き、悲しんでいるだけで良いのだろうか。

いや、違う。

ミモザ村での経験が、彼女に教えてくれたはずだ。

絶望的な状況でも、決して諦めず、自分にできることを見つけ、行動することの重要性を。

フィリアの青い瞳に、徐々にではあるが、新たな決意の光が灯り始めていた。

それは、ただ自分の幸せを求めるだけでなく、この未曾有の危機に対し、エルドラード王国の元王女として、そして一人の人間として、真正面から向き合おうとする、強い意志の光だった。

グリューネヴァルトの都に吹く風は、いつの間にか冷たさを増し、大きな嵐の訪れを予感させていた。
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