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第六話:辺境伯の依頼、秘められた病の謎
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アリアドネの決意に満ちた返事を聞き、辺境伯の使いと名乗った紳士――執事のエルネストは、安堵の表情を浮かべた。
「おお、お受けいただけますか!ありがたき幸せ。早速ご準備いただき、我が主の待つバルトフェルド辺境伯領までご足労願いたい。」
事態は急を要するらしかった。
アリアドネはゼノに事情を話し、店の運営をしばらくの間、全面的に任せることにした。
「ゼノ様、必ず良い結果を持ち帰ります。店のことは、どうぞよろしくお願いいたします。」
「心配はいらんよ、アリアドネ君。君は君の使命を全うしてきなさい。吉報を待っている。」
ゼノは力強く頷き、アリアドネを送り出した。
数日分の着替えと、愛用の薬草の調合道具、そしていくつかの貴重な薬草を鞄に詰め、アリアドネはエルネストと共に隣町への旅路についた。
揺れる馬車の中で、エルネストは辺境伯夫人セレスティーナの病状について、より詳しく語って聞かせた。
「奥様は、もう五年もの間、原因不明の衰弱に苦しんでおられます。次第に食も細くなり、気力も失われ、今ではほとんど寝台の上で過ごされる日々……。王都の名医と呼ばれる方々にも診ていただきましたが、誰も首を縦に振ってはくれませなんだ。」
その声には、長年仕える主君の妻を思う深い憂慮が滲んでいた。
辺境伯であるアルフレッド卿は、領民からは厳格だが公正な領主として慕われているが、最愛の妻の病には心を痛め、憔悴しきっているという。
「アリアドネ様、あなた様が最後の希望なのです。」
エルネストの言葉に、アリアドネは改めて身の引き締まる思いだった。
(必ず、原因を突き止めてみせるわ……)
数日後、一行はバルトフェルド辺境伯領の中心都市に到着した。
その街並みは、アリアドネが暮らしていた街よりも大きく、活気に満ちているように見えたが、どこか重苦しい空気が漂っているのを感じた。
辺境伯邸は、街を見下ろす小高い丘の上に建っていた。
石造りの壮麗な館だが、手入れは行き届いているものの、どこか生命力が感じられない、陰鬱とした雰囲気が漂っている。
出迎えた辺境伯アルフレッドは、エルネストの話の通り、目の下に深い隈を作り、疲労の色を隠せない様子だった。
しかし、アリアドネの若さに一瞬驚いたものの、その真摯な瞳を見ると、わずかに希望の光を見出したかのように、丁寧な言葉で挨拶を述べた。
「ようこそお越しくだされた、アリアドネ殿。お噂は執事から聞いている。どうか、妻を……セレスティーナを救っていただきたい。」
その声は、か細く、悲痛な響きを帯びていた。
アリアドネは深々と一礼し、早速セレスティーナ夫人の診察に取り掛かった。
通された寝室は、陽光が差し込む明るい部屋だったが、カーテンは重く閉ざされ、空気は淀んでいた。
寝台に横たわるセレスティーナ夫人は、かつては美しかったであろう面影を残してはいたものの、今は青白く痩せこけ、人形のように生気がない。
アリアドネはまず、夫人の脈を取り、顔色、舌の状態、瞳の光などを注意深く観察した。
次に、付き添いの侍女たちから、これまでの食事内容、日々の生活習慣、病状の細かな変化などを丹念に聞き取った。
これまでの医師たちは、主に内臓の疾患や精神的な問題を疑っていたようだが、アリアドネは別の可能性を感じ取っていた。
(これは……何か、外部からの要因があるのではないかしら……?)
アリアドネは、部屋の隅々まで注意深く観察した。
窓辺に置かれた花瓶の花、化粧台に並べられた化粧品、寝室で焚かれている香……。
そして、ふと、夫人が日常的に飲んでいるというハーブティーの茶葉に目が留まった。
侍女に頼んでその茶葉を見せてもらうと、アリアドネの眉が微かに動いた。
それは、鎮静作用のある一般的なハーブだったが、その中に、ごく微量ではあるが、通常は薬用として厳密な管理下でしか使われないはずの、別の植物の葉が混入しているのを見つけたのだ。
その植物は、少量ならば精神安定の効果があるが、長期間にわたって摂取し続けると、徐々に神経系に影響を及ぼし、慢性的な衰弱や中毒症状を引き起こす可能性があった。
(まさか……これほどの量を、長期間……?)
アリアドネは、さらに夫人が使っている化粧品や、部屋に飾られている観葉植物なども徹底的に調べ上げた。
その結果、いくつかの化粧品にも、微量ながら同様の有毒性を持つ成分が含まれていること、そして、窓辺に置かれた美しい観葉植物が、実は美しい花を咲かせるものの、その花粉や蜜に弱い毒性があることを突き止めた。
一つ一つは微量でも、それらが長年にわたって複合的に作用し、セレスティーナ夫人の体を蝕んでいたのではないか。
「辺境伯様、奥様のご病気の原因は、おそらく慢性的な中毒症状によるものと推察されます。」
アリアドネは、アルフレッド辺境伯とエルネストに、自身の見解を慎重に、しかし確信を持って告げた。
そして、問題と思われるハーブティー、化粧品、観葉植物を具体的に指摘した。
辺境伯は、アリアドネの言葉に衝撃を受け、顔面蒼白になった。
「な……なんだと……?では、これまで妻は毒を盛られ続けていたというのか……!」
「故意かどうかは分かりません。ただ、これらのものが奥様の体質に合わず、長期間にわたる摂取や接触によって、徐々に体を弱らせていった可能性が高いと思われます。」
アリアドネは冷静に説明した。
「治療法としては、まず原因となるものを全て排除し、体内に蓄積された毒素を排出するための解毒療法を行います。そして、弱った体を回復させるための滋養強壮の薬草と、バランスの取れた食事療法を組み合わせるのがよろしいかと。」
アリアドネが提案した治療法は、これまでのどの医師も思いつかなかったものだった。
必要な薬草の中には、この地方では手に入りにくい希少なものも含まれていたが、アルフレッド辺境伯は即座に決断した。
「アリアドネ殿、あなたを信じよう。必要なものは全て用意させる。どうか、妻を……セレスティーナを頼む!」
辺境伯の目には、再び力強い光が宿っていた。
こうして、アリアドネによるセレスティーナ夫人の治療が始まった。
まず、問題のある品々は全て寝室から撤去され、部屋の空気も徹底的に入れ替えられた。
アリアドネは、辺境伯家の協力を得て取り寄せた解毒作用のある薬草を丁寧に煎じ、夫人に少量ずつ服用させた。
最初の数日は、夫人の容態に目立った変化は見られなかった。
むしろ、長年慣れ親しんだものがなくなったせいか、少し不安げな様子を見せることもあった。
アリアドネは、毎日夫人のそばに付き添い、優しく声をかけながら、辛抱強く治療を続けた。
(大丈夫……きっと良くなるわ……)
彼女の心の中には、薬草への深い知識と、人を救いたいという強い思いがあった。
そして、治療開始から一週間が経った朝。
侍女が慌てた様子でアリアドネを呼びに来た。
「アリアドネ様!奥様が……奥様が、何かを口にしたいと仰せです!」
アリアドネが急いで寝室へ向かうと、セレスティーナ夫人が、ほんのわずかだが、以前よりもはっきりとした意識のある目で、アリアドネを見つめていた。
「……スープが……飲みたい……」
か細い、しかし確かに彼女自身の意志で発せられた言葉だった。
それは、長いトンネルの先にかすかに見えた、希望の光だった。
「おお、お受けいただけますか!ありがたき幸せ。早速ご準備いただき、我が主の待つバルトフェルド辺境伯領までご足労願いたい。」
事態は急を要するらしかった。
アリアドネはゼノに事情を話し、店の運営をしばらくの間、全面的に任せることにした。
「ゼノ様、必ず良い結果を持ち帰ります。店のことは、どうぞよろしくお願いいたします。」
「心配はいらんよ、アリアドネ君。君は君の使命を全うしてきなさい。吉報を待っている。」
ゼノは力強く頷き、アリアドネを送り出した。
数日分の着替えと、愛用の薬草の調合道具、そしていくつかの貴重な薬草を鞄に詰め、アリアドネはエルネストと共に隣町への旅路についた。
揺れる馬車の中で、エルネストは辺境伯夫人セレスティーナの病状について、より詳しく語って聞かせた。
「奥様は、もう五年もの間、原因不明の衰弱に苦しんでおられます。次第に食も細くなり、気力も失われ、今ではほとんど寝台の上で過ごされる日々……。王都の名医と呼ばれる方々にも診ていただきましたが、誰も首を縦に振ってはくれませなんだ。」
その声には、長年仕える主君の妻を思う深い憂慮が滲んでいた。
辺境伯であるアルフレッド卿は、領民からは厳格だが公正な領主として慕われているが、最愛の妻の病には心を痛め、憔悴しきっているという。
「アリアドネ様、あなた様が最後の希望なのです。」
エルネストの言葉に、アリアドネは改めて身の引き締まる思いだった。
(必ず、原因を突き止めてみせるわ……)
数日後、一行はバルトフェルド辺境伯領の中心都市に到着した。
その街並みは、アリアドネが暮らしていた街よりも大きく、活気に満ちているように見えたが、どこか重苦しい空気が漂っているのを感じた。
辺境伯邸は、街を見下ろす小高い丘の上に建っていた。
石造りの壮麗な館だが、手入れは行き届いているものの、どこか生命力が感じられない、陰鬱とした雰囲気が漂っている。
出迎えた辺境伯アルフレッドは、エルネストの話の通り、目の下に深い隈を作り、疲労の色を隠せない様子だった。
しかし、アリアドネの若さに一瞬驚いたものの、その真摯な瞳を見ると、わずかに希望の光を見出したかのように、丁寧な言葉で挨拶を述べた。
「ようこそお越しくだされた、アリアドネ殿。お噂は執事から聞いている。どうか、妻を……セレスティーナを救っていただきたい。」
その声は、か細く、悲痛な響きを帯びていた。
アリアドネは深々と一礼し、早速セレスティーナ夫人の診察に取り掛かった。
通された寝室は、陽光が差し込む明るい部屋だったが、カーテンは重く閉ざされ、空気は淀んでいた。
寝台に横たわるセレスティーナ夫人は、かつては美しかったであろう面影を残してはいたものの、今は青白く痩せこけ、人形のように生気がない。
アリアドネはまず、夫人の脈を取り、顔色、舌の状態、瞳の光などを注意深く観察した。
次に、付き添いの侍女たちから、これまでの食事内容、日々の生活習慣、病状の細かな変化などを丹念に聞き取った。
これまでの医師たちは、主に内臓の疾患や精神的な問題を疑っていたようだが、アリアドネは別の可能性を感じ取っていた。
(これは……何か、外部からの要因があるのではないかしら……?)
アリアドネは、部屋の隅々まで注意深く観察した。
窓辺に置かれた花瓶の花、化粧台に並べられた化粧品、寝室で焚かれている香……。
そして、ふと、夫人が日常的に飲んでいるというハーブティーの茶葉に目が留まった。
侍女に頼んでその茶葉を見せてもらうと、アリアドネの眉が微かに動いた。
それは、鎮静作用のある一般的なハーブだったが、その中に、ごく微量ではあるが、通常は薬用として厳密な管理下でしか使われないはずの、別の植物の葉が混入しているのを見つけたのだ。
その植物は、少量ならば精神安定の効果があるが、長期間にわたって摂取し続けると、徐々に神経系に影響を及ぼし、慢性的な衰弱や中毒症状を引き起こす可能性があった。
(まさか……これほどの量を、長期間……?)
アリアドネは、さらに夫人が使っている化粧品や、部屋に飾られている観葉植物なども徹底的に調べ上げた。
その結果、いくつかの化粧品にも、微量ながら同様の有毒性を持つ成分が含まれていること、そして、窓辺に置かれた美しい観葉植物が、実は美しい花を咲かせるものの、その花粉や蜜に弱い毒性があることを突き止めた。
一つ一つは微量でも、それらが長年にわたって複合的に作用し、セレスティーナ夫人の体を蝕んでいたのではないか。
「辺境伯様、奥様のご病気の原因は、おそらく慢性的な中毒症状によるものと推察されます。」
アリアドネは、アルフレッド辺境伯とエルネストに、自身の見解を慎重に、しかし確信を持って告げた。
そして、問題と思われるハーブティー、化粧品、観葉植物を具体的に指摘した。
辺境伯は、アリアドネの言葉に衝撃を受け、顔面蒼白になった。
「な……なんだと……?では、これまで妻は毒を盛られ続けていたというのか……!」
「故意かどうかは分かりません。ただ、これらのものが奥様の体質に合わず、長期間にわたる摂取や接触によって、徐々に体を弱らせていった可能性が高いと思われます。」
アリアドネは冷静に説明した。
「治療法としては、まず原因となるものを全て排除し、体内に蓄積された毒素を排出するための解毒療法を行います。そして、弱った体を回復させるための滋養強壮の薬草と、バランスの取れた食事療法を組み合わせるのがよろしいかと。」
アリアドネが提案した治療法は、これまでのどの医師も思いつかなかったものだった。
必要な薬草の中には、この地方では手に入りにくい希少なものも含まれていたが、アルフレッド辺境伯は即座に決断した。
「アリアドネ殿、あなたを信じよう。必要なものは全て用意させる。どうか、妻を……セレスティーナを頼む!」
辺境伯の目には、再び力強い光が宿っていた。
こうして、アリアドネによるセレスティーナ夫人の治療が始まった。
まず、問題のある品々は全て寝室から撤去され、部屋の空気も徹底的に入れ替えられた。
アリアドネは、辺境伯家の協力を得て取り寄せた解毒作用のある薬草を丁寧に煎じ、夫人に少量ずつ服用させた。
最初の数日は、夫人の容態に目立った変化は見られなかった。
むしろ、長年慣れ親しんだものがなくなったせいか、少し不安げな様子を見せることもあった。
アリアドネは、毎日夫人のそばに付き添い、優しく声をかけながら、辛抱強く治療を続けた。
(大丈夫……きっと良くなるわ……)
彼女の心の中には、薬草への深い知識と、人を救いたいという強い思いがあった。
そして、治療開始から一週間が経った朝。
侍女が慌てた様子でアリアドネを呼びに来た。
「アリアドネ様!奥様が……奥様が、何かを口にしたいと仰せです!」
アリアドネが急いで寝室へ向かうと、セレスティーナ夫人が、ほんのわずかだが、以前よりもはっきりとした意識のある目で、アリアドネを見つめていた。
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