【完結】追放王女は辺境へ

シマセイ

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第十七話:暁光の旗めく時、決戦の地へ

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レオンハルト辺境伯によるエルドラード王国への出撃命令は、一夜にしてグリューンフェルス城を戦場の喧騒へと変えた。

鍛冶場からは昼夜を分かたず武具を打つ音が響き渡り、練兵場では騎士たちの鋭い掛け声が飛び交う。

厩舎(きゅうしゃ)では軍馬がいななき、兵站部では食料や矢弾、薬草などの物資が慌ただしく積み込まれていく。

その全てが、間近に迫った決戦の時を告げていた。

フィリアは、その城内の熱気に圧倒されそうになりながらも、自分にできることは何かを必死に考えていた。

そして、彼女はレオンハルトの執務室を訪れ、固い決意を秘めた瞳で彼に願い出た。

「レオンハルト様、私も……私も、エルドラードへお供させてください。」

レオンハルトは、書類の山から顔を上げ、驚いたようにフィリアを見つめた。

「フィリア、君の気持ちは嬉しい。だが、戦場は危険だ。君をそのような場所に連れて行くわけには……」

「いいえ、レオンハルト様。私は、もはやエルドラード王国の王女ではございません。しかし、あの地で苦しむ民を見捨てることは、私にはできません。そして何よりも……あなた様のお役に立ちたいのです。王都アヴァロンの地理や王宮の内部構造、あるいは『黒き月の結社』に関する僅かな知識でも、何かのお役に立てるかもしれません。」

フィリアの言葉には、懇願だけでなく、決して折れることのない強い意志が込められていた。

レオンハルトは、しばらくの間、彼女の青い瞳をじっと見つめていたが、やがて小さくため息をつき、そして頷いた。

「……わかった。君のその覚悟、受け止めよう。だが、決して無理はしないと約束してくれ。君の身の安全は、私が必ず守る。君には、後方で負傷者の手当てや、薬の準備など、支援に徹してもらうことになるだろう。」

「はい!ありがとうございます、レオンハルト様!」

フィリアの顔が、ぱっと明るくなった。

その日から、フィリアは戦準備に奔走した。

薬草師としての知識を総動員し、大量の傷薬、止血剤、解毒薬、そして兵士たちの疲労を回復させ、気力を高めるための特別なハーブブレンドなどを、不眠不休で調合し続けた。

また、彼女は護身用として、かつて父王から下賜されたものの、追放の際に手放さざるを得なかった短剣とよく似た、グリューネヴァルトの職人が鍛えた美しい短剣を、レオンハルトから贈られた。

その冷たい鉄の感触が、フィリアに戦場へ赴くことの現実を改めて突きつけ、身を引き締めさせた。

数日後、グリューネヴァルト辺境伯軍は、夜明け前の薄明かりの中、エルドラード王国へ向けてグリューンフェルス城を出陣した。

総勢およそ三千。

辺境伯領の精鋭中の精鋭である騎士団を中心に、屈強な歩兵部隊、そして弓兵部隊が続く。

城壁の上や沿道には、多くの領民たちが集まり、出陣していく兵士たちに熱烈な声援を送っていた。

「辺境伯様に勝利を!」
「フィリア様も、どうかご無事で!」

いつの間にか、レオンハルトの傍らに常に寄り添う美しい女性の存在は、領民たちの間でも「辺境伯様がミモザ村で見初められた、心優しき薬草師様」として、好意的に噂されるようになっていた。

フィリアは、人々の温かい声援に胸を熱くしながら、レオンハルトが用意してくれた、負傷兵の搬送も可能な幌付きの頑丈な馬車に乗り込み、故国へと向かう長い列に加わった。

エルドラード王国との国境を越えると、フィリアたちが目の当たりにしたのは、想像を絶するほど荒廃した故国の姿だった。

魔物に襲われ、黒焦げになった村々。

打ち捨てられた畑には、無残な骸(むくろ)が転がり、カラスの群れが不吉な鳴き声を上げている。

道端では、飢えと恐怖に怯え、痩せ細った避難民たちが、虚ろな目で救援軍の列を眺めていた。

フィリアは、そのあまりにも悲惨な光景に、何度も言葉を失い、涙を堪えるのに必死だった。

(これが……私の愛したエルドラード……。何という、変わり果てた姿なの……)

レオンハルトは、そんなフィリアの肩を黙って抱き寄せ、彼女の悲しみを分かち合うように、固く唇を結んでいた。

「必ずだ、フィリア。必ず、この悲劇を終わらせ、君の故国に光を取り戻してみせる。」

彼の力強い言葉が、フィリアの心をわずかに支えた。

進軍を続けるうちに、斥候からもたらされる情報は、ますます絶望的なものとなっていった。

王都アヴァロンは、おびただしい数の魔物の大群と、『黒き月の結社』の魔術師たちが張った強力な魔力結界によって、鉄壁の要塞と化しているという。

そして、王宮内では、セレスティア第二王女がアルフレッド元王子(彼はアストリア王国から追放された後、セレスティアを頼ってエルドラードに潜入していたらしい)と結託し、病床の国王を傀儡として、事実上の恐怖政治を敷いているとのことだった。

民衆の不満は限界に達しているが、『黒き月の結社』の魔術師たちの力の前には、なすすべもないらしい。

数日後、グリューネヴァルト辺境伯軍は、ついに王都アヴァロンを遠望できる丘陵地帯へと到達した。

眼下に広がるアヴァロンの都は、かつての美しい面影を残してはいたものの、その周囲を黒い魔物の群れが取り囲み、不気味な瘴気が立ち込めているのが見て取れた。

レオンハルトは、直ちに野営地を設営させ、幕僚たちを集めて最後の作戦会議を開いた。

「敵の数は我々を遥かに上回る。正面からの攻撃は無謀だ。何としても、敵の意表を突く必要がある。」

騎士団長ゲルハルトが、厳しい表情で戦況を分析する。

その時、フィリアが静かに口を開いた。

「レオンハルト様、ゲルハルト様。もし、王宮の内部に潜入し、混乱を引き起こすことができれば、あるいは勝機が見えるかもしれません。」

「王宮内部へ……?しかし、どうやって?」

「アヴァロンの王宮には、古くから伝わるいくつかの秘密の通路がございます。そのうちの一つは、王宮の地下水路へと繋がっており、おそらく『黒き月の結社』の者たちも気づいてはおりますまい。私が、その通路をご案内できます。」

フィリアの言葉に、会議に参加していた者たちは息を呑んだ。

元王女である彼女だからこそ知り得る、まさに切り札とも言える情報だった。

「そして、『黒き月の結社』の魔術師たちですが、彼らの操る闇の魔術は強力ですが、古の伝承によれば、聖なる力を持つ特定の植物の香りに弱いとされております。私が調合したこの香油を、秘密の通路から王宮内に流し込むことができれば、彼らの魔力を一時的にでも弱体化させることができるかもしれません。」

フィリアは、懐から小さな水晶の小瓶を取り出し、皆に示した。

中には、彼女が道中、密かに調合していた、清らかで強い芳香を放つ金色の液体が入っている。

レオンハルトは、フィリアのその大胆かつ緻密な提案に、改めて彼女の非凡さを感じると共に、その危険な任務に彼女を巻き込むことへの躊躇いを覚えた。

しかし、フィリアの瞳には、もはや迷いの色はなかった。

「レオンハルト様、どうか私にお任せください。これは、私自身の戦いでもあるのですから。」

その強い意志を前に、レオンハルトもまた、頷かざるを得なかった。

「……わかった、フィリア。君の策を採用しよう。だが、決して無理はするな。君の安全が最優先だ。」

こうして、王都アヴァロン解放のための、奇襲作戦の骨子が固まった。

それは、フィリアの知識と勇気、そしてレオンハルトの決断力と、彼を信じる兵士たちの力が一つとなって初めて成功しうる、困難な作戦だった。

決戦の時は、すぐそこまで迫っていた。

フィリアは、故国の空を見上げ、静かに祈りを捧げた。

どうか、この戦いに勝利し、苦しむ民に平和を取り戻すことができますように。

そして、愛するレオンハルトと共に、未来を掴むことができますように、と。
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