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第二十九話:洞窟の灯火と結ばれる心
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牙狼型の魔物の群れを退けたものの、竜牙峡を包む嵐は依然として猛威を振るっていた。
激しい雨が視界を遮り、風が唸りを上げて木々を揺らす。
いつまた魔物が現れるとも限らず、そして何よりも、疲労困憊の測量チームと、激しい戦闘を終えたばかりの救出隊が、このまま野外に留まるのは危険極まりない。
「カイト君、この近くに雨風を凌げる場所はあるかい?」
アレンは、ずぶ濡れになりながらも冷静に状況を判断し、カイトに尋ねた。
彼の頭の中では、既に避難場所の確保と、その後の行動計画が組み立てられ始めていた。
カイトは、険しい周囲の地形を見渡し、やがて一つの方向を指さした。
「この岩壁の向こうに、小さな洞窟があるはずだ。
昔、親父と狩りに来た時に見つけた。
広くはないが、雨風はしのげるだろうし、魔物からも身を隠しやすい」
その言葉を頼りに、一行は再び動き出す。
負傷した者や体力を消耗した者を互いに支え合い、ぬかるむ足元に注意しながら、慎重に洞窟を目指す。
ギデオンやトム、ティムは、怪我の手当てを受けながらも、気丈に歩を進めていた。
彼らの目には、仲間の助けに対する感謝と、生還への強い意志が宿る。
カイトが示した洞窟は、岩壁の裂け目の奥に隠れるように存在していた。
入り口は狭いが、中は数人が横になれる程度の広さがあり、幸いにも雨水が直接吹き込むこともない。
まさに、この過酷な状況下における天の助けとも言える場所であった。
「まずは火をおこして、体を温めないと。
リナ、怪我人の手当てを優先してくれ」
アレンは、洞窟の奥に比較的乾いた場所を見つけると、すぐに指示を飛ばす。
彼が改良した携帯用の松明は、湿った薪でも火をおこしやすく、やがて洞窟の中に頼りなげながらも温かい光と熱をもたらした。
その小さな灯火は、まるで暗闇に閉ざされた彼らの心に、再び希望を灯すかのようである。
リナは、持参した薬草包みを広げ、エルナから教わった知識と、サザンクロス村で培った経験を総動員して、負傷者たちの手当てに当たった。
洗浄、消毒、止血、そして痛みを和らげるための薬草の塗布。
その手際は驚くほど的確で、彼女の周りには、不思議な安心感が漂っていた。
ミストラル村の若者たちも、リナの指示に従い、水を運んだり、布を準備したりと、献身的にサポートする。
一方、アレンはバルガス村長、ギデオン、そしてレグルスやカイトと共に、洞窟の一角で今後の行動について協議を始めた。
現在の食料と装備の残量、人員の体力、そして何よりも安全な撤退ルートの確保。
解決すべき課題は山積している。
「来た道を引き返すのは、現状では不可能に近いでしょう。
土砂崩れで道は寸断され、川も増水している。
魔物の危険も依然として残っています」
レグルスが、厳しい表情で現状を分析する。
彼は、領都の役人としての経験から、こうした緊急事態における判断の難しさを熟知していた。
「カイト君、君が言っていた、東側の尾根を越えてサザンクロス村へ抜けるルートというのは、どの程度の険しさなんだい?」
アレンが、広げた地図(雨で滲んでしまってはいたが、まだ判読は可能であった)を指さしながら尋ねる。
カイトは、腕を組み、しばらく考え込んだ後、口を開いた。
「確かに道は険しい。
だが、あの牙狼どもの縄張りを避けて進める可能性はある。
ただ、途中、どうしても増水した川を渡らなければならない場所が一箇所あるんだ。
そこさえクリアできれば……」
増水した川の渡渉。
それは、この悪天候下では極めて危険な賭けとなるだろう。
しかし、他のルートが絶望的な以上、その可能性に賭けるしかないのかもしれない。
「川を渡るための何か……例えば、簡単な吊り橋のようなものを架けられないだろうか。
あるいは、全員が乗れるほどの大きさの筏(いかだ)は無理でも、荷物や負傷者を運ぶための小さなものは作れるかもしれない」
アレンの口から、またしても常識にとらわれないアイデアが飛び出す。
その場の誰もが、そんな状況で橋や筏などと考えも及ばなかった。
「吊り橋、だと……? この嵐の中で、そんなものが作れるというのか?」
ギデオンが、驚きと期待の入り混じった声で聞き返す。
「もちろん、本格的なものではありません。
でも、丈夫なロープと、現地で調達できる木材を組み合わせれば、数人が一度に渡れる程度のものは作れる可能性があります。
そのためには、まず川幅と両岸の状況を正確に把握する必要がある。
カイト君、明日、天候が少しでも回復したら、僕と一緒にその川の様子を偵察に行ってくれないか?」
アレンの真剣な眼差しに、カイトは力強く頷いた。
「ああ、いいぜ。
だが、無茶はするなよ、発明家。
お前が倒れたら、元も子もねえからな」
その言葉には、ぶっきらぼうながらも、アレンを気遣う心が込められているのが伝わってくる。
異なる村で育ち、異なる才能を持つ少年たちが、共通の危機に立ち向かう中で、確かな信頼関係を築きつつあった。
洞窟の中では、リナが配った滋養のある薬湯が、冷え切った体と心を温めていた。
ミストラル村の者も、サザンクロス村の者も、そして領都から来た役人も、今はただ、同じ困難を分かち合う仲間である。
それぞれの不安や疲労を隠しきれないながらも、誰一人として希望を捨ててはいなかった。
アレンの知恵、リナの癒し、カイトの勇気、ギデオンの経験、バルガスの統率力、レグルスの冷静な判断、そして若者たちの体力と献身。
それら全てが一つに結ばれ、この絶望的な状況を打開するための力となろうとしていた。
外は依然として嵐が吹き荒れている。
しかし、洞窟の中に灯る小さな火と、そこに集う人々の心に宿る不屈の灯火は、決して消えることはないだろう。
彼らは夜明けを待ち、そして必ずや、この竜牙峡から生きて還るのだ。
そのための戦いは、まだ始まったばかりなのである。
アレンは、洞窟の壁に寄りかかりながら、静かに思考を巡らせていた。
明日、川をどう渡るか。
そのための具体的な手順と、必要な道具の設計を、彼の頭脳は休むことなく組み立て続けていた。
激しい雨が視界を遮り、風が唸りを上げて木々を揺らす。
いつまた魔物が現れるとも限らず、そして何よりも、疲労困憊の測量チームと、激しい戦闘を終えたばかりの救出隊が、このまま野外に留まるのは危険極まりない。
「カイト君、この近くに雨風を凌げる場所はあるかい?」
アレンは、ずぶ濡れになりながらも冷静に状況を判断し、カイトに尋ねた。
彼の頭の中では、既に避難場所の確保と、その後の行動計画が組み立てられ始めていた。
カイトは、険しい周囲の地形を見渡し、やがて一つの方向を指さした。
「この岩壁の向こうに、小さな洞窟があるはずだ。
昔、親父と狩りに来た時に見つけた。
広くはないが、雨風はしのげるだろうし、魔物からも身を隠しやすい」
その言葉を頼りに、一行は再び動き出す。
負傷した者や体力を消耗した者を互いに支え合い、ぬかるむ足元に注意しながら、慎重に洞窟を目指す。
ギデオンやトム、ティムは、怪我の手当てを受けながらも、気丈に歩を進めていた。
彼らの目には、仲間の助けに対する感謝と、生還への強い意志が宿る。
カイトが示した洞窟は、岩壁の裂け目の奥に隠れるように存在していた。
入り口は狭いが、中は数人が横になれる程度の広さがあり、幸いにも雨水が直接吹き込むこともない。
まさに、この過酷な状況下における天の助けとも言える場所であった。
「まずは火をおこして、体を温めないと。
リナ、怪我人の手当てを優先してくれ」
アレンは、洞窟の奥に比較的乾いた場所を見つけると、すぐに指示を飛ばす。
彼が改良した携帯用の松明は、湿った薪でも火をおこしやすく、やがて洞窟の中に頼りなげながらも温かい光と熱をもたらした。
その小さな灯火は、まるで暗闇に閉ざされた彼らの心に、再び希望を灯すかのようである。
リナは、持参した薬草包みを広げ、エルナから教わった知識と、サザンクロス村で培った経験を総動員して、負傷者たちの手当てに当たった。
洗浄、消毒、止血、そして痛みを和らげるための薬草の塗布。
その手際は驚くほど的確で、彼女の周りには、不思議な安心感が漂っていた。
ミストラル村の若者たちも、リナの指示に従い、水を運んだり、布を準備したりと、献身的にサポートする。
一方、アレンはバルガス村長、ギデオン、そしてレグルスやカイトと共に、洞窟の一角で今後の行動について協議を始めた。
現在の食料と装備の残量、人員の体力、そして何よりも安全な撤退ルートの確保。
解決すべき課題は山積している。
「来た道を引き返すのは、現状では不可能に近いでしょう。
土砂崩れで道は寸断され、川も増水している。
魔物の危険も依然として残っています」
レグルスが、厳しい表情で現状を分析する。
彼は、領都の役人としての経験から、こうした緊急事態における判断の難しさを熟知していた。
「カイト君、君が言っていた、東側の尾根を越えてサザンクロス村へ抜けるルートというのは、どの程度の険しさなんだい?」
アレンが、広げた地図(雨で滲んでしまってはいたが、まだ判読は可能であった)を指さしながら尋ねる。
カイトは、腕を組み、しばらく考え込んだ後、口を開いた。
「確かに道は険しい。
だが、あの牙狼どもの縄張りを避けて進める可能性はある。
ただ、途中、どうしても増水した川を渡らなければならない場所が一箇所あるんだ。
そこさえクリアできれば……」
増水した川の渡渉。
それは、この悪天候下では極めて危険な賭けとなるだろう。
しかし、他のルートが絶望的な以上、その可能性に賭けるしかないのかもしれない。
「川を渡るための何か……例えば、簡単な吊り橋のようなものを架けられないだろうか。
あるいは、全員が乗れるほどの大きさの筏(いかだ)は無理でも、荷物や負傷者を運ぶための小さなものは作れるかもしれない」
アレンの口から、またしても常識にとらわれないアイデアが飛び出す。
その場の誰もが、そんな状況で橋や筏などと考えも及ばなかった。
「吊り橋、だと……? この嵐の中で、そんなものが作れるというのか?」
ギデオンが、驚きと期待の入り混じった声で聞き返す。
「もちろん、本格的なものではありません。
でも、丈夫なロープと、現地で調達できる木材を組み合わせれば、数人が一度に渡れる程度のものは作れる可能性があります。
そのためには、まず川幅と両岸の状況を正確に把握する必要がある。
カイト君、明日、天候が少しでも回復したら、僕と一緒にその川の様子を偵察に行ってくれないか?」
アレンの真剣な眼差しに、カイトは力強く頷いた。
「ああ、いいぜ。
だが、無茶はするなよ、発明家。
お前が倒れたら、元も子もねえからな」
その言葉には、ぶっきらぼうながらも、アレンを気遣う心が込められているのが伝わってくる。
異なる村で育ち、異なる才能を持つ少年たちが、共通の危機に立ち向かう中で、確かな信頼関係を築きつつあった。
洞窟の中では、リナが配った滋養のある薬湯が、冷え切った体と心を温めていた。
ミストラル村の者も、サザンクロス村の者も、そして領都から来た役人も、今はただ、同じ困難を分かち合う仲間である。
それぞれの不安や疲労を隠しきれないながらも、誰一人として希望を捨ててはいなかった。
アレンの知恵、リナの癒し、カイトの勇気、ギデオンの経験、バルガスの統率力、レグルスの冷静な判断、そして若者たちの体力と献身。
それら全てが一つに結ばれ、この絶望的な状況を打開するための力となろうとしていた。
外は依然として嵐が吹き荒れている。
しかし、洞窟の中に灯る小さな火と、そこに集う人々の心に宿る不屈の灯火は、決して消えることはないだろう。
彼らは夜明けを待ち、そして必ずや、この竜牙峡から生きて還るのだ。
そのための戦いは、まだ始まったばかりなのである。
アレンは、洞窟の壁に寄りかかりながら、静かに思考を巡らせていた。
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