【完結】発明家アレンの異世界工房 ~元・商品開発部員の知識で村おこし始めました~

シマセイ

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第二話:ミストラル村と温かい人々

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坂道を下りきると、村の入り口が見えてきた。
粗末ながらも頑丈そうな木の柵が村を囲み、その先には畑仕事に精を出す村人たちの姿があった。

アレンの記憶にある、見慣れた光景だ。
しかし、浩介の目には、それはまるで時代劇のセットのように映る。

「あれ……アレンじゃないか!」

最初にアレンに気づいたのは、畑仕事をしていた恰幅の良い初老の男性だった。
村長のバルガスだ。
アレンの記憶によれば、厳格だが村人思いの優しい人物である。

バルガスは手に持っていた鍬を放り投げ、慌てた様子で駆け寄ってきた。
その顔には、驚きと安堵が入り混じっている。

「アレン! お前、無事だったのか! 一体どこへ行っておったんじゃ!」

バルガスの大きな手が、アレンの肩をガシッと掴む。
その力強さに、アレンは思わず顔をしかめた。

「昨日から姿が見えんから、皆で心配しておったんじゃぞ! 森の奥へ行ったと聞いて、肝を冷やしたわい!」

心配そうなバルガスの顔を見て、アレンの胸にチクリと痛みが走る。
これは、アレン自身の感情だろうか。
それとも、浩介としての共感か。

「ご、ごめんなさい……ちょっと、崖から足を滑らせて……」

アレンは、まだ少し舌足らずな口調で答えた。
自分の声なのに、まだどこか馴染めない。

「崖から!? それで、その怪我は……大丈夫なのか?」

バルガスはアレンの汚れた服や擦り傷を見て、眉をひそめた。
周囲で作業をしていた他の村人たちも、何事かと集まってくる。
皆、アレンの無事を喜びながらも、その姿に心配そうな視線を送っていた。

「うん、なんとか……。
森で一晩過ごしたけど、大丈夫」

「そうか、そうか……。
とにかく、よくぞ戻ってきた。
さあ、家へ帰ろう。
お母さんが心配しているぞ」

バルガスに促され、アレンは村の中へと足を踏み入れた。
村の道は舗装されておらず、土がむき出しだ。
道の両脇には、木と土壁で作られた簡素な家々が立ち並んでいる。
すれ違う村人たちが、次々とアレンに声をかけてきた。

「アレンじゃないか、無事でよかった!」

「本当に心配したんだぞ!」

その誰もが、アレンの帰りを心から喜んでくれているのが伝わってくる。
浩介だった頃には、こんな風に誰かに心配されたり、帰りを喜ばれたりした経験はあまりなかったかもしれない。
希薄だった人間関係を思い出し、アレンの胸に温かいものが込み上げてくる。

やがて、見慣れた一軒の家の前にたどり着いた。
アレンの家だ。
他の家よりも少しだけ小さいが、庭にはささやかな家庭菜園があり、可愛らしい花も咲いている。

「母さん! アレンが帰ってきたぞ!」

バルガスが大きな声で呼びかけると、家の中から一人の女性が飛び出してきた。
年の頃は30代半ばだろうか。
アレンの記憶にある、優しくて少し心配性な母親、リリアだ。

「アレン! ああ、アレン……!」

リリアはアレンの姿を見るなり、その目に涙を浮かべ、駆け寄ってきてアレンを強く抱きしめた。

「本当に……本当に良かった……! どこかで怪我でもしているんじゃないかって……!」

母親の温もりと、震える声に、アレンの目からも涙が溢れそうになる。
これは、完全にアレンとしての感情だ。
浩介の意識も、この瞬間ばかりは母親の愛情に心を揺さぶられていた。

「ごめんなさい、母さん……心配かけて」

「いいのよ、無事ならそれで……。
でも、その怪我はどうしたの?」

リリアはアレンの顔や手足の傷を見て、心配そうに眉を寄せた。

「崖から落ちちゃって……でも、大したことないよ」

「まあ! なんてこと……。
すぐに手当てしないと。
さあ、家に入って」

リリアに手を引かれ、アレンは家の中へと入った。
家の中は、決して裕福とは言えないが、綺麗に整頓されていて、温かい家庭の匂いがした。
リビングと思われる部屋には、簡素な木のテーブルと椅子が置かれ、壁際には暖炉がある。

リリアはすぐに薬箱を持ってきて、アレンの傷の手当てを始めた。
薬草をすり潰したような軟膏を塗られると、傷口が少し沁みたが、どこか心地よい清涼感もあった。

「ありがとう、母さん」

「これくらい、当然よ。
それにしても、本当に無事で良かったわ。
あなたの父さんも、仕事から帰ってきたらきっと驚くわね」

アレンの父親は、村の猟師をしているらしい。
今は森へ狩りに出ているとのことだった。
アレンの記憶には、無口だが頼りがいのある父親の姿がぼんやりと浮かんでいる。

手当てが終わり、リリアが温かいスープとパンを用意してくれた。
質素な食事だったが、空腹だったアレンの体には染み渡るように美味しかった。
浩介だった頃は、コンビニ弁当や外食ばかりだったことを思い出す。
手作りの温かい食事は、それだけで心が満たされる気がした。

食事が終わると、リリアはアレンに休むように言った。
崖から落ちたのだから、無理もない。
アレンは自室のベッドに横になった。
部屋もまた簡素で、小さな木のベッドと勉強机があるだけだ。
しかし、不思議と落ち着く。

(これから、俺はここで生きていくんだな……)

天井を見上げながら、アレンはこれからのことを考える。
浩介としての知識や経験は、この世界で役に立つのだろうか。
物作りが得意だったことは、何か活かせるかもしれない。
アレンの記憶によれば、この村の生活は決して豊かではない。
何か新しい道具を作ったり、生活を便利にする工夫をしたりすることで、村の役に立てるかもしれない。

(アレンの記憶も、だんだん曖昧になってきている……。
完全に消えてしまう前に、この世界のことをもっと知っておかないと)

女神が言っていた通り、アレンとしての記憶は徐々に薄れ始めているのを感じる。
家族のこと、村のこと、この世界の常識。
浩介の意識が完全にアレンを乗っ取ってしまう前に、必要な情報を整理し、吸収しておかなければならない。

(まずは、この世界の文字や言葉を完全にマスターしないとな。
今はなんとなくアレンの記憶で理解できているけど、それもいつまで続くか……)

幸い、アレンはまだ子供だ。
多少おかしな言動があっても、子供だからと大目に見てもらえるかもしれない。
その間に、この世界に馴染んでいく必要がある。

しばらくすると、部屋の扉がそっと開いた。
顔を覗かせたのは、リリアだった。

「アレン、眠れそう?」

「うん、少しだけ……」

「そう。
無理しないでね。
……本当に、あなたが帰ってきてくれて、母さん、嬉しいのよ」

リリアは優しく微笑むと、再び扉を閉めて出て行った。
その言葉が、アレンの胸を温かくする。
失ったと思っていた家族の温もり。
それを、この異世界で再び手に入れることができた。
この温もりを、今度こそ大切にしたい。
そのためにも、強く生きていかなければならない。

アレンは、新しい世界での決意を胸に、ゆっくりと目を閉じた。
体の痛みはまだ残っているが、それ以上に、明日への微かな希望が心を照らしていた。
このミストラル村で、アレン・ウォーカーとしての新しい人生が、今、静かに始まろうとしていた。
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