【完結】追放王女は辺境へ

シマセイ

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第十三話:グリューンフェルス城の光と影、そして芽吹く新たな想い

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グリューネヴァルトの都、アウステルリッツ。

その名は、フィリアがエルドラード王国の王宮で学んだ地理書にも記されていた、古くから交通の要衝として栄え、豊かな鉱物資源と肥沃な大地に恵まれた、辺境伯領の誇るべき首都だった。

馬車が壮麗な城門をくぐり、石畳の大通りを進むと、フィリアはその活気と美しさに改めて目を見張った。

整然と区画された街並み、赤レンガや白い漆喰(しっくい)で彩られた家々、そして道行く人々の表情の明るさ。

その全てが、この地が優れた領主によって善政が敷かれていることを物語っているようだった。

やがて一行は、都の中央に聳え立つ、グリューンフェルス城の威容を仰ぎ見る場所に到着した。

「緑の岩」の名を持つその城は、堅牢な灰色の石垣の上に築かれ、いくつもの尖塔が空を突くように伸びている。

質実剛健でありながら、どこか気品を感じさせるその佇まいは、まさにこの地を治めるレオンハルト辺境伯その人を象徴しているかのようだった。

城門を通過し、中庭へと馬車が進むと、そこには既に多くの家臣や侍女たちが整列し、主君の帰還と、そして彼が伴ってきた謎の女性の到着を、緊張と好奇の入り混じった面持ちで待ち構えていた。

レオンハルトは、フィリアの手を優しく取り、馬車から降りるのをエスコートすると、集まった家臣たちに向かって、落ち着いた、しかし威厳のある声で告げた。

「皆、長旅ご苦労だった。そして、こちらがフィリア殿だ。彼女は、私の大切な客人であり、我がグリューネヴァルト家の庇護下にある方だ。くれぐれも非礼のないように。フィリア殿の世話は、侍女長のエルマに一任する。」

その言葉に、家臣たちは一斉に頭を下げたが、彼らの視線の中には、フィリアの美しさへの驚嘆と共に、その質素な旅装や、多くを語ろうとしない辺境伯の態度から、彼女の素性に対する様々な憶測が飛び交っているのが見て取れた。

侍女長と紹介されたエルマは、年の頃五十代半ばの、厳格そうな、しかしどこか温かみのある眼差しをした女性だった。

彼女は、フィリアに恭しく一礼すると、落ち着いた物腰で城の奥へと案内してくれた。

フィリアに与えられたのは、城の東翼にある、陽当たりの良い広々とした客室だった。

そこには、大きな天蓋付きのベッド、美しい彫刻が施された化粧台、そして窓からは手入れの行き届いた中庭の花々が一望できる。

エルドラード王宮の自室ほどではないにしろ、ミモザ村の小さな小屋とは比べ物にならないほど快適で、美しい部屋だった。

「フィリア様、何かご入用のものがございましたら、何なりと私にお申し付けくださいませ。」

エルマはそう言うと、数人の若い侍女たちにフィリアの身の回りの世話を指示し、静かに部屋を辞した。

一人残されたフィリアは、久しぶりに感じる柔らかなベッドの感触や、温かい湯が用意された浴室の贅沢さに、思わず涙ぐみそうになった。

しかし、同時に、この過分な待遇が、自分の正体を知らないレオンハルトの善意によるものであることを思うと、胸の奥がチクリと痛んだ。

(私は……いつまで、この優しさに甘えていられるのだろうか……)

グリューンフェルス城での生活が始まって数日、フィリアは、レオンハルトが領主として政務を執る姿を、何度か遠巻きに目にする機会があった。

広大な執務室で、山のような書類に目を通し、家臣たちと真剣な議論を交わし、時には民からの切実な陳情に耳を傾け、公正かつ迅速な判断を下す。

その姿は、ミモザ村で見た、民と共に汗を流す気さくな領主とはまた違う、厳格で、しかし深い思慮と民への愛情に満ちた、真の指導者の顔だった。

フィリアは、そんなレオンハルトの姿を見るたびに、彼への尊敬の念を深めると同時に、自分の無力さを感じずにはいられなかった。

(私にできることは、何かないのだろうか……ただ、庇護されるだけの存在ではいたくない……)

そんなフィリアの気持ちを察してか、レオンハルトは、彼女が城の中で退屈しないようにと、様々な配慮をしてくれた。

城の広大な図書室を自由に使うことを許可し、また、天気の良い日には、信頼できる老騎士を護衛につけて、都の散策を勧めてくれた。

フィリアは、久しぶりに触れる膨大な書物の知識に心を躍らせ、また、グリューネヴァルトの都の活気に満ちた市場や、アカデミー地区の知的な雰囲気、そして職人たちが丹精込めて品物を作り出す工房街などを巡るうちに、少しずつ心の元気を取り戻していった。

ある日、市場の片隅で、珍しい薬草を売っている露店を見つけた。

それは、エルドラード王国ではほとんど見かけることのない、高山にしか自生しないとされる貴重な薬草だった。

フィリアがその薬草の効能や扱い方について店主と専門的な会話を交わしていると、偶然通りかかった、少し顔色の悪い子供を連れた母親が、興味深そうにその話に聞き入っていた。

フィリアは、その子供の咳の様子や顔色から、軽い気管支の不調であることを見抜き、母親にその薬草を使った簡単な煎じ薬の作り方を教えてあげた。

数日後、その母親がわざわざ城門までフィリアを訪ねてきて、「おかげさまで、子供の咳がすっかり良くなりました!」と、深々と頭を下げて感謝していったという。

その出来事は、フィリアに小さな、しかし確かな喜びと自信を与えてくれた。

自分にも、この都でできることがあるかもしれない、と。

夜、城の静まり返った庭園や、月明かりが差し込むバルコニーで、フィリアとレオンハルトは、二人きりで語り合う時間を持つことが増えた。

フィリアは、その日の出来事や、都で感じたこと、そしてミモザ村での思い出などを、少しずつではあるが、素直にレオンハルトに話すようになった。

レオンハルトは、そんなフィリアの話にじっと耳を傾け、彼女の聡明な意見や、時折見せる無邪気な笑顔に、ますます心を惹かれていくのを感じていた。

彼は、決してフィリアの過去を詮索しようとはせず、ただ、彼女が自分から話してくれる日を、辛抱強く待ち続けていた。

その深い優しさと包容力が、フィリアの心を確実に溶かし、彼への信頼と愛情を、より一層確かなものへと育てていた。

「フィリア、君がこのグリューネヴァルトに来てくれて、本当に良かったと思っている。君の笑顔を見ていると、私も心が安らぐのだ。」

ある夜、星空の下で、レオンハルトがそう言ってフィリアの手をそっと握った時、フィリアの心は、これまでに感じたことのないほどの温かい幸福感で満たされた。

(この人のそばなら……私は、本当に新しい人生を始められるかもしれない……)

追放された王女フィリアの、再生への物語は、このグリューネヴァルトの都で、新たな、そしてより輝かしい光を放ち始めていた。
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