【完結】ホラー短編集「隣の怪異」

シマセイ

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河童

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なあ、俺、今日、マジで、ありえないもん見たかもしんないんだ。

いや、見てしまった、としか言いようがない。

仕事の合間で、ちょっとタバコ吸いたくて、人通りの少ない路地裏に入って。

その路地、古くて、薄暗くて、ドブ川みたいなのが、ちょろちょろ流れてるような場所だった。

まだこんなとこあるんだなー、なんて思いながら、一服してたんだ。

そしたら、そのドブ川の、ヘドロが溜まってるような、淀んだ水面が、

——— ポコッ…ポコポコッ…

って、不自然に泡立ったんだ。

魚か? いや、こんな汚いドブに、魚なんていないだろ。

亀か?

そう思って、じっと水面を見てたら、

泡の中から、ぬるり、と、何か、緑色の、丸いものが出てきた。

それは———子供の頭くらいの大きさだった。

そして、その頭のてっぺんには、

——— 皿。

間違いなく、皿だ。

陶器の、白い皿みたいなものが、ちょこんと乗ってる。

え…? まさか…。

俺、もう、タバコ持ったまま、固まってた。

その、緑色の頭が、ゆっくりと、こっちを向いた。

そして、水面から、顔全体が現れた。

それは、紛れもなく、子供の頃に絵本で見た、「河童」の顔だった。

肌は、ぬめぬめとした、暗い緑色。

目は、大きく見開かれてて、黄色く濁ってる。

鼻は、ほとんどなくて、ただの穴みたい。

そして、口。

カエルのように、横に大きく裂けた口が、

——— にたぁ…………。

と、気味悪く、笑ったんだ。

その口の中には、鋭い、針みたいな歯が、びっしりと並んでるのが見えた。

俺は、もう、声も出なかった。

腰が抜けるって、こういうこと言うんだろうな。

その場から、一歩も動けない。

河童は、俺を、じっと見つめたまま、

その、ぬめぬめとした、緑色の手を、ゆっくりと、水面から出した。

指の間には、水かきみたいな、薄い膜が張ってる。

そして、その手が、俺に向かって、

——— おいでおいで、をするように、くいっ、くいっ、と、手招きをしたんだ。

同時に、どこからともなく、

——— ヒュルルルル………キュウ………。

って、キュウリを擦り合わせたような、奇妙な音が、聞こえてきた。

誘ってる。

俺を、あの、汚いドブ川の中へ、誘ってる。

もし、あの手を取ったら?

もし、あのドブ川に入ってしまったら…?

想像しただけで、全身の血の気が引いた。

俺は、ありったけの力を振り絞って、

「うわあああああああっ!!」

って叫んで、その場から逃げ出した。

吸ってたタバコも、ライターも、全部、その場に放り出して。

何度も、何度も振り返りそうになったけど、必死で堪えて、大通りまで出た。

人混みの中に紛れ込んで、ようやく、少しだけ、落ち着きを取り戻せた。

あれは、何だったんだ…?

幻覚…? 疲れてたから…?

いや、違う。

あの、ぬめぬめとした肌の感触。

あの、黄色く濁った目。

あの、鋭い歯。

そして、あの、キュウリみたいな、奇妙な音。

全部、あまりにも、リアルだった。

新宿の、あんな、都会のど真ん中の、汚いドブ川に、

本当に、「河童」がいたんだろうか…?

だとしたら、あいつは、今も、あの場所で、

次の「誰か」を、手招きしてるのかもしれない。

あの、気味の悪い笑顔で。

俺、もう、あの路地裏には、絶対に近づけない。

そして、キュウリを見るたびに、あの、河童の顔を思い出して、

ぞっとするんだ…。
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