【完結】ホラー短編集「隣の怪異」

シマセイ

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民宿の老婆

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ふと、昔、バックパッカーやってた頃に泊まった、海外の安宿のこと思い出した。

あれは、マジで、洒落にならないくらい怖かったんだ…。

東南アジアの、とある国の、本当に辺鄙な田舎町だった。

ガイドブックにも載ってないような、小さな村。

その村で、一軒だけあった、古びた木造の民宿に泊まることにしたんだ。

一泊、日本円にして数百円くらいの、激安の宿。

宿の主人は、ほとんど言葉の通じない、無口な爺さんだった。

案内された部屋は、二階の、一番奥の薄暗い部屋。

まあ、値段が値段だし、文句は言えねえなって。

その部屋で、夜、寝ようとしたんだけど、なかなか寝付けなくてさ。

窓の外は、真っ暗で、虫の声と、遠くで犬が吠える声くらいしか聞こえない。

そしたら、隣の部屋から、

——— ギィ……ギィ……。

って、古い木の床が軋むような音が、ずっと聞こえてくるんだ。

誰か、部屋の中を、ゆっくりと、行ったり来たりしてるみたい。

まあ、安宿だし、壁も薄いんだろうなって。

でも、その足音が、妙に、一定のリズムで、しかも、全く途切れない。

まるで、何か、儀式でもやってるみたいに。

気味が悪いな、と思ってたら、今度は、

——— コツ…コツコツ…コツ……。

って、隣の部屋の壁を、内側から、軽く叩くような音が聞こえ始めた。

最初は、小さく。

でも、だんだん、その音が、大きくなってくる。

そして、明らかに、俺がいる、こっちの部屋の壁を叩いてる。

おいおい、なんだよ、って。

俺、イラっとして、こっちからも、壁をドン!って叩き返してやったんだ。

そしたら、隣の部屋の物音、ぴたりと止んだ。

なーんだ、やっぱり、ただの嫌がらせか、って。

安心して、また寝ようとした、その時。

——— ドンドンドン!!!

今度は、俺の部屋の「ドア」を、外から、ものすごい勢いで叩かれた!

心臓、飛び出るかと思ったよ。

「誰だ!?」って叫んだけど、返事はない。

ただ、ドアを、ガンガン叩く音だけが、響いてる。

そして、その叩く音の合間に、

——— ヒッヒッヒッ……。

って、甲高い、女の人の、引きつったような笑い声が聞こえるんだ。

もう、完全にパニック。

俺、ドアに鍵かけて、部屋の隅で、ガタガタ震えてた。

どれくらい時間が経ったか。

ふと、ドアを叩く音も、笑い声も、止んでるのに気づいた。

シーン…。

恐る恐る、ドアスコープから外を覗いてみた。

誰もいない。

暗い廊下が、続いてるだけ。

ホッとして、ドアから離れようとした、その瞬間。

ドアスコープの、向こう側。

廊下の暗闇の中に、

——— にゅっ、と、一つの「目」が現れたんだ。

真っ赤に充血した、大きな、老婆の目。

それが、ドアスコープのレンズに、ぴったりと張り付いて、

内側を、俺の部屋を、じろり、と覗き込んでいる。

俺は、もう、声も出なかった。

腰が抜けて、その場にへたり込んだ。

老婆の目は、しばらく、ドアスコープの向こうから、俺を睨みつけてたけど、

やがて、満足したのか、すっ、と消えた。

その夜は、もちろん一睡もできなかった。

朝になって、荷物をまとめて、宿の爺さんに文句言おうとしたけど、

爺さん、俺の顔見るなり、何も言わずに、宿泊費を突き返してきたんだ。

そして、一言だけ、現地の言葉で、何かを呟いた。

後で、別の町で、その言葉の意味を調べてもらったら、

それは、「もう来るな、客ではないものが目をつけた」みたいな意味だったらしい。

あの民宿には、一体、何がいたんだろうか。

あの、隣の部屋の気配。

ドアを叩いた、甲高い笑い声の女。

そして、最後に見た、あの、真っ赤な老婆の目…。

今でも、海外の、古びた安宿とか見ると、あの時のことを思い出して、

背筋が、ぞっとするんだ。

あの老婆の目は、今も、どこかで、誰かを、

ドアスコープの向こうから、覗いているのかもしれないって…。
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