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第一章 結婚は人生の墓場と言うが
お前はもう私のもの
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大聖堂での挙式は、無事に終了した。
挙式の後は場所を城に移動して晩餐会を終え、今は馬車に揺られている。
グレウスはこれまで借りていた兵舎の部屋を引き払うことになったので、降嫁持参金の一部として与えられた侯爵家の屋敷へと向かっているところだ。
ひどく揺れる馬車の中、扉側の壁に貼り付くように身を寄せながら、グレウスは隣で静かに座る『妻』の気配を窺った。
謁見の間で結婚が決まって以来、あれよあれよという間にすべての準備は整えられた。
十日もしないうちに近衛騎士団副団長への任命式が執り行なわれ、その翌日には侯爵位の叙爵がなされた。跡を継ぐ者のない、一代限りのロア侯爵家だ。
鍛冶屋を営む実家からは離籍の扱いになったため、大聖堂で行われた今日の挙式には家族は誰も参列できなかった。寂しくはあるが、もし参列していたら花嫁とその親族を見て腰を抜かしていただろうから、これでよかったのかもしれない。
挙式までの間に、皇弟と顔を合わせる機会はなかった。
考えてみれば、声を聞いたのも大聖堂での誓いの言葉が初めてだ。姿に相応しい、品格を感じさせる低音の声だった。
改めて男と結婚したのだと実感する。
皇帝より臣籍降下の話が出た後、近衛騎士団の同僚たちにオルガ・ユーリシスとの婚儀を報告すると、皆一様に同情してくれた。
グレウスの急な出世を聞いても、羨む者がただの一人も出なかったのが印象的だ。
近衛騎士団は、帝都の騎士団の中では花形中の花形と言える。
そのほとんどは魔法に長けた貴族の子弟で構成されていて、そのため皇室の事情に詳しい者も多い。
同僚たちによると、皇弟オルガ・ユーリシスは幼い頃には次期皇帝間違いなしと謳われた、天才的な魔法の使い手だったらしい。
風火水土の基本四元素を使いこなすことは勿論、皇室のお家芸である時空魔法に加え、現代ではほとんど使い手のいない召喚魔法や、魔導具生成の実績まであったとか。
その魔力量は絶大で、古くなった城の城壁を一人で造り変えてしまうほどだったらしい。
それほどの力を持ち、次の皇帝への期待も高まっていたというのに、オルガは十五歳の頃に病に臥してしまった
高熱を出して三日ほど寝込んでいたかと思うと、目覚めた時には魔力をすべて失っていたのだという。
二十歳の選定儀式の折には、噂の真偽を確かめるために、聖教会に所属して卿と呼ばれる皇族も同席したらしい。しかし宝珠は光るどころか、黒く澱んで輝きを失ってしまったそうだ。
オルガは皇族としての資格を剥奪され、すぐさま降嫁先が定められた。
ところが、その家は婚約発表から程なくして、不正が見つかって取り潰しとなった。
その次に候補に挙がった家も不祥事が発覚して辞退。その次は当主が急死し、その次は相手が精神に異常をきたし、その次は一家離散となり――。
そんな調子で、降嫁先が次から次へと不幸に見舞われ、一年が過ぎる頃には呪われた皇子という噂が広まってしまった。
その後も表立ってオルガと敵対するものはことごとく地位や名誉を失い、怪我をする者や気が触れておかしくなってしまった者も続出した。
オルガの外見が、アスファロス皇室の中では異質だったことも、悪い噂に拍車をかけた。
もともと皇室はエルフの血を引くと言われている。歴代の皇帝や皇子たちは明るい髪色に青系の澄んだ瞳を持ち、柔和な顔立ちの美男が多い。オルガの生母で、若くして亡くなったマヌラ・ユーリシス妃も、銀色の髪に青い瞳を持つ絶世の美女だったそうだ。
――しかしオルガの容姿は、家族の誰とも似ていない。
漆黒の長い髪、黒を好む装い。
その黒ずくめの姿は、かつてこの大陸を支配し黒竜を使役して人々を恐怖に陥れた、伝説の魔王を彷彿とさせる。
そのためいつの頃からか、皇弟オルガは『黒の魔王』と呼ばれるようになっていた。
「何を見ている」
不意に、前を向いたままの皇弟の唇から言葉が発された。
グレウスはいつの間にか横顔を見つめてしまっていたことに気づいて、慌てて視線を逸らした。
高貴の身分の人を注視するのは無作法な振る舞いだ。頭ではそう理解しているものの、平民で街育ちのグレウスは今一つそのあたりの礼儀作法が身につかない。
「すみません、その……」
不吉な二つ名で呼ばれているが、グレウスには皆が言うほど怖ろしい存在だとは思えなかった。
光を吸い込む漆黒の髪も、早朝の空のような赤い瞳も、美しい色だとしか思えない。
凛とした横顔は気品に満ちていて、気が付けば惚けたようにジッと見つめてしまっている。
これほど気高い存在が手の届く場所に居るとは信じられなくて、確かめるように何度も見てしまうのだ。
「……穏便に断り損ねたことを、今更後悔しているのか?」
「え」
一瞬何を言われたかわからなかったが、すぐに思い出した。
皇帝に呼び出されて婚儀の話を聞いた後、中庭でカッツェと話しているときにグレウスが放った言葉だ。
周囲には誰もいないと思っていたが、この皇弟は城内に隠密でも配置していたのだろうか。
前を向いたまま、魔王と呼ばれた貴人が薄い唇を歪めた。
「後悔してももう遅い。臣籍降嫁に離縁は認められないのだから、お前はもう私のものだ」
白い横顔がうっすらと微笑む。
美しいがどこか凄みのある笑みに、震えが背筋を走り抜けていくのを、グレウスは感じた。
挙式の後は場所を城に移動して晩餐会を終え、今は馬車に揺られている。
グレウスはこれまで借りていた兵舎の部屋を引き払うことになったので、降嫁持参金の一部として与えられた侯爵家の屋敷へと向かっているところだ。
ひどく揺れる馬車の中、扉側の壁に貼り付くように身を寄せながら、グレウスは隣で静かに座る『妻』の気配を窺った。
謁見の間で結婚が決まって以来、あれよあれよという間にすべての準備は整えられた。
十日もしないうちに近衛騎士団副団長への任命式が執り行なわれ、その翌日には侯爵位の叙爵がなされた。跡を継ぐ者のない、一代限りのロア侯爵家だ。
鍛冶屋を営む実家からは離籍の扱いになったため、大聖堂で行われた今日の挙式には家族は誰も参列できなかった。寂しくはあるが、もし参列していたら花嫁とその親族を見て腰を抜かしていただろうから、これでよかったのかもしれない。
挙式までの間に、皇弟と顔を合わせる機会はなかった。
考えてみれば、声を聞いたのも大聖堂での誓いの言葉が初めてだ。姿に相応しい、品格を感じさせる低音の声だった。
改めて男と結婚したのだと実感する。
皇帝より臣籍降下の話が出た後、近衛騎士団の同僚たちにオルガ・ユーリシスとの婚儀を報告すると、皆一様に同情してくれた。
グレウスの急な出世を聞いても、羨む者がただの一人も出なかったのが印象的だ。
近衛騎士団は、帝都の騎士団の中では花形中の花形と言える。
そのほとんどは魔法に長けた貴族の子弟で構成されていて、そのため皇室の事情に詳しい者も多い。
同僚たちによると、皇弟オルガ・ユーリシスは幼い頃には次期皇帝間違いなしと謳われた、天才的な魔法の使い手だったらしい。
風火水土の基本四元素を使いこなすことは勿論、皇室のお家芸である時空魔法に加え、現代ではほとんど使い手のいない召喚魔法や、魔導具生成の実績まであったとか。
その魔力量は絶大で、古くなった城の城壁を一人で造り変えてしまうほどだったらしい。
それほどの力を持ち、次の皇帝への期待も高まっていたというのに、オルガは十五歳の頃に病に臥してしまった
高熱を出して三日ほど寝込んでいたかと思うと、目覚めた時には魔力をすべて失っていたのだという。
二十歳の選定儀式の折には、噂の真偽を確かめるために、聖教会に所属して卿と呼ばれる皇族も同席したらしい。しかし宝珠は光るどころか、黒く澱んで輝きを失ってしまったそうだ。
オルガは皇族としての資格を剥奪され、すぐさま降嫁先が定められた。
ところが、その家は婚約発表から程なくして、不正が見つかって取り潰しとなった。
その次に候補に挙がった家も不祥事が発覚して辞退。その次は当主が急死し、その次は相手が精神に異常をきたし、その次は一家離散となり――。
そんな調子で、降嫁先が次から次へと不幸に見舞われ、一年が過ぎる頃には呪われた皇子という噂が広まってしまった。
その後も表立ってオルガと敵対するものはことごとく地位や名誉を失い、怪我をする者や気が触れておかしくなってしまった者も続出した。
オルガの外見が、アスファロス皇室の中では異質だったことも、悪い噂に拍車をかけた。
もともと皇室はエルフの血を引くと言われている。歴代の皇帝や皇子たちは明るい髪色に青系の澄んだ瞳を持ち、柔和な顔立ちの美男が多い。オルガの生母で、若くして亡くなったマヌラ・ユーリシス妃も、銀色の髪に青い瞳を持つ絶世の美女だったそうだ。
――しかしオルガの容姿は、家族の誰とも似ていない。
漆黒の長い髪、黒を好む装い。
その黒ずくめの姿は、かつてこの大陸を支配し黒竜を使役して人々を恐怖に陥れた、伝説の魔王を彷彿とさせる。
そのためいつの頃からか、皇弟オルガは『黒の魔王』と呼ばれるようになっていた。
「何を見ている」
不意に、前を向いたままの皇弟の唇から言葉が発された。
グレウスはいつの間にか横顔を見つめてしまっていたことに気づいて、慌てて視線を逸らした。
高貴の身分の人を注視するのは無作法な振る舞いだ。頭ではそう理解しているものの、平民で街育ちのグレウスは今一つそのあたりの礼儀作法が身につかない。
「すみません、その……」
不吉な二つ名で呼ばれているが、グレウスには皆が言うほど怖ろしい存在だとは思えなかった。
光を吸い込む漆黒の髪も、早朝の空のような赤い瞳も、美しい色だとしか思えない。
凛とした横顔は気品に満ちていて、気が付けば惚けたようにジッと見つめてしまっている。
これほど気高い存在が手の届く場所に居るとは信じられなくて、確かめるように何度も見てしまうのだ。
「……穏便に断り損ねたことを、今更後悔しているのか?」
「え」
一瞬何を言われたかわからなかったが、すぐに思い出した。
皇帝に呼び出されて婚儀の話を聞いた後、中庭でカッツェと話しているときにグレウスが放った言葉だ。
周囲には誰もいないと思っていたが、この皇弟は城内に隠密でも配置していたのだろうか。
前を向いたまま、魔王と呼ばれた貴人が薄い唇を歪めた。
「後悔してももう遅い。臣籍降嫁に離縁は認められないのだから、お前はもう私のものだ」
白い横顔がうっすらと微笑む。
美しいがどこか凄みのある笑みに、震えが背筋を走り抜けていくのを、グレウスは感じた。
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