【完結】発明家アレンの異世界工房 ~元・商品開発部員の知識で村おこし始めました~

シマセイ

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第六十七話:工房の限界と王都からの誘い

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「始まりの山脈」での死闘から季節は一巡し、ミストラル村には、かつてないほどの豊かさと活気が満ち溢れていた。

アレンの知恵と村人たちの努力、そして領主アルトリアの後ろ盾とヴェネリアとの安定した交易。

それら全てが実を結び、辺境の一寒村であったミストラルは、今やアルトリア領における技術革新と人材育成の輝かしい中心地として、その名を領内外に轟かせ始めていたのである。

アレンの工房は、領主からの資金援助とヴェネリアからもたらされた新しい素材や技術によって、以前とは比較にならないほど拡張され、充実した設備を誇るようになっていた。

そこでは、ティムやトムをはじめとするミストラル村の若者たち、そして領内各地から集まった意欲的な研修生たちが、目を輝かせながら新しい技術の習得に励む。

水車は改良を重ねてさらに強力な動力を生み出し、製粉だけでなく、小規模ながらも製材や鍛冶の動力としても利用され始めていた。

シルバ川の実験堤防の成功は、本格的な治水工事への大きな足がかりとなり、その計画はレグルスとマードックを中心に、着々と進められている。

アレン自身は、日常的な発明や改良作業の指揮を執る傍ら、工房の奥に設けられた特別な研究室で、「黒曜の書」の断片と、あの不思議な黒曜石の欠片の研究に没頭する日々を送っていた。

領都から派遣された学者や、ヴェネリアの古代文字専門家も、定期的にミストラル村を訪れ、アレンと共同でその謎に挑む。

リナも、薬草研究の合間にその研究に加わり、持ち前の鋭い観察眼と古い伝承の知識で、アレンの分析を助けていた。

彼らの努力により、「黒曜の書」の断片に記された古代文字の解読は少しずつ進み、そこに記されているのが、単なる予言ではなく、古代の高度なエネルギー技術や、あるいは星々の運行と地脈の力を利用した何らかの秘術に関する記述であることが明らかになりつつあった。

そして、黒曜石の欠片が、そのエネルギーを制御するための「触媒」あるいは「増幅器」のような役割を果たすのではないか、という仮説も生まれていた。

しかし、研究が進めば進むほど、アレンは自身の知識の限界を痛感するようになっていた。
浩介としての記憶は、確かにこの世界においては驚異的なアドバンテージである。

だが、それはあくまで断片的なものであり、体系的な学問として修めたものではない。

特に、この世界独自の魔力や、古代文明が用いたとされる未知のエネルギー原理については、手元の資料や実験だけでは解明できない、深い謎が横たわっていたのだ。

「この黒曜石が発するエネルギーの波長……僕の知っているどの物理法則にも当てはまらない。
もっと根本的な、世界の成り立ちに関わるような知識が必要なのかもしれない……」

アレンは、実験記録を記した羊皮紙を前に、深くため息をついた。
リナも、そんなアレンの苦悩を間近で感じ取り、何も言えずにただ寄り添うことしかできない。

そんなある秋の日、ミストラル村に、再び領主アルトリア辺境伯が、少数の側近だけを伴って訪れた。

公式な視察というよりは、どこか個人的な訪問といった趣である。
辺境伯は、村の目覚ましい発展ぶりと、工房の活気に改めて目を細め、そしてアレンの研究室へと足を運んだ。

「アレン、お主の研究は進んでおるか?」

壁一面に貼られた羊皮紙の図表や、実験器具が並ぶ研究室を見渡し、辺境伯は静かに尋ねる。

アレンは、これまでの研究成果と、そして現在直面している壁について、正直に辺境伯に報告した。

「黒曜の爪」の脅威は去ったとはいえ、「厄災」の謎が完全に解明されたわけではない。
そして、あの黒曜石の欠片が秘める力は、未知数であり、場合によっては新たな脅威となりかねないという懸念も。

辺境伯は、アレンの報告を最後まで黙って聞き終えると、やおら口を開いた。

「アレンよ。
お主の才能と探究心は、まさにアルトリア領の宝だ。
しかし、このミストラル村という小さな器の中だけでは、その才能を十分に開花させることはできぬかもしれんな」

その言葉に、アレンはハッとして顔を上げた。

「実はな、王都にある『王立中央学院』の学院長と、旧知の間柄でな。
お主のような類稀なる才能を持つ若者がいると話したところ、彼も強い興味を示しておった。
もし、お主が望むなら、かの学院で、この大陸で最高峰の学者たちから、より専門的で高度な知識を学んでみてはどうだろうか? お主が探求する古代の技術や、未知のエネルギーについても、何らかの手がかりが見つかるやもしれんぞ」

王都の学院。
それは、アレンにとって全く予想もしていなかった提案であった。

アルトリア領のさらに外、この国の中心である王都には、ミストラル村では到底目にすることもできないような、膨大な知識と、優れた頭脳が集まっているに違いない。

そこへ行けば、今直面している研究の壁を打ち破り、「厄災」の謎を解き明かすための、新たな道が開けるかもしれない。
アレンの心は、強く揺さぶられた。

しかし、同時に、大きな戸惑いも感じる。
ミストラル村を離れること。

工房の仲間たち、学び舎の子供たち、そして何よりも、リナやカイトといったかけがえのない友人たちと、長期間離れて暮らすことになる。

それに、シルバ川の治水計画や、水車の普及といった、村の未来を左右するプロジェクトもまだ道半ばなのだ。

「……少し、お時間をいただいてもよろしいでしょうか。
仲間たちにも相談し、よく考えたいと思います」

アレンは、そう答えるのが精一杯であった。
辺境伯は、アレンの葛藤を察したように、静かに頷いた。

「うむ、もちろんじゃ。
これは、お主の人生にとって大きな決断となるだろう。
焦る必要はない。
だが、もし行くことを決めたならば、余は全面的に支援することを約束しよう」

その夜、アレンは、リナ、カイト、ティム、そしてバルガス村長、ギデオン、エルナといった、最も信頼する仲間たちに、辺境伯からの提案を打ち明けた。
皆、最初は驚きを隠せない様子であったが、やがてそれぞれの思いをアレンに伝え始める。

「王都の学院か……。
アレン、お前なら、きっとそこでも多くのことを学び、とんでもない発明をするんだろうな。
寂しくはなるが、俺は応援するぜ。
お前がいない間のミストラル村のことは、この俺と、ギデオンさんたちに任せろ!」

カイトは、いつものぶっきらぼうな口調ながらも、力強くアレンの背中を押した。

リナは、俯き、唇を噛み締めていたが、やがて顔を上げ、アレンの目を真っ直ぐに見つめて言った。

「アレン君……。
もし、それがアレン君が本当にやりたいことで、アレン君の成長に必要なことなら……私は、寂しいけれど、笑顔で送り出したいと思う。
そして、アレン君が帰ってくる日まで、私もミストラル村で、薬草の研究や医療技術をもっともっと進歩させて、アレン君に負けないくらい村の役に立てるようになっているから」

その瞳には、かすかな涙が浮かんでいたが、それ以上に、アレンへの深い信頼と、自らの決意が強く輝いていた。
ティムや、バルガス村長、ギデオン、エルナもまた、アレンの将来を思い、それぞれの言葉で彼の新たな挑戦を後押しする。

仲間たちの温かい言葉に、アレンの心は決まった。
未知なる世界への不安はある。
しかし、それ以上に、新たな知識への渇望と、仲間たちの信頼に応えたいという強い思いが、彼を突き動かしていた。

「みんな……ありがとう。
僕は、王都へ行こうと思う。
そこで多くのことを学び、必ず成長して、このミストラル村へ、そしてアルトリア領へ、もっと大きな貢献ができるようになって帰ってくるよ」

アレンの決意の言葉に、仲間たちは力強く頷いた。
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