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第十八話:月影の奇襲、そして王宮に響く鉄と魔法
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王都アヴァロンを包囲する魔物の群れと、『黒き月の結社』の不気味な魔力結界。
その鉄壁とも思える布陣に対し、レオンハルト辺境伯が下した決断は、フィリアの知識と勇気を鍵とする、大胆不敵な奇襲作戦だった。
決行は、月が最も細くなる新月の前夜。
深い闇が、潜入部隊の姿を隠してくれるはずだ。
フィリアは、レオンハルト、騎士団長のゲルハルト、そして選りすぐられた十数名の精鋭騎士と共に、夜陰に紛れて王宮の地下水路へと繋がるという秘密の通路の入り口へと向かった。
その通路は、王宮の古い庭園の、今はもう誰も近づかない荒れ果てた一角に、苔むした石像に隠されるようにして存在していた。
「……ここですわ。幼い頃、一度だけ迷い込んだことがございます。確か、この石像の台座の一部を動かすと……」
フィリアは、記憶を頼りに石像の台座に手をかけ、ある特定の模様が刻まれた部分を押し込んだ。
ゴゴゴ……という低い音と共に、地面の一部が静かにずれ動き、地下へと続く暗い階段が現れた。
「素晴らしい……本当にあったとは。」
ゲルハルトが感嘆の声を漏らす。
フィリアは、懐から取り出した小さな水晶の小瓶――聖なる力を持つとされる植物から抽出した、清浄な芳香を放つ金色の香油――を染み込ませた布を、騎士たちに手渡した。
「この香りを、通路の要所要所に置いていってください。そして、王宮内に到達したら、できる限りこの香りを拡散させるのです。『黒き月の結社』の魔術師たちの闇の魔力は、聖なる香気に弱いと古文書にありました。完全に無力化はできなくとも、彼らの力を削ぐことはできるはずです。」
騎士たちは、フィリアの言葉に力強く頷き、香油の布を手に、次々と暗い通路へと降りていく。
レオンハルトは、最後にフィリアの手を強く握った。
「フィリア、君も十分に気をつけるんだ。決して無理はするな。」
「はい、レオンハルト様もご武運を。」
二人は、互いの瞳に宿る決意を確かめ合うと、静かに頷き合った。
同じ頃、王都アヴァロンの城門の外では、辺境伯軍の主力が、陽動のための攻撃準備を完了させていた。
約束の時刻。
夜空に、一本の赤い火矢が高く打ち上げられる。
それを合図に、辺境伯軍は一斉に鬨の声を上げ、魔法の光弾や投石器の石弾を城門へと叩きつけ始めた。
轟音と共に、城壁の一部が崩れ、守備についていた魔物たちが混乱し、その注意は完全に城門へと引きつけられた。
「来たか……!」
地下通路を進んでいたレオンハルトは、遠く響く戦闘の音を聞き、静かに呟いた。
そして、フィリアの指示通りに設置された香油の布から立ち昇る清浄な香りが、地下通路を満たし、やがて王宮の深部へと流れ込み始める。
その効果は、予想以上だった。
王宮内で魔力の結界を維持し、あるいは新たな魔物を召喚しようとしていた『黒き月の結社』の魔術師たちが、次々と原因不明の頭痛や吐き気、そして魔力の著しい減退を訴え始めたのだ。
「ぐっ……な、何だこの香りは……力が……!」
「結界が……結界が弱まっているぞ!」
彼らの間に動揺が広がり、王宮内の守備体制に、明らかな綻びが生じ始めた。
「今だ!突入する!」
レオンハルトの号令一下、潜入部隊は地下通路から王宮の一階へと躍り出た。
そこは、かつてフィリアが慣れ親しんだ、美しいタペストリーが飾られた回廊だったが、今は薄暗く、不気味な魔力の残滓が漂っている。
「敵襲!敵襲だ!」
異変に気づいたエルドラード兵や、弱体化しつつも抵抗を試みる『黒き月の結社』の魔術師たちが、次々と潜入部隊の前に立ちはだかった。
しかし、レオンハルトとゲルハルト、そして選りすぐりの騎士たちの武勇は圧倒的だった。
レオンハルトの振るう長剣は、闇を切り裂く稲妻のように煌めき、ゲルハルトの戦斧は、敵兵の盾ごと叩き割る。
騎士たちもまた、主君の背中を守り、一糸乱れぬ連携で敵を打ち破っていく。
フィリアは、直接的な戦闘には加わらなかったが、常にレオンハルトの傍近くに位置し、その知識と機転で彼らをサポートした。
「レオンハルト様、その先の角を曲がったところに、衛兵の詰め所が!おそらく数人の伏兵がおります!」
「ゲルハルト様、あの魔術師の詠唱……恐らくは幻覚系の魔法ですわ!目を閉じて、気配を頼りに!」
時には、懐から取り出した薬草の粉末を投げつけ、敵の視界を奪ったり、あるいは負傷した騎士に素早く応急手当を施したりと、彼女の存在は、潜入部隊にとってなくてはならないものとなっていた。
一方、王宮の最上階にある玉座の間では、セレスティア王女とアルフレッド元王子が、城門への攻撃と、王宮内部からの不審な物音に、パニックを起こしていた。
「な、何なのよ一体!魔物たちはどうしたの!?『黒き月の結社』の魔術師たちは、ちゃんと戦っているの!?」
セレスティアは、美しい顔を恐怖に歪ませ、金切り声を上げる。
「落ち着け、セレスティア!きっと、ただの陽動だ!我々には、まだ『黒き月の結社』の切り札がある……はずだ……」
アルフレッドは強がりを言いつつも、その声は明らかに震えていた。
彼らの浅はかな計算と、自己中心的な欲望は、今まさに破綻しようとしていた。
その二人を、玉座の影から冷ややかに見つめる一人の人物がいた。
漆黒のローブを深く被り、その顔を窺い知ることはできないが、その体からは禍々しいほどの魔力が放たれている。
『黒き月の結社』の、おそらくは高位の指導者なのだろう。
「……使えぬ駒どもめ。だが、まあ良い。計画の最終段階に、多少の騒ぎはつきものだ。」
ローブの人物は、そう呟くと、静かに闇の中へと姿を消した。
潜入部隊は、次々と現れる敵を打ち破りながら、ついに国王の寝室がある区画へと到達した。
その重厚な扉の前には、数人の屈強な『黒き月の結社』の魔術師が、最後の守りとして立ちはだかっていた。
彼らは、フィリアの香油の効果で弱ってはいたものの、その瞳には狂信的な光が宿っている。
「我らが主の邪魔はさせぬ!」
魔術師たちが、一斉に闇の魔法を放とうとした、その瞬間。
「そこまでですわ!」
フィリアが、凛とした声で叫んだ。
そして、彼女は懐から取り出した、小さな銀の笛を吹き鳴らした。
その笛の音は、人間には心地よい調べにしか聞こえないが、『黒き月の結社』の魔術師たちにとっては、脳髄を直接かき乱されるかのような、耐え難い苦痛をもたらすものだった。
それは、フィリアが古文書で見つけた、闇の魔術を中和するとされる、特殊な音波を発する笛だったのだ。
「ぐあああああっ!」
魔術師たちは、頭を押さえてその場に崩れ落ち、戦闘能力を完全に失った。
「……フィリア、君は本当に……」
レオンハルトは、驚きと称賛の入り混じった表情でフィリアを見つめた。
そして、彼らはついに、国王の寝室の扉を開け放った。
薄暗い部屋の中、天蓋付きの大きなベッドの上には、フィリアの父であるエルドラード国王が、まるで抜け殻のように横たわっていた。
その顔は土気色で、呼吸も弱々しく、意識も混濁しているようだ。
「父上……!」
フィリアが、思わず駆け寄ろうとした、その時。
部屋の奥の暗がりから、ゆらりと一つの人影が姿を現した。
それは、先程玉座の間から姿を消した、漆黒のローブをまとった人物だった。
その手には、禍々しい輝きを放つ、黒水晶の杖が握られている。
「……ようやくお出ましか、ネズミどもめ。だが、少しばかり遅かったようだな。王の魂は、既に我が手の中よ。」
ローブの人物は、くぐもった、しかし底知れぬ悪意に満ちた声でそう言うと、フィリアとレオンハルトの前に、ゆっくりと立ちはだかった。
そのフードの奥から覗く瞳は、人間のものではないかのように、赤く不気味に輝いていた。
その鉄壁とも思える布陣に対し、レオンハルト辺境伯が下した決断は、フィリアの知識と勇気を鍵とする、大胆不敵な奇襲作戦だった。
決行は、月が最も細くなる新月の前夜。
深い闇が、潜入部隊の姿を隠してくれるはずだ。
フィリアは、レオンハルト、騎士団長のゲルハルト、そして選りすぐられた十数名の精鋭騎士と共に、夜陰に紛れて王宮の地下水路へと繋がるという秘密の通路の入り口へと向かった。
その通路は、王宮の古い庭園の、今はもう誰も近づかない荒れ果てた一角に、苔むした石像に隠されるようにして存在していた。
「……ここですわ。幼い頃、一度だけ迷い込んだことがございます。確か、この石像の台座の一部を動かすと……」
フィリアは、記憶を頼りに石像の台座に手をかけ、ある特定の模様が刻まれた部分を押し込んだ。
ゴゴゴ……という低い音と共に、地面の一部が静かにずれ動き、地下へと続く暗い階段が現れた。
「素晴らしい……本当にあったとは。」
ゲルハルトが感嘆の声を漏らす。
フィリアは、懐から取り出した小さな水晶の小瓶――聖なる力を持つとされる植物から抽出した、清浄な芳香を放つ金色の香油――を染み込ませた布を、騎士たちに手渡した。
「この香りを、通路の要所要所に置いていってください。そして、王宮内に到達したら、できる限りこの香りを拡散させるのです。『黒き月の結社』の魔術師たちの闇の魔力は、聖なる香気に弱いと古文書にありました。完全に無力化はできなくとも、彼らの力を削ぐことはできるはずです。」
騎士たちは、フィリアの言葉に力強く頷き、香油の布を手に、次々と暗い通路へと降りていく。
レオンハルトは、最後にフィリアの手を強く握った。
「フィリア、君も十分に気をつけるんだ。決して無理はするな。」
「はい、レオンハルト様もご武運を。」
二人は、互いの瞳に宿る決意を確かめ合うと、静かに頷き合った。
同じ頃、王都アヴァロンの城門の外では、辺境伯軍の主力が、陽動のための攻撃準備を完了させていた。
約束の時刻。
夜空に、一本の赤い火矢が高く打ち上げられる。
それを合図に、辺境伯軍は一斉に鬨の声を上げ、魔法の光弾や投石器の石弾を城門へと叩きつけ始めた。
轟音と共に、城壁の一部が崩れ、守備についていた魔物たちが混乱し、その注意は完全に城門へと引きつけられた。
「来たか……!」
地下通路を進んでいたレオンハルトは、遠く響く戦闘の音を聞き、静かに呟いた。
そして、フィリアの指示通りに設置された香油の布から立ち昇る清浄な香りが、地下通路を満たし、やがて王宮の深部へと流れ込み始める。
その効果は、予想以上だった。
王宮内で魔力の結界を維持し、あるいは新たな魔物を召喚しようとしていた『黒き月の結社』の魔術師たちが、次々と原因不明の頭痛や吐き気、そして魔力の著しい減退を訴え始めたのだ。
「ぐっ……な、何だこの香りは……力が……!」
「結界が……結界が弱まっているぞ!」
彼らの間に動揺が広がり、王宮内の守備体制に、明らかな綻びが生じ始めた。
「今だ!突入する!」
レオンハルトの号令一下、潜入部隊は地下通路から王宮の一階へと躍り出た。
そこは、かつてフィリアが慣れ親しんだ、美しいタペストリーが飾られた回廊だったが、今は薄暗く、不気味な魔力の残滓が漂っている。
「敵襲!敵襲だ!」
異変に気づいたエルドラード兵や、弱体化しつつも抵抗を試みる『黒き月の結社』の魔術師たちが、次々と潜入部隊の前に立ちはだかった。
しかし、レオンハルトとゲルハルト、そして選りすぐりの騎士たちの武勇は圧倒的だった。
レオンハルトの振るう長剣は、闇を切り裂く稲妻のように煌めき、ゲルハルトの戦斧は、敵兵の盾ごと叩き割る。
騎士たちもまた、主君の背中を守り、一糸乱れぬ連携で敵を打ち破っていく。
フィリアは、直接的な戦闘には加わらなかったが、常にレオンハルトの傍近くに位置し、その知識と機転で彼らをサポートした。
「レオンハルト様、その先の角を曲がったところに、衛兵の詰め所が!おそらく数人の伏兵がおります!」
「ゲルハルト様、あの魔術師の詠唱……恐らくは幻覚系の魔法ですわ!目を閉じて、気配を頼りに!」
時には、懐から取り出した薬草の粉末を投げつけ、敵の視界を奪ったり、あるいは負傷した騎士に素早く応急手当を施したりと、彼女の存在は、潜入部隊にとってなくてはならないものとなっていた。
一方、王宮の最上階にある玉座の間では、セレスティア王女とアルフレッド元王子が、城門への攻撃と、王宮内部からの不審な物音に、パニックを起こしていた。
「な、何なのよ一体!魔物たちはどうしたの!?『黒き月の結社』の魔術師たちは、ちゃんと戦っているの!?」
セレスティアは、美しい顔を恐怖に歪ませ、金切り声を上げる。
「落ち着け、セレスティア!きっと、ただの陽動だ!我々には、まだ『黒き月の結社』の切り札がある……はずだ……」
アルフレッドは強がりを言いつつも、その声は明らかに震えていた。
彼らの浅はかな計算と、自己中心的な欲望は、今まさに破綻しようとしていた。
その二人を、玉座の影から冷ややかに見つめる一人の人物がいた。
漆黒のローブを深く被り、その顔を窺い知ることはできないが、その体からは禍々しいほどの魔力が放たれている。
『黒き月の結社』の、おそらくは高位の指導者なのだろう。
「……使えぬ駒どもめ。だが、まあ良い。計画の最終段階に、多少の騒ぎはつきものだ。」
ローブの人物は、そう呟くと、静かに闇の中へと姿を消した。
潜入部隊は、次々と現れる敵を打ち破りながら、ついに国王の寝室がある区画へと到達した。
その重厚な扉の前には、数人の屈強な『黒き月の結社』の魔術師が、最後の守りとして立ちはだかっていた。
彼らは、フィリアの香油の効果で弱ってはいたものの、その瞳には狂信的な光が宿っている。
「我らが主の邪魔はさせぬ!」
魔術師たちが、一斉に闇の魔法を放とうとした、その瞬間。
「そこまでですわ!」
フィリアが、凛とした声で叫んだ。
そして、彼女は懐から取り出した、小さな銀の笛を吹き鳴らした。
その笛の音は、人間には心地よい調べにしか聞こえないが、『黒き月の結社』の魔術師たちにとっては、脳髄を直接かき乱されるかのような、耐え難い苦痛をもたらすものだった。
それは、フィリアが古文書で見つけた、闇の魔術を中和するとされる、特殊な音波を発する笛だったのだ。
「ぐあああああっ!」
魔術師たちは、頭を押さえてその場に崩れ落ち、戦闘能力を完全に失った。
「……フィリア、君は本当に……」
レオンハルトは、驚きと称賛の入り混じった表情でフィリアを見つめた。
そして、彼らはついに、国王の寝室の扉を開け放った。
薄暗い部屋の中、天蓋付きの大きなベッドの上には、フィリアの父であるエルドラード国王が、まるで抜け殻のように横たわっていた。
その顔は土気色で、呼吸も弱々しく、意識も混濁しているようだ。
「父上……!」
フィリアが、思わず駆け寄ろうとした、その時。
部屋の奥の暗がりから、ゆらりと一つの人影が姿を現した。
それは、先程玉座の間から姿を消した、漆黒のローブをまとった人物だった。
その手には、禍々しい輝きを放つ、黒水晶の杖が握られている。
「……ようやくお出ましか、ネズミどもめ。だが、少しばかり遅かったようだな。王の魂は、既に我が手の中よ。」
ローブの人物は、くぐもった、しかし底知れぬ悪意に満ちた声でそう言うと、フィリアとレオンハルトの前に、ゆっくりと立ちはだかった。
そのフードの奥から覗く瞳は、人間のものではないかのように、赤く不気味に輝いていた。
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