【完結】瑠璃色の薬草師

シマセイ

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第二十三話:芽生える恋心、忍び寄る不協和音

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王立アカデミーでの月光花の共同研究は、アリアドネとセドリック・アシュワース助教授にとって、知的な興奮と新たな発見に満ちた日々をもたらしていた。

アリアドネが提案した、故郷の土壌の特性を参考にした独自の土壌改良法と、発酵させた有機物を組み合わせた特殊な肥料は、これまでのアカデミーの研究では見過ごされていた視点だった。

セドリックはそのアイデアを熱心に検証し、彼の理論的な知識と組み合わせることで、二人はまさに二人三脚で月光花の神秘に挑んでいった。

そして、共同研究を開始してから数週間が経ったある朝。

アカデミーの特別温室で、注意深く管理されていた月光花の種を蒔いた鉢の一つから、本当に小さな、しかし力強い緑色の双葉が顔を出したのだ。

「……芽が出た……!アリアドネさん、見てください!月光花の芽です!」

セドリックは、まるで子供のようにはしゃぎ、その緑色の瞳をきらきらと輝かせてアリアドネを振り返った。

アリアドネもまた、その小さな双葉に、言いようのない感動を覚えていた。

幻の薬草が、自分たちの手で新たな命を育もうとしている。

その奇跡のような光景を前に、二人は思わず手を取り合い、その喜びを分かち合った。

触れ合った手の温かさに、アリアドネは微かに頬を染め、セドリックもまた、アリアドネの美しい瑠璃色の瞳に吸い込まれるような感覚を覚えた。

その瞬間、二人の間には、研究者仲間というだけではない、特別な感情が確かに芽生えていることを、互いに意識せざるを得なかった。

研究の合間には、自然と二人で過ごす時間も増えていった。

アカデミーの近くにある、学生たちに人気のカフェで昼食を共にしたり、珍しい薬草の記述が残っているかもしれないと、王都の古書店街を二人で巡ったり。

セドリックは、普段は真面目で少し堅物な印象を与えるが、アリアドネといる時はよく笑い、薬草以外の様々な分野にも造詣が深い博識な一面を見せた。

アリアドネは、彼の飾らない人柄や、時折見せる少年のような無邪気な笑顔に、少しずつ、しかし確実に惹かれていくのを感じていた。

それは、かつてエリオットに抱いた淡い恋心とは全く異なる、穏やかで、温かく、そして信頼に満ちた感情だった。

しかし、アリアドネの順風満帆な日々に、不穏な影が忍び寄り始めていた。

「瑠璃色の薬草店」の成功と、王立アカデミーという権威ある機関との共同研究。

それは、一部の古参の薬師や、旧態依然とした薬師ギルドの幹部たちにとって、快いものではなかった。

「所詮は街の薬草売り風情が、アカデミーの研究に口を出すなどとは、片腹痛いわ。」
「アリアドネとかいう女の薬は、効果が強すぎて危険だという噂だぞ。まじないの類ではないのか。」

嫉妬と偏見に満ちた悪質な噂が、王都の薬師ギルドの一部で囁かれ始めたのだ。

その背後には、アリアドネの店の成功を妬み、彼女の新しいやり方を快く思わない、いくつかの有力な薬種問屋や古参の薬師たちの存在があった。

さらに、アリアドネが特定の希少薬草を独占的に仕入れていると目をつけた何者かが、彼女の仕入れルートに横槍を入れ、一部の重要な薬草の供給が滞るという事態まで発生した。

店の棚からいくつかの商品が消え、予約していた客への納品が遅れる可能性が出てきたのだ。

アリアドネは、これらの妨害に対し、表向きは冷静さを装いながらも、内心では静かな怒りと、そして一抹の不安を感じていた。

かつてエリオットとリディアに全てを奪われた時の悪夢が、脳裏をよぎる。

(また……誰かが、私の大切なものを奪おうとしているの……?)

そんなアリアドネの様子にいち早く気づいたのは、セドリックだった。

彼は、アリアドネが最近、時折遠くを見るような憂いを帯びた表情をすることや、仕入れのことで苦心しているらしいことを敏感に察知していた。

「アリアドネさん、何か悩み事があるのではありませんか?私で力になれることがあれば、遠慮なくおっしゃってください。」

研究室で二人きりになった時、セドリックは心配そうにアリアドネに尋ねた。

アリアドネは最初、彼を巻き込むことを躊躇したが、セドリックの真摯な眼差しと、彼が寄せてくれる純粋な好意に、思わず胸の内の一部を打ち明けてしまった。

もちろん、過去の裏切りや復讐については触れなかったが、最近起きている店への嫌がらせや、仕入れの妨害について。

話を聞き終えたセドリックは、アリアドネが予想していた以上に強い憤りを見せた。

「許せません……!アリアドネさんのような素晴らしい薬草師が、そのような卑劣な妨害に苦しめられるなど!私の父は、アシュワース家は、王都の商業ギルドにも多少の影響力があります。必ず、その黒幕を突き止め、アリアドネさんをお守りします!」

アシュワース家。

それは、王都でも名の知れた、古くから続く実直な商家であり、貴族ではないものの、その誠実な商いぶりで多くの人々から信頼を得ている家柄だった。

セドリックの言葉には、彼の育ちの良さと、強い正義感が表れていた。

自分を心配し、本気で守ろうとしてくれるセドリックの姿に、アリアドネの心は激しく揺さぶられた。

氷のように固く閉ざしていたはずの心の扉が、彼の温かさに触れて、少しずつ溶け出していくのを感じる。

(この人なら……信じてもいいのかもしれない……)

それは、アリアドネがセドリックに対して抱いた、紛れもない恋心の自覚だった。

しかし、その感情を素直に受け入れることへの戸惑いもまた、彼女の中に存在していた。

一度深く傷ついた心は、そう簡単には癒えない。

それでも、アリアドネは、セドリックという存在が、自分にとって大きな支えとなりつつあることを、否定できなかった。

セドリックもまた、困難に健気に立ち向かうアリアドネの強さと、その奥に隠された優しさ、そして薬草師としての卓越した才能に、ますます強く惹かれていた。

彼女の力になりたい、彼女を守りたい。

その思いは、日増しに彼の心の中で大きくなっていく。

言葉にはまだ出せないものの、二人の間には、雨上がりの虹のように、淡く、しかし美しい愛情が育まれ始めていた。
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