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第十五話:心の深淵、そして真実を告げる覚悟
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エルドラード王国の危機的状況と、ミモザ村を襲った魔物の大量発生の裏に潜む自国の関与の可能性。
それらの衝撃的な事実は、フィリアの心に重くのしかかり、数日間にわたり彼女を深い苦悩の淵へと沈めていた。
夜ごと、眠れぬままに寝台の上で幾度も寝返りを打ち、昼間はグリューンフェルス城の窓から見える活気ある都の風景さえも、どこか遠い世界の出来事のように感じられた。
自分を裏切り、追放した王家への怒りと憎しみ。
しかし、その一方で、エルドラードの国土で今まさに魔物の脅威に怯え、苦しんでいるであろう罪のない民衆の姿を思うと、胸が張り裂けるような痛みを覚える。
(私は……エルドラードを憎んでいるはず。あの者たちがどうなろうと、知ったことではないはずなのに……なぜ、こんなにも心が痛むの……?)
フィリアは、自らの心の矛盾に戸惑い、混乱していた。
元王女としての責務感など、追放されたあの日に捨て去ったはずだった。
だが、故郷の土で育まれた情愛や、幼い頃に父王から聞かされた「王族は民のために在るべし」という言葉は、彼女の魂の奥深くに、まだ確かに息づいていたのだ。
そんなフィリアの苦悩を、レオンハルト辺境伯は静かに見守っていた。
彼は、フィリアが何かに深く心を痛めていることを察しつつも、決して急かしたり、無理に聞き出そうとしたりはしなかった。
ただ、これまでと変わらぬ穏やかで誠実な態度で彼女に接し、彼女が一人で抱えきれない重荷を、いつでも分かち合う準備ができていることを、その無言の優しさで示し続けていた。
「フィリア、顔色が優れないようだが、大丈夫か?何か私にできることがあれば、遠慮なく言ってほしい。」
共に食事をする時、あるいは城の庭園を散策する時、レオンハルトは常にフィリアを気遣い、その温かい眼差しは、彼女の凍てついた心を少しずつ溶かしていくようだった。
ある晴れた午後、フィリアは一人、城の図書室で古い書物をめくっていた。
しかし、その内容は少しも頭に入ってこない。
ふと、彼女の脳裏に、ミモザ村での出来事が鮮やかに蘇った。
魔物の襲撃という絶望的な状況の中で、村人たちと手を取り合い、知恵を絞り、必死に生きようとした日々。
そして、傷ついたレオンハルトを、薬草の知識を頼りに懸命に看病したこと。
あの時、自分は無力ではなかった。
自分にできることが、確かにあったのだ。
(そうだわ……私は、ただ嘆いているだけではいけない。私にできることが、きっと何かあるはず……)
そして、マーサの言葉が、再びフィリアの心に響いた。
『差し伸べられた手が、本当に温かいものかどうかは、一度勇気を出して握ってみなければ分からんこともあるんじゃないかねぇ。』
レオンハルトの手は、温かい。
彼の言葉は、誠実だ。
もし、彼に全てを打ち明けたなら……彼は、私を受け止めてくれるだろうか。
そして、私の突拍子もない願いを、聞き入れてくれるだろうか。
フィリアの中で、徐々に、しかし確実に、一つの大きな決意が形作られようとしていた。
その日の夕刻。
フィリアは、意を決してレオンハルトの執務室の扉を叩いた。
「レオンハルト様、今少し、お時間をいただけますでしょうか。あなた様に……お話ししなければならないことがございます。」
彼女の声は、緊張で微かに震えていたが、その青い瞳には、迷いのない、強い光が宿っていた。
レオンハルトは、書類から顔を上げ、フィリアのそのただならぬ様子に気づくと、静かに頷き、人払いを命じた。
重厚な扉が閉じられ、執務室には二人きりの静寂が訪れる。
フィリアは、大きく深呼吸を一つすると、ゆっくりと、しかしはっきりとした声で語り始めた。
「レオンハルト様……私は、あなた様に、これまでずっと隠してきたことがございます。私の……本当の身分と、私がこのグリューネヴァルト辺境伯領に流れ着いた、本当の理由を。」
それは、彼女にとって、あまりにも重く、そして辛い告白の始まりだった。
エルドラード王国の第一王女であったこと。
婚約者であったアストリア王国のアルフレッド王子と、実の妹であるセレスティアの裏切り。
そして、両親にまで見捨てられ、全てを奪われて国外へ追放された、あの屈辱の日々。
フィリアは、時折言葉を詰まらせ、涙を堪えながらも、自分の身に起こった全ての出来事を、包み隠さずレオンハルトに語った。
レオンハルトは、その衝撃的な告白を、一度も口を挟むことなく、ただ静かに、真剣な眼差しで聞き入っていた。
彼の表情は、驚きと、そしてフィリアがこれまで耐えてきた苦しみへの深い同情と、裏切った者たちへの静かな怒りに染まっていた。
「……そして今、私の故国エルドラードは、原因不明の魔物の大量発生により、滅亡の危機に瀕していると伺いました。その原因の一端が、エルドラード王国の誰かの愚かな行いによって、このグリューネヴァルト辺境伯領にまで災厄をもたらした可能性があることも……。」
フィリアの声は、罪悪感と悲しみで震えていた。
「私は、エルドラードを捨てた身。王家を憎んでいます。しかし……そこで暮らす罪のない民まで見捨てることは……私にはできません。彼らもまた、愚かな王家や貴族たちの犠牲者なのです。」
フィリアは、そこまで言うと、顔を上げ、レオンハルトの金色の瞳を真っ直ぐに見つめた。
「レオンハルト様。私は……エルドラードへ戻りたいのです。この目で真実を確かめ、そして、もし私にできることがあるのなら、故国の民を救うために、力を尽くしたい。このような身勝手な願いであることは、重々承知しております。あなた様にご迷惑をおかけすることも……。しかし……」
彼女の言葉は、悲痛な覚悟に満ちていた。
追放された王女が、自分を裏切った国へ戻り、民を救いたいと願う。
それは、あまりにも無謀で、危険な道のりであることは明らかだった。
執務室には、再び重い沈黙が訪れた。
フィリアは、レオンハルトの返事を、息を詰めて待っていた。
彼の答え如何によっては、二人の関係も、そしてフィリアの運命も、再び大きく変わってしまうかもしれない。
長い、長い沈黙の後、レオンハルトは、ゆっくりと口を開いた。
その声は、どこまでも穏やかで、そして力強かった。
「……フィリア。全てを話してくれて、ありがとう。」
それらの衝撃的な事実は、フィリアの心に重くのしかかり、数日間にわたり彼女を深い苦悩の淵へと沈めていた。
夜ごと、眠れぬままに寝台の上で幾度も寝返りを打ち、昼間はグリューンフェルス城の窓から見える活気ある都の風景さえも、どこか遠い世界の出来事のように感じられた。
自分を裏切り、追放した王家への怒りと憎しみ。
しかし、その一方で、エルドラードの国土で今まさに魔物の脅威に怯え、苦しんでいるであろう罪のない民衆の姿を思うと、胸が張り裂けるような痛みを覚える。
(私は……エルドラードを憎んでいるはず。あの者たちがどうなろうと、知ったことではないはずなのに……なぜ、こんなにも心が痛むの……?)
フィリアは、自らの心の矛盾に戸惑い、混乱していた。
元王女としての責務感など、追放されたあの日に捨て去ったはずだった。
だが、故郷の土で育まれた情愛や、幼い頃に父王から聞かされた「王族は民のために在るべし」という言葉は、彼女の魂の奥深くに、まだ確かに息づいていたのだ。
そんなフィリアの苦悩を、レオンハルト辺境伯は静かに見守っていた。
彼は、フィリアが何かに深く心を痛めていることを察しつつも、決して急かしたり、無理に聞き出そうとしたりはしなかった。
ただ、これまでと変わらぬ穏やかで誠実な態度で彼女に接し、彼女が一人で抱えきれない重荷を、いつでも分かち合う準備ができていることを、その無言の優しさで示し続けていた。
「フィリア、顔色が優れないようだが、大丈夫か?何か私にできることがあれば、遠慮なく言ってほしい。」
共に食事をする時、あるいは城の庭園を散策する時、レオンハルトは常にフィリアを気遣い、その温かい眼差しは、彼女の凍てついた心を少しずつ溶かしていくようだった。
ある晴れた午後、フィリアは一人、城の図書室で古い書物をめくっていた。
しかし、その内容は少しも頭に入ってこない。
ふと、彼女の脳裏に、ミモザ村での出来事が鮮やかに蘇った。
魔物の襲撃という絶望的な状況の中で、村人たちと手を取り合い、知恵を絞り、必死に生きようとした日々。
そして、傷ついたレオンハルトを、薬草の知識を頼りに懸命に看病したこと。
あの時、自分は無力ではなかった。
自分にできることが、確かにあったのだ。
(そうだわ……私は、ただ嘆いているだけではいけない。私にできることが、きっと何かあるはず……)
そして、マーサの言葉が、再びフィリアの心に響いた。
『差し伸べられた手が、本当に温かいものかどうかは、一度勇気を出して握ってみなければ分からんこともあるんじゃないかねぇ。』
レオンハルトの手は、温かい。
彼の言葉は、誠実だ。
もし、彼に全てを打ち明けたなら……彼は、私を受け止めてくれるだろうか。
そして、私の突拍子もない願いを、聞き入れてくれるだろうか。
フィリアの中で、徐々に、しかし確実に、一つの大きな決意が形作られようとしていた。
その日の夕刻。
フィリアは、意を決してレオンハルトの執務室の扉を叩いた。
「レオンハルト様、今少し、お時間をいただけますでしょうか。あなた様に……お話ししなければならないことがございます。」
彼女の声は、緊張で微かに震えていたが、その青い瞳には、迷いのない、強い光が宿っていた。
レオンハルトは、書類から顔を上げ、フィリアのそのただならぬ様子に気づくと、静かに頷き、人払いを命じた。
重厚な扉が閉じられ、執務室には二人きりの静寂が訪れる。
フィリアは、大きく深呼吸を一つすると、ゆっくりと、しかしはっきりとした声で語り始めた。
「レオンハルト様……私は、あなた様に、これまでずっと隠してきたことがございます。私の……本当の身分と、私がこのグリューネヴァルト辺境伯領に流れ着いた、本当の理由を。」
それは、彼女にとって、あまりにも重く、そして辛い告白の始まりだった。
エルドラード王国の第一王女であったこと。
婚約者であったアストリア王国のアルフレッド王子と、実の妹であるセレスティアの裏切り。
そして、両親にまで見捨てられ、全てを奪われて国外へ追放された、あの屈辱の日々。
フィリアは、時折言葉を詰まらせ、涙を堪えながらも、自分の身に起こった全ての出来事を、包み隠さずレオンハルトに語った。
レオンハルトは、その衝撃的な告白を、一度も口を挟むことなく、ただ静かに、真剣な眼差しで聞き入っていた。
彼の表情は、驚きと、そしてフィリアがこれまで耐えてきた苦しみへの深い同情と、裏切った者たちへの静かな怒りに染まっていた。
「……そして今、私の故国エルドラードは、原因不明の魔物の大量発生により、滅亡の危機に瀕していると伺いました。その原因の一端が、エルドラード王国の誰かの愚かな行いによって、このグリューネヴァルト辺境伯領にまで災厄をもたらした可能性があることも……。」
フィリアの声は、罪悪感と悲しみで震えていた。
「私は、エルドラードを捨てた身。王家を憎んでいます。しかし……そこで暮らす罪のない民まで見捨てることは……私にはできません。彼らもまた、愚かな王家や貴族たちの犠牲者なのです。」
フィリアは、そこまで言うと、顔を上げ、レオンハルトの金色の瞳を真っ直ぐに見つめた。
「レオンハルト様。私は……エルドラードへ戻りたいのです。この目で真実を確かめ、そして、もし私にできることがあるのなら、故国の民を救うために、力を尽くしたい。このような身勝手な願いであることは、重々承知しております。あなた様にご迷惑をおかけすることも……。しかし……」
彼女の言葉は、悲痛な覚悟に満ちていた。
追放された王女が、自分を裏切った国へ戻り、民を救いたいと願う。
それは、あまりにも無謀で、危険な道のりであることは明らかだった。
執務室には、再び重い沈黙が訪れた。
フィリアは、レオンハルトの返事を、息を詰めて待っていた。
彼の答え如何によっては、二人の関係も、そしてフィリアの運命も、再び大きく変わってしまうかもしれない。
長い、長い沈黙の後、レオンハルトは、ゆっくりと口を開いた。
その声は、どこまでも穏やかで、そして力強かった。
「……フィリア。全てを話してくれて、ありがとう。」
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