愛しの妻は黒の魔王!?

ごいち

文字の大きさ
32 / 45
第三章 けだものでも、まおうでも

不穏な影

しおりを挟む
「只今戻りました!」
 大急ぎで戻って士官室の扉を開けたグレウスは、厳しい表情のカッツェに迎えられた。
「待っていたぞ、ロア副団長。皇帝陛下のお召しがあった。今から陛下の執務室に参る」
 どうやら昼休憩で席を外している間に、緊急の呼び出しがあったようだ。
 近衛騎士団団長のカッツェは、謁見用の準正装に身を包んでいる。グレウスは借りてきた本を机の上に置くと、慌てて上着をカッツェと同じ準正装に着替えた。
 髪を手早く整え、胸に役職を示す徽章を着けて、白い手袋を嵌める。
 ディルタスはあまり身分に拘らない気さくな人柄だが、今回は皇帝としての正式な命令のようだ。
 身支度を整えると、カッツェが先に立って歩き始めた。


「分室に行っていたのか」
 廊下を歩きながら、カッツェが訊ねた。グレウスが本を持って帰室したことで、行き先を察したのだろう。城にも図書室はあるが基本的に皇族や貴族のためのものなので、グレウスのような騎士は立ち入りが禁止されている。
「はい、少し学びたいことがありまして」
「どうだった?」
 前を向いたまま、カッツェは言葉少なく問うた。
 どうだと問われても、グレウスには質問の意味が良くわからない。
 学びたいことは学べたのかという意味だろうか。それにしては雰囲気が妙だ。
「え……っと」
 どう答えたものかと戸惑う気配を察知したらしい。
 カッツェは足を止めると、周囲を見回して太い柱の陰にグレウスを引き込んだ。
 顔を寄せ、声を潜めて問う。
「……分室の責任者はエルロイド卿だ。卿の様子はどうだった? 何か変わったことはなかったか」
 カッツェの深刻な表情に、グレウスも気を引き締めた。ただごとではない雰囲気だ。
 記憶を振り返ってみたが、怪しいと感じるようなことには思い当たらないが……。
「特に変わったことは無いと思いますが、エルロイド卿に何か問題でも……?」
 グレウスが小声で聞き返すと、カッツェはもう一度視線だけで周囲を見回した。
 騎士団長のカッツェは、団長職にあるだけでなく伯爵家の当主でもある。軍部絡みの情報と貴族社会での裏事情など、双方の界隈に詳しい。
 カッツェは声を出さずに、唇だけを動かして伝えた。
『聖教会には気をつけろ』
 そう口を動かしながら、カッツェは自分の額を指さした。昨年の夏至の事件で、グレウスが火傷を負った場所だ。
 カッツェはそれ以上は何も言わず、柱の影から出ると謁見の間に向かって歩き始めた。






 グレウス・ロアは、昨年近衛騎士団副団長に就任し、妻を迎えた。
 オルガ・ユーリシス。先帝の第八皇子にして、絶大無比の魔力を誇るアスファロス皇国の真の皇帝だ。
 神秘的なほど美しいグレウスの妻は、長い黒髪に鮮やかな赤い瞳を持ち、不吉とされる黒いローブを好んで身に着ける。
 そのため、口さがない貴族たちの間では『黒の魔王』などとあだ名されているが――オルガの実力と性格を知るものからすれば、実にぴったりの二つ名である。
 もっとも当の本人は、黙っていれば手に入るはずだった皇帝の椅子を蹴り、平民出身のグレウスの妻に収まって満足している様子だ。魔王などという物騒な響きからは程遠く、普段は有り余る魔力を街の屋台で買い食いするのに使うなど、自由気ままな生活をしている。
 少々難のある性格をしているので機嫌を損ねないようにするのは必須だが、それ以外は至って平和と言えるだろう。
 グレウスの最愛の妻である。


 身分違いの二人が結婚することになったきっかけは、昨年の夏に起こった花火の暴発事故だった。
 城では毎年夏至に祭典が行われるが、用意されていた花火が突然爆発したのだ。
 警護に当たっていた近衛騎士団には多くの負傷者があり、皇族を庇って怪我を負ったグレウスもそのうちの一人だった。
 ほとんどの近衛兵が治療を専門とする魔導師の手で速やかに回復したが、グレウスだけはそうはいかなかった。
 魔法を無効化する体質のため、通常の治癒魔法が効かなかったのだ。
 薬草を用いた治療では効果が乏しく、このままでは騎士団唯一の犠牲者となるかに思われたとき――、それを救ったのがオルガだった。
 この話は皇帝ディルタスの知るところとなり、お膳立てされて、去年の秋に二人は正式に結ばれることになったのだ。
 当初はとんでもないことになったと思ったものだが、今となってはディルタスに感謝しきりである。


 その夏至の事件だが、公式には事故だったと発表されている。
 皇族を狙った暗殺ではないかとの見方は初期からあったが、花火を管理していた職人たちが爆発事故で命を落としたために、詳細が不明のままだったのだ。
 そろそろ一年ほどになるが、今になって調査に進展があったのだろうか。
 グレウスはふと、分室の主を思い出した。
 あの時もし、皇帝ディルタスとその皇子の命が失われていたのだとしたら、皇帝の座は唯一残った皇族であるエルロイド卿のものとなったはずだ。
 穏やかで清廉な空気を醸していたエルロイド卿が、皇位を狙う。
 あり得ないと考えかけて、グレウスは思い直した。オルガと同じ顔の人物だ。何を考えていても不思議はない。
 怪しいと言うなら、聖教会も同様だ。
 ディルタス皇帝は魔法に頼らない国づくりを目指している。魔法の研鑽と魔導皇への信奉を第一義とする聖教会とは、即位以来折り合いが悪い。
 エルロイド卿を皇帝の座に就けようと聖教会が関与するのも、あり得ない話ではない。
 カッツェが言った『聖教会には気をつけろ』とは、そういう意味だろうか……。






「――というわけで、そなたら二人にバルバドス領アッテカにある洞穴を見てきてもらいたい」
 不意にディルタスの言葉が耳に飛び込んできて、グレウスはハッとなった。
 カッツェに連れられて謁見の間に着いたところまでは覚えているが、謁見が始まった記憶がない。いつの間にディルタスの話が始まっていたのか。
 思い出そうとしたが、記憶があいまいではっきりしなかった。膝をついた姿勢のまま、グレウスは慌てて周囲を見回す。
「はッ!」
 斜め前でカッツェが首肯するのが聞こえた。
 任務の内容はさっぱりわからなかったが、グレウスも同じように頭を下げた。
 頭を下げた拍子に、くらりと目眩がした。まるで熱でもあるかのように頭の芯が鈍く痛む。
 ついさっきまでは異常などなかったのに、いったいどうしたのか。
「事は一刻を争う。馬や携行品の用意は城で整えさせるので、夕刻までには出立してもらいたい。夜を超えての任務になるので、すまんが今すぐ準備にかかってくれ」
 ディルタスの声はこんな時でも穏やかだ。
 一刻を争うと言いながら、泰然として人に安心感を与える声だ。ディルタスという皇帝の資質の一つだろう。
「承知いたしました。では、失礼いたします!」
 退室を許可する合図と同時に、カッツェがきびきびと立ち上がった。
 グレウスもふらつきを隠しながら、一礼して後に続く。


 回廊に出たところで、カッツェがグレウスを振り返った。

しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

白金の花嫁は将軍の希望の花

葉咲透織
BL
義妹の身代わりでボルカノ王国に嫁ぐことになったレイナール。女好きのボルカノ王は、男である彼を受け入れず、そのまま若き将軍・ジョシュアに下げ渡す。彼の屋敷で過ごすうちに、ジョシュアに惹かれていくレイナールには、ある秘密があった。 ※個人ブログにも投稿済みです。

侯爵様の愛人ですが、その息子にも愛されてます

muku
BL
魔術師フィアリスは、地底の迷宮から湧き続ける魔物を倒す使命を担っているリトスロード侯爵家に雇われている。 仕事は魔物の駆除と、侯爵家三男エヴァンの家庭教師。 成人したエヴァンから突然恋心を告げられたフィアリスは、大いに戸惑うことになる。 何故ならフィアリスは、エヴァンの父とただならぬ関係にあったのだった。 汚れた自分には愛される価値がないと思いこむ美しい魔術師の青年と、そんな師を一心に愛し続ける弟子の物語。

オメガに説く幸福論

葉咲透織
BL
長寿ゆえに子孫問題を後回しにしていたエルフの国へ、オメガの国の第二王子・リッカは弟王子他数名を連れて行く。褐色のエルフである王弟・エドアールに惹かれつつも、彼との結婚を訳あってリッカは望めず……。 ダークエルフの王族×訳アリ平凡オメガ王子の嫁入りBL。 ※ブログにもアップしています

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

無愛想な氷の貴公子は臆病な僕だけを逃さない~十年の片想いが溶かされるまで~

たら昆布
BL
執着ヤンデレ攻め×一途受け

釣った魚、逃した魚

円玉
BL
瘴気や魔獣の発生に対応するため定期的に行われる召喚の儀で、浄化と治癒の力を持つ神子として召喚された三倉貴史。 王の寵愛を受け後宮に迎え入れられたかに見えたが、後宮入りした後は「釣った魚」状態。 王には放置され、妃達には嫌がらせを受け、使用人達にも蔑ろにされる中、何とか穏便に後宮を去ろうとするが放置していながら縛り付けようとする王。 護衛騎士マクミランと共に逃亡計画を練る。 騎士×神子  攻目線 一見、神子が腹黒そうにみえるかもだけど、実際には全く悪くないです。 どうしても文字数が多くなってしまう癖が有るので『一話2500文字以下!』を目標にした練習作として書いてきたもの。 ムーンライト様でもアップしています。

【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】

古森きり
BL
【書籍化決定しました!】 詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります! たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました! アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。 政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。 男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。 自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。 行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。 冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。 カクヨムに書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。

処理中です...