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第五話:広がる名声、新たな野望の芽生え
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アリアドネが「エルムの薬草店」でその才能を開花させてから、季節は一巡りし、再び柔らかな春の日差しが街を包み込む頃となっていた。
彼女の名声は、この小さな街に留まらず、近隣の町や村にまで届くようになっていた。
「エルムの薬草店」の店先には、遠方からわざわざアリアドネを訪ねてくる客の姿も珍しくなくなり、かつては静かだった店は連日活気に満ち溢れていた。
しかし、店の繁盛は新たな課題も生み出していた。
特に、アリアドネが調合する人気の薬やハーブティーに使う特定の薬草が、需要の急増によって品薄になるという問題が深刻化しつつあった。
「ゼノ様、このままではお客様のご要望にお応えできなくなる日も近いかと存じます。薬草の安定供給のために、新たな手を打つべきではないでしょうか。」
ある日の閉店後、アリアドネは帳簿を整理しながら、懸念を口にした。
ゼノは腕を組み、静かに頷く。
「うむ、私もそれを感じていた。君の薬を求めて遠くから来てくださる方々を、がっかりさせるわけにはいかんな。」
「つきましては、従来の仕入れルートだけに頼るのではなく、私たち自身で新たな栽培農家と契約を結んだり、場合によっては、質の良い薬草が採れる土地を探し、直接採集に赴くことも考えてみてはどうかと。」
アリアドネの提案は、具体的かつ大胆なものだった。
貴族の令嬢であった頃には考えられなかった発想だが、今の彼女には市井で生き抜いてきた知恵と行動力が備わっていた。
ゼノは、アリアドネのその力強い瞳を見つめ、深く息を吸い込んだ。
「……君の言う通りだ。アリアドネ君、その件、君に一任しても良いだろうか。私にはもう、遠出をするだけの体力もないし、新しいことを始めるだけの気力も薄れてきてしまった。」
その言葉には、アリアドネへの全幅の信頼と、自身の老いを悟る寂しさが滲んでいた。
「ゼノ様……。はい、お任せください。必ずや、この店をさらに盛り立ててご覧にいれます。」
アリアドネは力強く応え、その日から薬草の新たな供給ルート確保に向けて動き出した。
近隣の村々を訪ね歩き、薬草栽培に適した土地を持つ農家を探しては、熱心に契約栽培の利点を説いた。
初めは訝しげな顔をしていた農家の人々も、アリアドネの誠実な態度と薬草に関する深い知識に触れるうちに、次第に心を開き、協力を約束してくれるようになっていった。
そんなある日、隣町で開催された大きな市場に足を運んだアリアドネは、王都から来たという一団の行商人たちの会話を偶然耳にした。
「……聞いたか?あのアシュフォード公爵家、最近ますます羽振りが良いらしいぜ。なんでも新しい鉱山を掘り当てたとかで、笑いが止まらんだろうな。」
「ああ、そのおかげで、新しい奥方もさぞ贅沢三昧だろうよ。確か、ウェルズ男爵家とかいうところの……リディア様だったか?若くて美しいと評判だ。」
アシュフォード公爵家。
リディア。
その名を聞いた瞬間、アリアドネの背筋に冷たいものが走った。
顔の表情こそ変えなかったが、握りしめた拳は微かに震えていた。
(新しい鉱山……それでエリオットはさらに富を得て、リディアはそれを湯水のように使っているというの……?)
許せない。
自分が全てを奪われ、日々の糧を得るために必死に働いているというのに、あの二人は何の苦労もなく、以前にも増して贅沢な暮らしを送っている。
その事実に、アリアドネの胸は怒りに焼け付くようだった。
しかし、同時に彼女は冷静だった。
怒りに任せて今すぐ王都に乗り込んだところで、何もできはしない。
まずは、情報だ。
そして、力。
彼らに匹敵し、いずれ彼らを見下ろすことができるだけの、経済的な力と社会的な影響力。
(見ていなさい、エリオット、リディア……。あなたたちが築き上げた砂上の楼閣など、いつか私がこの手で崩してみせるわ……。)
アリアドネの心に、新たな野望の炎が静かに、しかし力強く燃え上がった。
「エルムの薬草店」を、ただの街の薬屋で終わらせるつもりはない。
高品質な薬草と、ここでしか手に入らない独自のハーブ製品を扱う、特別な店としてブランド化する。
そして、いつかは王都にもその名を轟かせ、莫大な富を築くのだ。
その富と名声が、いつか必ず復讐の大きな武器になる。
アリアドネは、その日から、店の経営戦略についても深く考えるようになった。
新しい商品の開発、より魅力的な店舗デザイン、そして効果的な宣伝方法。
彼女の頭の中には、次々とアイデアが湧き上がってきた。
そんな折、店の扉が静かに開き、一人の身なりの良い紳士が立っていた。
年の頃は五十代半ばだろうか、落ち着いた物腰だが、その瞳には鋭い知性が宿っている。
供も連れず一人で訪れたその男は、店の中をゆっくりと見回した後、アリアドネに声をかけた。
「あなたが、この店のアリアドネ殿ですかな?お噂はかねがね伺っております。」
その声には、どこか探るような響きがあった。
「はい、私がアリアドネでございます。本日はどのようなご用件でいらっしゃいましたか。」
アリアドネは、相手の素性も目的も分からぬまま、しかし毅然とした態度で応じた。
男は満足そうに頷くと、懐から一通の封書を取り出した。
「私は、隣町の領主、バルトフェルド辺境伯に仕える者です。実は、我が主の奥方が長年原因不明の病に苦しんでおられましてな。あらゆる名医の治療も効果がなく、途方に暮れていたところ、あなた様の評判を耳にした次第です。」
男はそう言って、アリアドネに深々と頭を下げた。
「どうか、奥様を診てはいただけないでしょうか。もちろん、謝礼は弾ませていただきます。」
辺境伯夫人を診る。
それは、アリアドネにとって、これまでの客とは全く規模の違う依頼だった。
もし成功すれば、その名声は計り知れないものになるだろう。
しかし、失敗すれば……。
アリアドネの心に、一瞬の逡巡がよぎった。
だが、彼女の瑠璃色の瞳は、すぐに確かな決意の光を宿した。
これは、天が与えてくれた好機かもしれない。
自分の力を試し、さらに大きな舞台へと進むための。
「……お受けいたします。私にできる限りのことをさせていただきますわ。」
アリアドネは、静かに、しかし力強く答えた。
彼女の名声は、この小さな街に留まらず、近隣の町や村にまで届くようになっていた。
「エルムの薬草店」の店先には、遠方からわざわざアリアドネを訪ねてくる客の姿も珍しくなくなり、かつては静かだった店は連日活気に満ち溢れていた。
しかし、店の繁盛は新たな課題も生み出していた。
特に、アリアドネが調合する人気の薬やハーブティーに使う特定の薬草が、需要の急増によって品薄になるという問題が深刻化しつつあった。
「ゼノ様、このままではお客様のご要望にお応えできなくなる日も近いかと存じます。薬草の安定供給のために、新たな手を打つべきではないでしょうか。」
ある日の閉店後、アリアドネは帳簿を整理しながら、懸念を口にした。
ゼノは腕を組み、静かに頷く。
「うむ、私もそれを感じていた。君の薬を求めて遠くから来てくださる方々を、がっかりさせるわけにはいかんな。」
「つきましては、従来の仕入れルートだけに頼るのではなく、私たち自身で新たな栽培農家と契約を結んだり、場合によっては、質の良い薬草が採れる土地を探し、直接採集に赴くことも考えてみてはどうかと。」
アリアドネの提案は、具体的かつ大胆なものだった。
貴族の令嬢であった頃には考えられなかった発想だが、今の彼女には市井で生き抜いてきた知恵と行動力が備わっていた。
ゼノは、アリアドネのその力強い瞳を見つめ、深く息を吸い込んだ。
「……君の言う通りだ。アリアドネ君、その件、君に一任しても良いだろうか。私にはもう、遠出をするだけの体力もないし、新しいことを始めるだけの気力も薄れてきてしまった。」
その言葉には、アリアドネへの全幅の信頼と、自身の老いを悟る寂しさが滲んでいた。
「ゼノ様……。はい、お任せください。必ずや、この店をさらに盛り立ててご覧にいれます。」
アリアドネは力強く応え、その日から薬草の新たな供給ルート確保に向けて動き出した。
近隣の村々を訪ね歩き、薬草栽培に適した土地を持つ農家を探しては、熱心に契約栽培の利点を説いた。
初めは訝しげな顔をしていた農家の人々も、アリアドネの誠実な態度と薬草に関する深い知識に触れるうちに、次第に心を開き、協力を約束してくれるようになっていった。
そんなある日、隣町で開催された大きな市場に足を運んだアリアドネは、王都から来たという一団の行商人たちの会話を偶然耳にした。
「……聞いたか?あのアシュフォード公爵家、最近ますます羽振りが良いらしいぜ。なんでも新しい鉱山を掘り当てたとかで、笑いが止まらんだろうな。」
「ああ、そのおかげで、新しい奥方もさぞ贅沢三昧だろうよ。確か、ウェルズ男爵家とかいうところの……リディア様だったか?若くて美しいと評判だ。」
アシュフォード公爵家。
リディア。
その名を聞いた瞬間、アリアドネの背筋に冷たいものが走った。
顔の表情こそ変えなかったが、握りしめた拳は微かに震えていた。
(新しい鉱山……それでエリオットはさらに富を得て、リディアはそれを湯水のように使っているというの……?)
許せない。
自分が全てを奪われ、日々の糧を得るために必死に働いているというのに、あの二人は何の苦労もなく、以前にも増して贅沢な暮らしを送っている。
その事実に、アリアドネの胸は怒りに焼け付くようだった。
しかし、同時に彼女は冷静だった。
怒りに任せて今すぐ王都に乗り込んだところで、何もできはしない。
まずは、情報だ。
そして、力。
彼らに匹敵し、いずれ彼らを見下ろすことができるだけの、経済的な力と社会的な影響力。
(見ていなさい、エリオット、リディア……。あなたたちが築き上げた砂上の楼閣など、いつか私がこの手で崩してみせるわ……。)
アリアドネの心に、新たな野望の炎が静かに、しかし力強く燃え上がった。
「エルムの薬草店」を、ただの街の薬屋で終わらせるつもりはない。
高品質な薬草と、ここでしか手に入らない独自のハーブ製品を扱う、特別な店としてブランド化する。
そして、いつかは王都にもその名を轟かせ、莫大な富を築くのだ。
その富と名声が、いつか必ず復讐の大きな武器になる。
アリアドネは、その日から、店の経営戦略についても深く考えるようになった。
新しい商品の開発、より魅力的な店舗デザイン、そして効果的な宣伝方法。
彼女の頭の中には、次々とアイデアが湧き上がってきた。
そんな折、店の扉が静かに開き、一人の身なりの良い紳士が立っていた。
年の頃は五十代半ばだろうか、落ち着いた物腰だが、その瞳には鋭い知性が宿っている。
供も連れず一人で訪れたその男は、店の中をゆっくりと見回した後、アリアドネに声をかけた。
「あなたが、この店のアリアドネ殿ですかな?お噂はかねがね伺っております。」
その声には、どこか探るような響きがあった。
「はい、私がアリアドネでございます。本日はどのようなご用件でいらっしゃいましたか。」
アリアドネは、相手の素性も目的も分からぬまま、しかし毅然とした態度で応じた。
男は満足そうに頷くと、懐から一通の封書を取り出した。
「私は、隣町の領主、バルトフェルド辺境伯に仕える者です。実は、我が主の奥方が長年原因不明の病に苦しんでおられましてな。あらゆる名医の治療も効果がなく、途方に暮れていたところ、あなた様の評判を耳にした次第です。」
男はそう言って、アリアドネに深々と頭を下げた。
「どうか、奥様を診てはいただけないでしょうか。もちろん、謝礼は弾ませていただきます。」
辺境伯夫人を診る。
それは、アリアドネにとって、これまでの客とは全く規模の違う依頼だった。
もし成功すれば、その名声は計り知れないものになるだろう。
しかし、失敗すれば……。
アリアドネの心に、一瞬の逡巡がよぎった。
だが、彼女の瑠璃色の瞳は、すぐに確かな決意の光を宿した。
これは、天が与えてくれた好機かもしれない。
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