【完結】発明家アレンの異世界工房 ~元・商品開発部員の知識で村おこし始めました~

シマセイ

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第四十七話:豊穣の宴と星空の下の小さな影

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シルバ川の実験堤防が秋の増水を見事に乗り越えたという吉報は、ミストラル村に、そしてアルトリア領全体に大きな安堵と希望をもたらした。

加えて、アレンが開発した新しい農具と水力式自動脱穀機の活躍により、ミストラル村の秋の収穫は、かつてないほどの豊穣ぶりを見せていたのである。

黄金色に輝く小麦の山、ずっしりと実った野菜や果物。
村人たちの顔には、これまでの苦労が報われた喜びと、未来への確かな自信が満ち溢れていた。

「これだけの成果が得られたのだ。
一つ、村を挙げて盛大に祝いの宴を開いてはどうだろうか?」

バルガス村長が、集会所で村の主だった者たちにそう提案したのは、収穫作業が一段落したある日のことであった。

「この豊作を神々に感謝し、村の発展を祝い、そして何よりも、この奇跡をもたらしてくれたアレンと、彼を支える皆の労をねぎらう。
名付けて、『ミストラル村大感謝祭』というのはどうじゃろう!」

その提案に、反対する者は誰一人としていなかった。
むしろ、誰もがその日を待ち望んでいたかのように、次々と賛同の声が上がる。
アレンもまた、この提案を喜び、祭りをさらに盛り上げるためのアイデアをいくつか思い描いていた。

それからの数週間、ミストラル村は、お祭りへ向けての準備で、かつてないほどの熱気に包まれた。
村の女たちは、収穫されたばかりの新鮮な食材を使い、特別な料理や保存食の準備に腕を振るう。

リナも、エルナと共に、薬草を使った体に良い飲み物や、珍しい風味の焼き菓子などを考案し、その香りが工房周辺にまで漂ってくるほど。

男たちは、広場の整備や、祭り当日に使う屋台や舞台の設営に汗を流す。
学び舎の子供たちも、アレンやリナに教わった歌や踊り、そして自分たちが作った簡単な工作品などを発表するために、一生懸命練習に励んでいた。

アレンの工房では、この日のために特別な発明品がいくつか準備されていた。

夜の祭りを彩るための、改良型の高輝度ランプ。
子供たちが楽しめるような、簡単な仕掛けの遊具。
そして、目玉となるのは、水車の動力を利用した、自動で動く小さな人形劇の舞台装置であった。

トムやティム、そして各地からの研修生たちも、アレンの指示のもと、目を輝かせながらその製作に取り組む。

カイトは、村の若者たちと共に、祭り当日の警備計画を綿密に練り上げ、不測の事態にも備えていた。
彼の存在は、村の安全を守る上で、もはや欠かすことのできないものとなっている。

そして、祭り当日。
ミストラル村には、早朝から多くの人々が詰めかけた。
招待された領主アルトリア辺境伯とその側近たち。

サザンクロス村からは、村長代理バーナードに連れられたカイトの仲間たちや、ミストラル村の技術を学んだ若者たち。

ヴェネリア商人ギルドのロレンツォも、美しいガラス製品や珍しい香辛料を積んだ荷馬車と共に駆けつけてくれた。

さらには、アレンの知恵を頼って訪れたことのあるセドナ村の代表者や、噂を聞きつけた近隣の村々からも、多くの人々がミストラル村の発展を一目見ようと集まってきたのである。

村の広場は、色とりどりの飾り付けが施され、様々な屋台が軒を連ねていた。

ミストラル村自慢の焼きたてのパンや、新鮮な野菜を使った料理。
リナ特製の薬膳スープや、甘い香りのハーブティー。

サザンクロス村の力強い干し肉や、ヴェネリアの美しいガラス細工。
それぞれの土地の産物が並び、訪れた人々は目移りしながら、その賑わいを楽しんでいる。

アレンの工房では、発明品の実演が行われ、特に水力人形劇は子供たちから大人まで大喝采を浴びた。

学び舎の子供たちは、少し緊張しながらも、練習の成果である歌や踊り、そして自分たちの作った作品を誇らしげに披露する。
その健気な姿に、辺境伯も思わず頬を緩めていた。

アレンやリナ、カイトも、祭りの賑わいを楽しみながら、訪れた招待客たちとの交流に忙しい。

「アレン殿、この度の実験堤防の成功、そしてこの村の目覚ましい発展、誠に見事であった。
アルトリア領の未来は、君の双肩にかかっておると言っても過言ではないぞ」

辺境伯アルトリアは、アレンの手を取り、力強くその功績を称えた。

「ロレンツォ殿、遠路はるばるありがとうございます。
ヴェネリアとの交易も、順調に進んでいるようで何よりです」

「これも全て、アレン殿の素晴らしい発明と、ミストラル村の皆様の勤勉さのおかげです。
今後、さらに多くの品目を扱えるよう、我々も尽力いたします」

ロレンツォは、商人の顔つきで、しかしアレンへの敬意を込めてそう答える。

彼は、アレンに、ヴェネリアで新たに発見されたという珍しい鉱石のサンプルや、遠い東方の国から伝わったという古い植物図鑑などを土産として持参していた。
それらは、アレンの知的好奇心を大いに刺激するものであった。

日が暮れ、アレンが開発した高輝度ランプが村の広場を照らし始めると、祭りの雰囲気はさらに熱を帯びる。

焚火を囲んで人々は歌い、踊り、語り合う。
異なる村の人々が、身分や立場を超えて笑顔で交流するその光景は、まさに平和と繁栄の象徴のようであった。

アレンは、その輪の中心で、リナやカイト、そしてトムやティムたちと共に、心からの喜びを分かち合っていた。

自分の知識と努力が、これほど多くの人々を笑顔にできる。
その事実は、彼にとって何よりの報酬なのであった。

しかし、その華やかな賑わいの片隅で、ほんの小さな、しかし見過ごすことのできない影が蠢(うごめ)いていることに、アレンはまだ気づいていなかった。

祭りの喧騒に紛れて、村の様子を注意深く探る見慣れない男たちの姿。

あるいは、遠くの山の稜線に、一瞬だけ上がっては消えた、不可解な狼煙のような光。
それは、この平和な祝祭の裏で、何者かがミストラル村の動向を監視し、あるいは新たな企てを画策していることを示唆しているのかもしれない。

宴が最高潮に達し、人々が夜空に打ち上げられたささやかな花火(これもアレンが試作したものだ)に歓声を上げているその時、アレンの元に、一人の見慣れない男がそっと近づいてきた。
男は、周囲を警戒するように声を潜め、アレンに一枚の羊皮紙の切れ端を差し出す。

「アレン殿……ですな? ある方からの言伝(ことづて)です。
決して、他言は無用で……」

そう言うと、男は人混みの中へと紛れるように消えていった。
アレンは、訝しげにその羊皮紙を開く。
そこに書かれていたのは、暗号めいた短い文章と、見慣れない紋章の印。
それは、アレンの知らない、新たな勢力からの接触を意味するものであった。
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