【完結】発明家アレンの異世界工房 ~元・商品開発部員の知識で村おこし始めました~

シマセイ

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第四十八話:羊皮紙の謎と静かなる波紋

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ミストラル村大感謝祭の喧騒が嘘のように静まり返った夜、アレンは自室の灯りの下で、例の男から手渡された羊皮紙の切れ端を広げていた。

そこには、見たこともない複雑な紋章と、数行の短い、しかし明らかに何らかの意味を隠した文字列が記されている。
「他言は無用で」という男の言葉が、アレンの脳裏に重く響いていた。

(この紋章……どこかで見たことがあるだろうか? そして、この文字列は……何かの暗号に違いない)

アレンは、浩介だった頃に趣味でかじった古文書学や暗号の知識を総動員し、その解読を試みる。
しかし、使われている文字自体がこの地方では見慣れないものであり、単純な換字式暗号や、

アナグラムなどではなさそうであった。
夜が更けるのも忘れ、アレンは羊皮紙とにらめっこを続けたが、容易にはその謎の扉は開かない。
焦りと、そして得体の知れないものへの微かな恐怖が、彼の心を支配し始めていた。

翌日、アレンは工房での作業にもどこか集中できずにいた。
その様子に最初に気づいたのは、やはりリナであった。

「アレン君、何か悩み事でもあるの? 昨日のお祭りから、少し顔色が優れないみたいだけど……」

心配そうに覗き込んでくるリナの優しい瞳に、アレンは一瞬言葉を詰まらせる。
「他言無用」という言葉が頭をよぎるが、このまま一人で抱え込んでいても埒が明かない。
そして何よりも、リナとカイトは、彼が最も信頼する仲間なのだ。

アレンは意を決し、工房の奥にある自分の小さな研究スペースにリナと、そして訓練を終えて工房に顔を出したカイトを招き入れた。
そして、昨夜の出来事と、謎の羊皮紙について、声を潜めて打ち明ける。

「……というわけで、この暗号が何を意味するのか、皆目見当がつかないんだ。
そして、あの男が何者で、何を目的としているのかも……」

リナとカイトは、神妙な面持ちでアレンの話に耳を傾け、そして羊皮紙の切れ端を覗き込んだ。

「確かに、見たこともない紋章ね……。
この文字も、アルトリア領で使われているものとは違うみたい」

リナは、薬草の知識だけでなく、古い文献や伝承にも詳しかったが、それでもこの紋章と文字には見覚えがないという。

カイトは、羊皮紙を手に取り、その質感やインクの匂いなどを注意深く観察していた。

「この羊皮紙自体、かなり上質なものだ。
それに、このインクの黒さ……普通の墨じゃないな。
何か特殊なものを使っている可能性がある。
あの男、ただの使い走りじゃねえかもしれないぜ」

カイトの指摘は、アレンにとっても新たな視点であった。
彼は、暗号の内容ばかりに気を取られていたが、物自体にも何らかの手がかりが隠されているのかもしれない。

三人は、それぞれの知識と視点を持ち寄り、改めて羊皮紙の謎に挑み始めた。
リナは、エルナおばあさんの古い蔵書や、ミストラル村に伝わる古い言い伝えなどを調べ、紋章や文字に関する手がかりを探す。

カイトは、持ち前の鋭い観察力で、羊皮紙の細部や、男の風貌、そして祭りの夜の不審な出来事などを洗い出す。
そしてアレンは、浩介の知識を駆使し、様々な暗号解読のパターンを試していく。

「この文字の並び……もしかしたら、特定の単語の頭文字を繋げたものかもしれない。
あるいは、何かの詩の一節とか……」

「この紋章の形、どこか鳥の翼に似ていないこともないわね。
それも、猛禽類のような……」

「あの男、祭りの喧騒に紛れて、他にも誰かと接触していた可能性はあるだろうか。
村の見張りにも、改めて確認してみる必要があるな」

三者三様の推理が飛び交い、少しずつだが、謎を包む霧が晴れていくような感覚があった。
しかし、決定的な手がかりは見つからないまま、時間だけが過ぎていく。

アレンの心には、焦燥感と共に、この問題を領主アルトリアに報告すべきではないかという考えも浮かび始めていた。
「他言無用」という警告は気になるが、これがミストラル村、あるいはアルトリア領全体にとって重大な脅威となる可能性も否定できないからだ。

「……やはり、この件はレグルスさんを通じて、辺境伯様にご報告した方がいいかもしれない」

数日後、アレンはついにそう決断した。
自分たちだけで抱え込むには、この謎はあまりにも底が知れない。
リナもカイトも、アレンのその判断に同意した。

レグルスは、アレンから羊皮紙の切れ端を見せられ、事の経緯を聞くと、その顔色を険しくした。
彼もまた、その紋章にも文字にも見覚えはなかったが、それが尋常ならざるものであることは直感的に理解したようである。

「アレン殿、よくぞ知らせてくれた。
これは、我々の手に余るかもしれん。
直ちに辺境伯様にご報告し、指示を仰ごう」

レグルスは、羊皮紙の正確な写しを取り、それを持って再びアルトリア市へと馬を飛ばした。
ミストラル村には、再び静かな、しかしどこか張り詰めたような空気が漂い始める。

工房では、アレンたちが日常の作業をこなしながらも、ヴェネリアとの交易準備や、治水工事の計画、そして学び舎の運営と、目の前の課題に真摯に取り組んでいた。

しかし、彼らの頭の片隅には、常にあの謎の羊皮紙と、それがもたらすかもしれない未知なる波紋への警戒心が宿っていた。

カイトは、村の警備をさらに強化し、不審な者の出入りがないか、昼夜を問わず目を光らせる。
リナは、万が一の事態に備え、薬草の備蓄だけでなく、解毒作用のある薬の研究にも力を入れ始めた。

そしてアレンは、工房の仲間たちと共に、村の防衛力を高めるための新たな発明、例えば、より遠くまで正確に情報を伝えられる光信号装置の改良や、工房の重要区画への侵入を物理的に困難にするための仕掛けの開発を加速させていた。

数日後、領主アルトリアからの返信が、レグルスを通じてアレンたちにもたらされた。
その内容は、彼らの予想を超えるものであった。

辺境伯は、その紋章に見覚えがあるというのだ。
それは、かつてアルトリア領と敵対し、そして歴史の闇に消えたとされる、ある秘密結社のものに酷似している、と。
そして、暗号の解読も、領主の抱える学者たちの手によって一部進められ、そこには「古き眠りより目覚めし厄災」や「選ばれし者への警告」といった、不吉な言葉が断片的に現れていたという。

「辺境伯様は、この件を極めて重大な脅威と認識しておられる。
そして、アレン殿、君に、この秘密結社の目的と、その背後にいる者たちを突き止めるための協力を、改めて要請されている」

レグルスの言葉に、アレンはゴクリと唾を飲んだ。
単なる嫌がらせや、技術を狙う者の仕業ではない。

それは、歴史の闇に潜む、もっと根深く、そして危険な何かが動き出そうとしている予兆なのかもしれない。

祭りの夜に手渡された一枚の羊皮紙は、アレンを、そしてミストラル村を、否応なく新たな、そしておそらくはこれまでで最も困難な冒険へと誘おうとしていた。
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