【完結】瑠璃色の薬草師

シマセイ

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第四話:芽吹く才覚

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アリアドネが「エルムの薬草店」で働き始めてから、早くも三月(みつき)の時が流れた。

初めの頃は、慣れない肉体労働と庶民の暮らしに戸惑うこともあったが、持ち前の気丈さと適応力で、アリアドネはすっかり街の生活に溶け込んでいた。

彼女の薬草に関する深い知識と、客一人ひとりに寄り添う丁寧な接客は、瞬く間に評判となった。

特にアリアドネが調合するハーブティーや、症状に合わせてブレンドする薬草は効果が高いと評判で、「エルムの薬草店」は以前にも増して多くの客で賑わうようになった。

「アリアドネさん、いつもの頭痛止めの薬草をちょうだい。あなたに選んでもらってから、本当に楽になったのよ。」

「うちの娘がね、夜なかなか寝付けなくて困っていたんだけど、あなたが教えてくれたカモミールのハーブティーを飲ませたら、すやすや眠るようになったんだ。ありがとうね。」

店を訪れる客たちは、口々にアリアドネへの感謝を述べる。

その度に、アリアドネは心からの笑顔で応え、自分の知識や技術が誰かの役に立っていることに、大きな喜びを感じていた。

店主のゼノも、アリアドネの働きぶりには目を細めるばかりだった。

「アリアドネ君、君が来てくれてから、本当に店が活気づいたよ。新しい薬草の仕入れも、君に任せてみようかと思っているんだ。」

ある日、ゼノはそう言って、薬草の仕入れ帳をアリアドネに手渡した。

それは、ゼノがアリアドネの才能を全面的に信頼している証だった。

「よろしいのですか、ゼノ様。」

「もちろんだとも。君の目利きは確かだからな。それに、最近は新しい薬のアイデアも色々と考えているようじゃないか。」

ゼノの言う通り、アリアドネは薬草の知識を応用して、新しい塗り薬や美容に効果のあるハーブオイルなどを試作していた。

貴族社会にいた頃には思いもよらなかったが、アリアドネには商才の芽もあったのかもしれない。

彼女が考案した商品は、見た目も美しく、実用性も高かったため、試験的に店に並べるとすぐに人気商品となった。

街の人々との交流も、アリアドネにとって新鮮な経験だった。

おしゃべり好きなパン屋の女将、腕はいいが気難しい鍛冶屋の親方、いつも元気な花売りの少女。

彼らとの何気ない会話の中から、貴族社会では決して知ることのできなかった市井の人々の暮らしや知恵を学ぶことができた。

それは、アリアドネの世界を大きく広げ、彼女を人間的にも成長させてくれた。

そんなある日の午後、一人の若い母親が、青白い顔をした幼い息子を抱いて店に駆け込んできた。

「お願いします!この子、もう何日も熱が下がらなくて……お医者様にもらった薬も効かないんです!」

母親は涙ながらに訴え、アリアドネはその小さな男の子の額にそっと手を当てた。

確かに、かなりの高熱だ。

呼吸も浅く、ぐったりとしている。

アリアドネは、母親から詳しく症状を聞き、男の子の顔色や舌の状態を注意深く観察した。

(これは、ただの風邪ではないかもしれない……)

彼女の脳裏に、かつて読んだ古い医学書の一節が蘇った。

それは、特定の条件下で稀に発生する熱病に関する記述だった。

「奥様、いくつか珍しい薬草を組み合わせる必要がありますが、特別な調合薬をお作りしてもよろしいでしょうか。必ず効くとはお約束できませんが、試してみる価値はあるかと存じます。」

アリアドネの真剣な眼差しに、母親は藁にもすがる思いで頷いた。

「お願いします!この子を助けてください!」

アリアドネはゼノに事情を話し、彼の助けも借りながら、慎重に薬草を選び、調合に取り掛かった。

数時間後、ようやく完成した濃い緑色の液体薬を、母親に手渡す。

「これを、少量ずつ、辛抱強く飲ませてあげてください。そして、体を冷やさないように温かくして。」

母親は何度も頭を下げ、息子を抱いて帰っていった。

アリアドネは、その小さな背中が見えなくなるまで、祈るような気持ちで見送った。

数日後。

店の扉が勢いよく開き、あの時の母親が満面の笑みで立っていた。

その腕の中には、すっかり顔色が良くなり、元気に手足を動かす男の子の姿があった。

「アリアドネさん!本当に、本当にありがとうございました!おかげさまで、この子の熱がすっかり下がって、食事もとれるようになったんです!」

母親はアリアドネの手を取り、何度も感謝の言葉を繰り返した。

男の子も、小さな声で「ありがとう」と言って、アリアドネににかっと笑いかけた。

その純粋な笑顔は、アリアドネの心に温かな光を灯した。

この出来事はすぐに街中に広まり、「エルムの薬草店には、どんな病でも治してしまう若い薬師がいる」という噂が立つほどだった。

アリアドネは、この経験を通じて、人を助けることの尊さと、自分の力で何かを成し遂げることの大きな喜びを改めて感じた。

それは、彼女に失いかけていた自信を取り戻させ、未来への希望をより確かなものにしてくれた。

しかし、充実した日々を送る中でも、アリアドネは決してあの夜の屈辱を忘れたわけではなかった。

夜、一人自室に戻ると、彼女は必ず窓辺に立ち、遠い貴族街の灯りを見つめる。

その瞳には、昼間の穏やかな表情とは打って変わって、冷たく燃える復讐の炎が宿っていた。

(エリオット……リディア……あなたたちが私から奪ったものの大きさを、いつか必ず思い知らせてあげる……)

街での評判は、アリアドネにとって復讐への第一歩に過ぎない。

彼女は、もっと大きな力を手に入れなければならない。

経済的な力、そして、いつかあの二人を社会的に追い詰めることができるような影響力を。

そのために、今はただひたすら、目の前の仕事に打ち込み、知識と経験を蓄積していく。

アリアドネの胸には、人を癒す優しさと、裏切り者を断罪する激しい怒りという、二つの相反する感情が同居していた。

しかし、それこそが今の彼女を支える原動力となっているのかもしれない。
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