【完結】発明家アレンの異世界工房 ~元・商品開発部員の知識で村おこし始めました~

シマセイ

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第三話:父の帰還と小さな一歩

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次にアレンが目を覚ましたのは、夕暮れ時だった。
窓の外から、鳥のさえずりと共に、賑やかな声が聞こえてくる。
どうやら、父が狩りから戻ってきたようだ。
アレンはゆっくりと体を起こし、部屋を出た。

リビングへ向かうと、そこには屈強な体つきの男性が立っていた。
焦げ茶色の髪を無造雑に束ね、顔にはいくつか古い傷跡がある。
年の頃は40歳前後だろうか。
腰には大きな狩猟刀を下げ、背中には仕留めた獲物らしきものが入った袋を背負っている。
アレンの記憶にある、父、ギデオンだ。

ギデオンはアレンの姿を認めると、驚いたように目を見開き、そしてすぐに安堵の表情を浮かべた。

「アレン! 無事だったか!」

その声は低く、力強いが、どこか不器用な優しさが滲んでいる。
ギデオンはアレンのそばに歩み寄り、大きな手でアレンの頭をわしわしと撫でた。

「リリアから聞いたぞ。
崖から落ちたんだってな。
大怪我はなかったか?」

「うん、大丈夫……。
心配かけてごめん、父さん」

アレンがそう言うと、ギデオンは少し照れくさそうに鼻を掻いた。

「いや……お前が無事なら、それでいい。
森は危険な場所だ。
これからは、あまり奥へ行くんじゃないぞ」

「うん、わかってる」

母親のリリアも、嬉しそうに二人のやり取りを見守っている。

「あなた、お帰りなさい。
アレンも、ちょうど目を覚ましたところなのよ」

「ああ、ただいま。
今日の獲物はなかなかの大物だ。
明日は村で分配だな」

ギデオンはそう言って、背中の袋を床に下ろした。
中からは、大きな猪のような獣の足が覗いている。
浩介だった頃には決して見ることのなかった光景に、アレンは改めて異世界に来たのだと実感した。

その夜の食卓は、ギデオンが持ち帰った獲物の肉を使ったシチューと、焼きたてのパン、そして新鮮な野菜サラダという、いつもより少し豪華なものだった。
家族三人で食卓を囲む。
それは、浩介にとっては遠い昔に失われた、温かい時間だった。
アレンの記憶の中にある家族の会話は、どこかぎこちなく、浩介の意識が邪魔をしているような感覚があったが、それでも、二人の両親の愛情は十分に伝わってきた。

食事中、アレンは崖から落ちた時のことや、森で一晩過ごしたことを話した。
もちろん、女神のことや転生したことは伏せて。
両親はアレンの話を真剣に聞き、時には心配そうに、時には安堵したように頷いていた。

「それにしても、よく一人で森を抜けて帰ってこられたな。
大したものだ」

ギデオンが感心したように言った。

「うん……なんとなく、道がわかったんだ」

アレンは曖昧に答えた。
実際には、浩介のアウトドアの知識と、アレンの断片的な記憶が助けになったのだが、それを説明することはできない。

食事が終わり、後片付けを手伝った後、アレンは自室に戻った。
ベッドに横たわりながら、今日一日の出来事を反芻する。
家族との再会は、思った以上に心が安らぐものだった。
しかし、アレンの記憶が薄れていくことへの不安は消えない。
浩介としての意識が、この体を完全に支配する前に、アレン・ウォーカーとして、この世界で生きていくための基盤を築かなければならない。

翌日、アレンは朝早くに目を覚ました。
体の痛みはだいぶ和らいでいる。
今日は、村の中を少し見て回ろうと思った。
そして、できることなら、同年代の子供たちとも接触してみたい。
この世界の常識や言葉遣いを学ぶには、それが一番手っ取り早いだろう。

アレンが家の外へ出ると、すでに村は活動を始めていた。
畑仕事へ向かう大人たち、井戸端で洗濯をする女性たち。
その中に、数人の子供たちが元気に走り回っているのが見えた。
アレンの記憶によれば、あれは幼馴染のトムと、その妹のサラ、そして悪ガキ大将のマルコだ。

アレンは少し緊張しながらも、子供たちの方へ近づいていった。

「お、アレンじゃねえか! 怪我はもういいのか?」

最初に声をかけてきたのは、そばかす顔のトムだった。
その隣で、サラが心配そうにアレンを見ている。

「うん、もう大丈夫だよ」

「へっ、崖から落ちたくせに、大したことねえんだな!」

ぶっきらぼうに言ったのはマルコだ。
相変わらずの口の悪さだが、その目には少しだけ心配の色が浮かんでいるように見えた。
アレンの記憶がそう教えてくれる。

「アレン、昨日はいなくて寂しかったよ。
一緒に遊ぼう!」

サラがアレンの手にそっと触れて言った。
その純粋な好意に、アレンの心が少し温かくなる。

「うん、いいよ。
何して遊ぶ?」

それからしばらく、アレンは子供たちと一緒に村の中を駆け回った。
鬼ごっこをしたり、木に登ったり、川で魚を捕まえようとしたり。
浩介だった頃には考えられないような、泥まみれの遊びだ。
最初は戸惑いもあったが、子供たちの屈託のない笑顔に触れているうちに、アレンも自然と笑顔になっていた。

ただ、体力は明らかに子供たちに劣っていた。
少し走っただけですぐに息が切れてしまう。
崖から落ちた影響もあるだろうが、それ以上に、このアレンという少年の体が、元々あまり丈夫ではないのかもしれない。
浩介だった頃は、体力にはそれなりに自信があったのだが。

遊び疲れて木陰で休んでいると、トムが壊れた木製の剣をいじっているのに気づいた。

「どうしたの、それ?」

アレンが尋ねると、トムはしょんぼりとした顔で答えた。

「昨日、マルコとチャンバラしてたら、折れちまったんだ。
父ちゃんに作ってもらった、お気に入りだったのによ」

見ると、剣の柄と刃の部分が綺麗に折れてしまっている。
修理は難しそうだ。

アレンは、その壊れた剣を手に取って、じっと観察した。
浩介だった頃の、商品開発部での経験が頭をよぎる。
どうすれば強度を増せるか、どうすればもっと使いやすくなるか。
自然と、そんなことを考えていた。

「これ、もう少し持ち手の部分を太くして、刃との接合部分に補強を入れれば、もっと丈夫になると思うよ。
あと、重心を少し手元に寄せれば、振りやすくなるんじゃないかな」

思わず口から出てしまった言葉に、アレン自身も少し驚いた。
トムやサラ、マルコも、きょとんとした顔でアレンを見ている。

「お前、なんでそんなこと知ってんだ?」

マルコが不思議そうに尋ねた。

「え……? ああ、なんとなく……そう思っただけだよ」

アレンは慌てて誤魔化した。
あまり目立つことはしたくない。
だが、浩介としての物作りへの探求心は、そう簡単には抑えられないようだった。

「ふーん……。
でも、もし直せるなら、やってみてくれよ!」

トムが期待のこもった目でアレンを見た。

「ええっ!? いや、俺にできるかどうか……」

「アレンならできるよ! きっと!」

サラが無邪気に言う。
その言葉に後押しされるように、アレンは頷いた。

「わ、わかった。
ちょっとやってみるよ」

壊れた剣を預かり、アレンは一度家に戻ることにした。
道具箱には、ギデオンが使っている簡単な工具類があるはずだ。
それを借りて、修理を試みてみよう。

(まさか、こんな形で物作りの知識が役立つことになるとはな……)

アレンは、少しだけ高揚する気持ちを抑えながら、家路を急いだ。
異世界での生活は、まだ始まったばかりだ。
これから何が起こるのか、全く予想もつかない。
だが、自分にできることを見つけ、それを活かしていく。
その小さな一歩が、新しい人生を切り開いていくのかもしれない。
アレンの胸には、確かな手応えと、未来への微かな光が灯り始めていた。
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